十八の太刀 戦国武将歯の話
ちょっと逸話としてはまとめ難いお話なので、今回は部長に語って貰うことにしました。
歯は大切にしましょう。
「明日歯医者で親不知抜くんですよ〜…」
そう嘆いて机にうなだれるのは、歴史研究部2年、村上乙葉。
1年生組は一足先にみんな帰宅し、戸締まり前に部室で駄弁っている。
「親不知かぁ。どこの歯抜くんだ?」
乙葉にきくのは歴史研究部3年生、焙烙晴美。
「左上ですよ~…」
机に突っ伏す乙葉を見ながら、あっ、と声を出す晴美。
どうやら思い出したことがあるらしい。
「歯で思い出したけど、徳川家康って総入れ歯だったの知ってる?」
「え!?知らないです!そうなんですか?」
乙葉は体を持ち上げて、晴美に言葉の続きを催促するように目を合わせる。
「うん。当時のはツゲっていう木でできてたんだ。硬くて抗菌性に優れる木みたいだぞ」
「へぇー。当時から歯医者っていたんですね!」
「歯医者そのものはもっと昔からいたよ。確か大化の改新辺りには歯医者っていた気がする…。耳鼻咽喉歯科みたいな感じで。平安時代からは歯医者だけで独立してたはず。あーでも、入れ歯作ってたのは歯医者じゃないよ」
「え?誰ですか?」
乙葉が首を傾げる。
「仏像とか作ってた職人。オーダーメイドして作ってたらしい」
「ああ!確かに木を彫る技術は一級品ですもんね!」
そこまで話すと、そう言えばと晴美が話を変える。
「豊国神社の宝物殿に秀吉の歯が現存してて、展示してあるの知ってる?」
「そうなんですか!?」
豊国神社で500円払うと入れる宝物殿。
大正時代に建てられた当時は非常に珍しかったコンクリート製の宝物殿。
その中の今や貴重な大正硝子のショーケースの中に、その珍品は展示されている。
金色の小さな塔のような容器の中に収められているのが秀吉の歯だ。
「どの部分の歯ですか?」
「左上。丁度乙葉が明日抜く親不知の1個前の歯だね。この歯のおかげで、秀吉の血液型がO型なのも判明してる」
「血液型までわかってるんですね!」
「そうそう。んで、歯の全体が歯垢で覆われてるらしいんだ。つまりこの歯の周囲にはもう歯が無かった。最後の歯だったんじゃないかってのが有力だね」
「歯が無い…?秀吉も晩年は苦労してたんですね」
「深刻な歯槽膿漏だったってことがわかるみたいよ」
「生葉で歯磨きしないから…」
あははと笑って、晴美は話を続ける。
「抜けた最後の歯を加藤嘉明にプレゼントして、それが現存してるって感じみたい」
「賤ヶ岳の七本槍の人ですね!主君とは言え歯槽膿漏で抜けた歯なんて貰って嬉しいかなぁ…?しかも歯垢まみれの…」
「やっぱりそれ思うよな」
そんな話をしていると、突然教室の扉が開く。
「あら?まだ部活中?ごめんね、会議が長引いてなかなか来れなかったわ」
そう言いながら入ってきたのは顧問、生物の担当をしている毛利由佳先生。
「あっ!先生!何で歯って1回しか生え変わらないんですか?」
えっ?と一瞬動揺するも、乙葉からの質問に返そうとする。
「ええと…。まず、乳歯が生えかわるのは顎の発達に影響があるから…かな。ほら、最初から大きい歯が生えると発達の邪魔でしょ?」
「あぁ、なるほど!」
晴美が相槌を挟む。
「永久歯が生え変わらないのは、歯を作るより他のところにエネルギーを回すように進化したから…なんじゃないかな?その方が生存に有利だった時代があったのよ。それに、昔は人間の寿命ももっと短かったわけだし、1回で十分って進化の途中で判断したのよ」
ここで乙葉が勢いよく右手を挙げる。
「じゃあ!親不知!親不知はなんで生えてくるんですか!」
「親不知…あぁ、それでこの質問なのね!あれは昔は硬いものばかり食べてたから、歯のすり減りが激しかったの。だから後から新しい歯を生やして、補おうとしたのかもね。もしかして乙葉ちゃん、親不知生えてきたの?」
「明日抜くんですよ〜…。左上…」
乙葉は再び机に突っ伏してしまう。
「上なら大丈夫よ!一瞬だし、痛くないわよ。ほら、そろそろ帰りましょう?私も戸締まりして帰るから!」
はーい、と2人で返事をして教室を後にするのだった。
家康は総入れ歯、秀吉の歯は現存しているっていうお話でした。
秀吉の歯は誰でも見に行けるのもポイントです!
歯槽膿漏、歯が全抜けしている、血液型O型、神経が通っていた穴が狭くなっているため老人、摩耗が激しいので硬い物を好んでいたか歯軋りする癖があった…等など歯一本から様々なことがわかります。
人間の歯もサメみたいに使い捨ててどんどん生え変わればいいのに…と何回思ったことでしょう。
上の親不知は痛くないってのは実体験ですが、人によりけりだと思います…。
話は変わりますが、私の友人が馬場信春の子孫であることがわかったので近々逸話書きたいなぁと思って探しております。
気長にお待ち下さい。