二段目:6月26日
6月26日、日曜日。午後3時40分。
透の部活引退が決まった瞬間。
相手は昨年の勝者、緑が丘中学。
たった2点差だった。
大会が終わり、解散した後も透は会場となった市民体育館の前にずっと佇んでいた。慎達は戦った緑ヶ丘の選手と話をしていた。
今年こそ全国大会に行く。
ずっとそう思って練習してきた。それにふさわしい練習をしてきたし、チームの団結も今までで一番良かった。
なのに、全国どころか県大会敗退なんて…
透は現実を受け入れられずにいた。
「君、大岡中の5番の子だね?」
呆然とする透に一人の男性が近づいてきた。
透は現実に戻り、その男性を見て
「はい。」
と答えた。
多分50代後半で、少し中年太り気味だが背が高く、優しい笑顔の男性。
透はこの人を知っていた。
「私は今尾高校でバスケ部の顧問をしている者なんだが…」
「…知っています。山野先生。」
「あぁ、覚えてくれているのか、ありがとう。」
「もちろんです。」
というよりも、この辺りでバスケをする人で彼を知らない人の方が少ないだろう。
今尾高校バスケ部は、山野先生が赴任した4年前からどんどん強くなり、県内で唯一、唯野高校と競う力のあるチームである。
彼は今尾高校に移動する前、唯野の顧問をしていた。
彼は、唯野高校のバスケ部を築いた人。そして、今尾高校のバスケ部を築きあげようとしている人。
そんな山野が自分に話掛けてきた。透はとても驚いていた。
「試合、見させて貰ったよ。残念だったな。」
「…はい。」
「悔しい?」
「はい。」
「何で?何が悔しい?」
「2点差で、1本差で負けた事です。」
透は正直な気持ちを言った。
「それは悔しくて当たり前だ。それ以外には?」
「えっ?」
透は戸惑った。彼は何を言わせたいのだろうか?
「君のプレーはとても素晴らしかった。今日見た中で、私の一番好きなプレーをするのが君だった。」
「ありがとうございます。」
山野先生から言われるなんて、素直に嬉しい。
「しかし、君のプレーには弱点がある。」
「?」
「君は気付いてないだろう。多分君のチームメイトも。しかし、相手の、緑が丘中学のキャプテンは気付いてしまった。それが今日の敗因だろう。」
透は理解できなかった。
「試合の敗因って…」
まるで自分のせいで負けたかのような言われ方だ。しかし、透的にはミスもしていないし、プレー自体に後悔は無い。
「僕の弱点って何ですか?」
そこまで言われたら気になる。
「それは自分で見つけなさい。人に聞くよりも、自分で気付いた方が成長出来る。」
山野は切羽詰まっている透とは逆で、おおらかに、笑顔で言った。
透は自分のプレーを振り返ってみた。しかしわからない。
「今すぐにはわからないだろうが、そのうちきっと気づく時が来るだろう。因みに、技術的な問題では無い。君の技術は本当に素晴らしい。君の相棒の8番君も。」
8番君とは慎の事だ。
「…ありがとうございます…。」
しかし嬉しいのか何だかわからない。
「ところで、高校は唯野へ行くのかい?」
「バスケ・・・・・・続けないかもしれません。」
透は目を見ずにゆっくり答えた。
「そうか…。込みいった事情でもあるのかな?実は…君に我が校へ入って欲しいと思ったんだが…。」
「えっ!?」
驚いた。
山野先生本人から直接誘われるなんて…。
バスケを始めた小学校の頃から憧れていた唯野高校の元監督から誘われているなんて!!
「バスケに関係なく、今尾へ入る気は無いか?」
「入れるなら入りたいんですが…成績が…」
今尾高校は進学校であり、評定4.3以上無いと入れない学校。そして東大合格者が毎年5人は居る学校だ。
その上公立高校の為、特待生制度や推薦は全くない。
「そうかぁ。確かにウチは勉強第一で、部活の時間は唯野の2分の1以下だ。前まで唯野で思う存分部活をしていたからな、このギャップに正直戸惑った。」
山野は空を見上げ続けた。
「その上生徒のやる気も違う。
唯野はスポーツ推薦があるから、私の誘った巧い子や、バスケがやりたくて仕方ない子が入ってくる。
しかし、今尾は勉強の息抜き程度に考えてる子も居るんだ。」
「とりあえず、君には今尾に入ってもらいたい。そうすれば、絶対バスケ部に入りたい!と思わせるから。」
透は唖然とした。
「さて、そろそろ行かなきゃなぁ。来年、楽しみにしているよ。」
そう言って彼は去っていった。
バスケを続けるか…
この数分の出来事により、透は一層悩む事になった。