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五百四十七番槍 子無し蜜柑で財を成す

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。


私は去年末に姫路を出て、再び関東に戻りました。

既に姫路が恋しい…。


姫路で過ごした日々を忘れません。

すっげー楽しかったです!!

また遊びに行きますよ!

九州にて勃発した、肝付兼続と島津義久の戦い。


この戦に、肝付方として参戦していたのが禰寝重長(ねじめしげたけ)であった。


「敵の勢いは衰えないが、我々だって押されているわけではない!!かかれかかれ!!」


両軍一歩も退かない激戦の中、指揮を執っていた重長は突如その場に座り込んだ。


「どうしました!?まさか、敵の矢を…!?」


心配して駆け寄る家臣をよそに、重長は突然弁当を広げ始めた。


「腹が減った!ここで飯を食う!」


これには困惑の色を隠せない家臣。


「え?え?戦場で弁当なんて関ヶ原の毛利軍でしか聞いたことないですよ!何言ってるんですか!」


「関ヶ原って…。まだ40年程先の話なんだけど。しかもあれ別に食ってないし…」


「そんなことはどうでもいいです!こんな所で飯を食うなど危険です!」


そう言われた重長だが、笑って家臣に言い返す。


「腹が減っては戦はできぬ!それに、今死んだら俺はそこまでの男だったということよ!」


そういうと、弁当を平らげた重長は再び指揮を執り始めるのだった。


重長はその豪胆さで島津の攻撃を跳ね除け、無事に帰還することができた。


その後肝付兼続が亡くなった際に、島津から和睦の使者が来たのだが…。


「肝付を裏切れと申すか!そのようなこと、我が身を滅ぼすことと同義!和睦などせぬ!帰れ!」


そう言って、島津からの使者を追い返した。


時はさらに経ち、肝付家の当主が肝付兼亮へと変わった頃。


「あの、島津さん。和睦しませんか?肝付兼亮が無能過ぎてもう付いて行けないんですわ…」


重長は単独で島津と和睦した。


その後は領内政策へと力を注いだ重長。


「木蝋は需要があるから、これを貿易で売れば儲かるのでは?」


そう考え、原料となる木を中国から取り寄せて栽培を始めて財を成した。


重長が栽培を始めたものがもう一つある。


それが温州みかんである。


温州みかんは小ぶりだが皮が柔らかく甘みが強い、種が無いため食べやすいと優れた食材だったのだ。


しかし重長の時代では長島蜜柑と呼ばれたこれは、種が無いため子無し、即ちお家の断絶を連想させるため縁起が悪いものとされていた。


「この蜜柑はとても美味い。これも貿易に使えるのでは?」


そう考え、まだ誰も手を付けたことがなかった温州みかんの栽培に着手した。


この栽培開始から数世紀の後、かつて嫌われた種が無い性質が逆に食べやすさとして評価され、日本中に出回ることとなるのだった。

禰寝重長の逸話でした。

珍しい苗字で初見は読めませんでした…。


混戦状態の戦場で飯を食う。なんとも大胆な逸話です。

前田慶次には戦場で小便したりする逸話もあったり、戦場で変なことするのが一種の武勇の印だったのかも知れません。


片や政治家としても優れていたようで、主君を見限り寝返って、領内政策として誰もやっていないことをやって成功させるというのは豪胆さが光ります。


温州みかん美味しいですね。


戦国武将でみかんと言えば、埼玉県寄居町が有名かと思います。

鉢形城主の北条氏邦が、小田原から移植したみかんが日本の北限のみかんとして栽培が続いています。


冬といえばこたつにみかんですから、武将たちが繋いだ結晶を食べてぬくぬく過ごすのも良いのではないでしょうか。


今回の執筆に当たってみかんの歴史を調べましたが、中々に奥深かったので興味のある方は是非!

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