五百二番槍 これを食え
あぁぁけものフレンズが終わってしまう…。
3月のライオンも終わってしまった…。
信長の忍びも…?
この時期はいつもこんなんですが、けものフレンズはドハマりしてたので痛いですね…。
しかし大河が大きく動いたのでこれはこっからが楽しみですね!
尾張の若殿はうつけである。
そんな噂が各国に広まっていたころの出来事。
うつけと呼ばれている張本人、織田信長は、家臣の持っていた立派な馬が羨ましくなった。
「この馬、俺にくれないか?」
主君の言うことは絶対の時代、断られる訳が無かろう。
「嫌です」
断られた。
「え、なんでよ!」
「私は武士です。いい馬に乗ってこそ格好がつくってもんです。信長様の命でもこればっかりは譲れません」
「そうかー…。でも、後に味方になる竹中半兵衛って軍師はわざと惜しみなく使えるみすぼらしい馬を重宝するよ?」
「時代がこんがらがるような話はしないでください信長様!まだ半兵衛が味方になるずっと前のお話ですよ今は!メタ発言は嫌われますよ!」
信長はこの時は諦めたのだが、これが事件に発展する。
実はこの馬の持ち主は、信長の教育係である平手政秀の長男だったのだ。
「信長様に刃向かうようなことをしたのか…。わしの死を持って罪を償います」
政秀は切腹した。
「政秀…!お前が腹を切る事なんてなかったのに…!俺はまったく恨んでないぞ…」
信長は政秀の死を大層悲しんだ。
政秀の死後、信長の行動は明らかに変化した。
うつけと囁かれるような行動はしなくなったのだ。
鷹狩りに行き獲物を手にすれば、それを空に掲げる。
「政秀、こんなにいい獲物が獲れたぞ!お前も食え!」
そう言って、信長は空を見上げた。
川に入った時にも同じように、水しぶきを天高くあげた。
「政秀!ここの水は綺麗だ!お前も飲んでみろ!」
そう言った信長の目には、涙が滲んでいた。
書きづらかったですが、信長の逸話でした。
平手政秀切腹の理由は諸説あり、今回はこんな感じに。
長男が馬を譲らなかったことで仲が悪くなったとか、信長のうつけを治すためとか、長男が信長の家督争いで敵に回った責任を取ったとか…。
理由ははっきりしません。
ちょろっと挟んだ半兵衛の逸話は一話分にするにはボリューム不足な話だったのでここで紹介です。
時系列がぶっ壊れましたが許してください…。これ逃すといつ紹介できるかわからないので…。
政秀の死を信長が悼んだらしく、死後も慕っていたようです。
政秀寺というものを建てるくらいには。
鷹狩りの獲物を捧げたり川の水を天に届けようとする辺り、信長がどれだけ慕っていたかがわかる逸話です。
実際政秀の息子は信長に重用されたようで、不仲になったというのは少々疑問が出てきます。
でも不仲説を唱えてるのは太田牛一の信長公記なので信憑性バッチリなんですよね…。
寧ろ他のは軍記物っていう…。
実際のところはわかりませんね!