四百七十七番槍 筋金入りのネガティブ武将
いよいよ明日の大河で昌幸が…。
もともと三男で真田家の家督を継ぐはずも無かった昌幸が当主となって戦国の世を裏切りで乗り切って、最後は九度山で軟禁生活とは人生何が起きるかわからないですね。
家康が悪い奴として描かれてますが、史実の家康は決して「鳴くまで待とう」という性格ではなかったようです。
むしろすごく短気で怒りやすい方が目立ちます。
武田信玄に敗北したあの三方ヶ原も、信玄が自分の城を素通りしたことに腹を立てた家康が感情のままに出撃したと聞いたことがあります。
あ、私は家康嫌いですから、ルイスフロイスには負けますが偏ってみてますよ(笑)
ルイスフロイスのキリスト教贔屓には勝てません。
「いいか?一本の矢は簡単に折れてしまうが、三本束になると折れにくい。このように、お前たちは三人で協力して折れないように生きていくのだ」
毛利元就の三本の矢の訓えは、協力することの強さや大切さを子に伝えるため学ばせるための教訓である。
しかし小早川隆景、吉川元春両名とともに矢となるはずの毛利隆元は、複雑な気持ちでいた。
「はぁ~…。これで何か変わるとも思えないなぁ。あの二人、僕の城に来ても自分たちの家のことばっか心配してすぐ帰っちゃうし…。話すときも僕を無視して二人で話すし…。なんかのけ者にされてるよ…」
そう愚痴を漏らす隆元。
そもそもこの三矢の訓えは、隆元が「元春と隆景からのけ者にされてる。相談事は僕ではなく父上にするし、二人から嫌われてるか見限られてるかみたいですっごい腹立つ。僕から話しかけようとしても避けられるし。それと、この手紙は読んだら絶対燃やしてね…」と相談したことに由来するのである。
「僕は無能でダメな人間だからなぁ…。父上には武将として大事なものが抜けてるとか言われちゃうし。あーあ、父上が隠居したら僕も一緒に隠居して輝元に家督譲っちゃいたいなぁ…。偉大な人から生まれた子は無能って言うでしょ?それが僕だよ。きっと毛利は僕で滅びるんだ…」
これでもかと嘆く隆元は日々ストレスをため込んでいた。
そんな隆元が宴に参加した際、事件は起きた。
宴からの帰り道、急に腹痛に襲われた隆元は、そのまま帰らぬ人となったのである。
宴の際に料理に毒を盛られたとか、食中毒だったとも言われているが、このことに父の元就は物凄く嘆き、キレた。
「これに関わった人間を全員処罰してやる!」
元就は、隆元殺害容疑で5人切腹へと追い込んだ。
父から愛されていたことが皮肉な形で証明されることとなった。
また、隆元が亡くなったことにより、領内の収入が4000ほど下がった。
「兄様は内政を纏める大きな力を持っていたんだな。そうとも知らず、俺たちは…」
「そうだね。今度は俺たちで、毛利の家を支えていかなきゃ!兄様の分まで!」
自分の家のことばかり優先してきた隆景、元春は兄の分まで毛利を支える矢となるため、それまで以上に絆を深めて毛利家を支えていこうと決めたのだった。
今回描いてて苦労しました。
苦労の結果が脈絡のない隆元の死という形で出ています(笑)
と言うのも、生きてる時はスーパーネガティブ発言連発の逸話ですし、実は優秀な武将だったと評価されたのは彼の死後ですから、こんな形になりました。
小説内の隆元の発言は全部手紙の内容で残ってるやつを採用しましたので、史実です。
燃やしてくれとまで書いた手紙が現存して研究されてさらには博物館でさらし者にされて…可哀想に…。
三矢の訓えは有名ですが、その裏にはこんな劣等感を抱えた隆元のエピソードがあったのです。
いや、実際はかなり優秀な武将ですよ、隆元。
死んでから政治的な問題がやたら起きたり、収入が減ったりして、これ全部隆元が一人で解決してたってことになるんですから。
正確も温厚で自己主張しない大人しい人柄で、真面目。ちょっと遊興にハマって怒られたりもしてますが。
しかし奥さんが大好きだったりと、なかなかいい人ですよ。
早くに亡くなったことが悔やまれる武将ですね。
さて、今回はこの辺で!