四百番槍 地震加藤
昨日、400番上げるつもりでいたのですが、勉強した帰りに偶然五円玉さん(一人暮らし始めました)の家に行くことになり、そのまま「ばらかもん」まで見て帰ってきました。
途中職質くらったりといろいろありましたが、大丈夫でした。
なんだよー、ちょっと虫取り行っただけだろー。
不審者あつかいすんなよー。
カブトムシ取っちゃいけないのかよぉー。
…クワガタが欲しかった。
朝鮮出兵の際、敵と渡り合っていた加藤清正だったが、それをこころよく思わない奴がいた。
石田三成である。
三成は朝鮮での清正の言動を、あることないこと尾ひれを付けて、日本にいる豊臣秀吉に報告したのであった。
ちくり魔である。
活躍していた清正が、さもあらかじめ決めた作戦に従わないようなことを言い、秀吉に叱ってもらおうと考えたのである。
報告を聞いた秀吉は、すぐに清正を呼び戻した。
そして、そのまましばらくの謹慎処分となったのだった。
「くっ、三成め!いつか仕返ししてやるからな!」
同じようなことを繰り返し、三成は敵を作っていったのである。
謹慎生活をしていたある日のこと。
京で大地震が起きた。
噂によると、伏見城が倒壊したらしい。
伏見城と言えば、秀吉がいるところである。
清正はいてもたってもいられず、出陣を決めた。
「お待ちください!今秀吉様のもとに行っては、謹慎を無視したことになり最悪切腹です!どうか落ち着いてください!」
「その時はその時だ!秀吉様の無事を確認しに行く!」
こうして、清正は300人の家臣を連れて倒壊した伏見城へと急行した。
「秀吉様!我が家臣を城が直るまでの間、警護としてお付けいたします」
秀吉はこのとき、清正の忠義に感動していた。
「おお!清正!感謝だ!朝鮮でのことはもう良い!謹慎などせず、また働いてくれ!」
「ははっ!」
こうして、清正の謹慎は解けた。
後々、人々は清正のことを「地震加藤」と呼ぶようになったらしい。
加藤清正、地震加藤の逸話でした。
謹慎中に行ったのは、あるいみ危険な行動なんです。
命令無視ですから…。
逆に、清正は信用を勝ち取ったわけですが、なかなか危険なことをしたんです。
緊急時は仕方ない気もしますけど、そうではないんでしょうね…。