三百五十五番槍 小糸恋しき、奏でる声は贄の母
明日香
「鬨先輩!」
鬨哉
「ん?珍しいな、部長の妹が俺の教室に来るなんて」
明日香
「いやー、シャーペンと消しゴムを借りに…」
鬨哉
「なんで俺?ひなたとか紗代とかもいるし、同じクラスだろうに」
明日香
「紗代にテストで勝負挑んだ関係で借りにくくてさー。あとひなは今日休み」
鬨哉
「ああー。はいよ。筆箱忘れんなよなー。じゃ、俺次生物の実験だから行くわ」
明日香
「あ、生物ってどんなことやるの?教えてくださいよ先輩~」
鬨哉
「…。遺伝子を組み替えて光る大腸菌を作ってみようって昨日テレビでやってたよ」
明日香
「テレビ!?」
鬨哉
「あ、授業内容のこと?」
明日香
「明らかにそうでしょ!今までの会話の流れからして!」
鬨哉
「ああ、えーと。イモリの卵のどの部分が、イモリの体のどの部分になるのかとかを調べるよ」
明日香
「それって楽しいですか…?」
鬨哉
「え?面白くない?」
明日香
「というか、桃の節句になんでイモリの話しなくちゃいけないんですか?」
鬨哉
「聞かれたから…え?俺が悪いの…?」
明日香
「まぁ、部活の時にペンと消しゴム帰すから!」
鬨哉
「あー、うん。よろしく」
「今日もおっかあのために薬草摘んでくるね!」
「…いつもいつもありがとう」
元気に飛び出していったのは小糸という10歳の少女。
病気で寝込みがちな母の看病のため、毎日せっせと薬草を摘んで暮らしていた。
周りの農民たちからも人気があり、可愛がられていたのである。
「小糸ちゃん、お母さんは息災か?」
「うん!早く病気治るように、小糸今日も頑張るよ!」
「そうかい、そうかい。小糸ちゃんは偉いねぇ」
そんなやりとりをする毎日だった。
そんなある日のこと。
山の上では飛騨松倉城が建築中であった。
日の本一高いところにある城で、難攻不落の堅牢な城。
城主は姉小路頼綱である。
「ええい!城はまだ完成しないのか!」
頼綱は苛立っていた。
築城予定地が険しい地形のために工事がなかなか進まないのである。
「現場も急いではおりますが、その急斜面ゆえ、どうしても作っては壊れ作っては壊れを繰り返しております」
家臣からの報告を受けた頼綱は決断する。
「人柱を用意せよ!」
人柱とは、工事が進まなくなったとき、神にささげる供物として生きた人間を生贄にすること。
こうすると城が頑丈になると信じられていた。
命令を受け、家臣はすぐに人柱を探しに行った。
条件としては、生娘であること。
探してみると、意外とすぐに見つかったのである。
その日の夜、小糸は母のもとへ帰らなかった。
心配になった母は、その弱々しい白い体を起こし、娘を探しに行った。
「小糸!どこだ小糸!どこに行った!?」
必死に探しては見たものの、どうしても見つからない。
ただ、一つだけ見つかったものがある。
それは…。
「これは…小糸の籠…」
今朝娘が家を出るときに背負っていった籠。
中には薬草が多数。
結局その日は見つからず、翌日村人にきいて回ることにした。
すると…。
「小糸ちゃん、お侍に連れて行かれちまった…。俺たちじゃ…どうすることもできなくて…ごめんよ…!」
泣きながら村人は状況を語ったのである。
飛騨松倉城が築城に苦労していることは知っていた。
ということは…。
人柱。
真っ先に浮かんだ最悪の文字を、かすかな望みで消し去った。
まだ…間に合うかもしれない!
母は城へと向かった。
「小糸!どこにいるのだ?小糸!」
来る日も来る日も母は城の周辺で叫んだ。
しかし、それが病弱な体には過酷なことだったのだろう。
母もついに娘のもとへと旅立ったのである。
それからのことである。
「小糸ー!どこだ小糸ー?」
「ひぃぃぃぃ!な、なんだこの声は!?は、早く誰か沈めて参れ!」
小糸を探す母の声が城中に響くのである。
たまらず頼綱はこれを退治するよう命令を出した。
「こんなあやかし、それがしにお任せあれ!」
一人の若者が妖怪退治に乗り出したのである。
しかし翌日…。
「無理…。あれは無理でした…。か、刀すら抜けませんでした…」
酷く震えた様子でそう報告したのである。
結局、この声は築城から飛騨松倉城が廃城になるまでの10年間、ずっと聞こえ続けたのだった。
五円玉という穴あき硬貨に、なぜかツイッターでリクエストされたので必死に探した姉小路頼綱の逸話です。
最近分かってきました。
武将の逸話が無い時は、その武将が持っていた城を探れば城の逸話が出てくることがあるのです!
今回はうまく行きましたよ。
少々無理やりではありますが、リクエスト答えてみました。
しかし何故にツイッター…。
最近「信長の野望」をやりだしたらしく、いろんな武将を知ったとのこと。
なんか私が「その武将知らん」というと「勝った」と言い出すので、なんとなく悔しい…。
なら、こちらは逸話で勝負してやりましょうぞ!
さて、解説に。
悲劇的な伝説を書いてみました。
日本一高所にある城だそうです。
人柱伝説はどこにでもありますので、別に特別なことではありませんが…。
子を亡くした親というのは、見ている方も辛いものがあります。
人柱は大体が村の貧しい娘です。
最初に通りがかった娘、とかいう特殊な例もありますが。
とにかくなぜか娘なんですね。
毛利元就のように「百万一心」と書かれた石を人柱の代わりに埋めればいいのに…。
戦国の世は残酷な時代でございます。