四百十八番槍 お鉢巡り
やることが多くて毎日が忙しいっす…。
もう!なんかもう休みをください!
何もしなくていい日をください!
学長賞に研究室の課題にエントリーシートの書き方の課題に文化祭に国家試験の勉強…。
…アホなの?
あーもう…つら~…。
今川家からの侵略を防いだ武田信虎は、戦勝祝いを行うことにした。
「まずは久遠寺に行くぞ!そしたらいよいよビッグイベントだ!」
信虎はいきいきしながら言った。
が、正直、この後の行程は超しんどい。
というのも、富士山に登ると言うのだ。
聖徳太子も登ったというあの富士山に!
家臣も大勢いる、大軍での登頂となった。
「はぁはぁ…。辛い…。五合目まで車で行けるって話じゃなかったのかよ…」
「それは…時代錯誤も甚だしいですね…」
文句を言いながらも、富士山のてっぺんに何とかたどり着いた。
「じゃあついでに一周しますか!」
信虎は家臣にそう言った。
火口を一周ぐるりと回る、いわゆる「お鉢巡り」という物だった。
これをした者は願いがかなうと言われている。
「これで甲斐の国が豊かで強い安定した国になるといいがなぁ」
そんな願いを込めてのお鉢巡りだった。
早めに言っておきますと、現在の富士山と信虎が登った富士山は形が違います。
今の形になったのは江戸時代です。
さて、ヤマノススメでお鉢巡りが出てきたのでこんな逸話を。
私は五合目までしか行ったことありません。
今や世界遺産ですね。
この信虎の旅行、今川家を撃退した自身の強さを領内にPRするのが一番の目的だったようです。(なぜそれを本文に書かない)
というのも、今だからこそ名前の知れている武田家臣の武将たちが、当時はまだ有力豪族と言う立場でした。
久遠寺は穴山家の領地内、富士山は小山田家の領地内でした。
ね?聞いたことある名前でしょ?
この甲斐にいる豪族に威厳を示すため、富士山に登ったらしいです。
確かに凄いですけど、聖徳太子は八合目まで馬で行ったとか。
しかもペガサスのように飛んで。
もうあのお方は人に非ずですね。