五百四十三番槍 お前は何で国を取った?
先日、丹波の赤鬼こと赤井直正が治めていた黒井城に行ってきました。
その日に41.2℃とかいう日本最高気温を丹波で更新しました…。
皆さん、熱中症には気を付けましょう。
9月になったら利神城のツアーを申し込もうと思うのですが、行ったことあるかたいらっしゃいますか?
是非感想などお聞かせください!
関ヶ原の大戦も終わり、徳川家康率いる東軍は戦勝祝いにと宴会を開いていた。
その宴には後の世にまでその姿を保つ姫路城を改修した男、池田輝政が参加していた。
輝政はその働きぶりが認められ、家康の娘である督姫を妻としていた。
また、52万石の大大名として名を馳せていた。
そんな輝政に、泥酔してだる絡みする武将が一人。
酒癖の悪さで有名な、福島正則である。
正則は武勇に優れる一方、酔った拍子に黒田長政とどっちが早く酒を飲み干せるかを競い、敗北して家宝の槍、日本号を取られている。
またある時は、酔った勢いで家臣に切腹を言い渡し後悔したこともある。
そんな男が輝政に絡んできたのだ。
「いやぁ輝政殿はまっこと背が小さいですなぁ!」
その瞬間凍りつく宴会の席。
武士にとってこれは名誉を傷付けられる程の暴言。
斬られても不思議ではない程の言葉なのである。
平均身長が157センチとも言われていた時代だが、輝政の身長は140センチほどだったと言われている。
重苦しい空気の中、輝政放った一声。
「はっはっは!何をおっしゃいますか正則殿!私はこんなに広くの領地をいただいた身ですよ!身長まで望むのはいささか欲張りが過ぎてしまいましょう!そうだ、ならばこの私が背低い舞を舞ってさしあげましょう」
そう言うと、輝政は立ち上がり舞を踊り始めた。
それを見た諸将は大笑い。
この場は丸く収まったのだった。
場が和んだのを良いことに、正則はさらにだる絡む。
「我々は槍で国を治める大名へと出世した。しかし輝政殿はご自身のもともとお持ちの槍…そう、イチモツにて国を取られたのだ」
下ネタである。
正則は輝政が家康の娘を妻に貰い、領地を加増されたことをそう皮肉ったのだ。
「はっはっは!正則殿の言う通り!私はイチモツにて国を取ったのだ!もしも私が槍なんて持ったら、国どころか天下を取ってしまうのでな!遠慮したのだ!」
またしても諸将は大笑い。
流石の正則もそれ以上のだる絡みはやめたのだった。
池田輝政と福島正則のだる絡みでした。
福島正則って石田三成大嫌いなイメージでしたけど、そんな史料は無いどころか仲良かったなんて話があるそうです。
池田輝政の剽軽な性格良いですね!
流石は天下人から好かれただけあります。
反面、正則の酒癖の悪さが目立ちますね。
少し前に正則の広島城を見に行ったんですが、正直なところ原爆の話が多くてしんどかったです。
あの大戦までは現存天守だっただけに、非常に悔やまれます。