三百二十四番槍 ちょっと苦手なやつなんだ
この前、人生で初めて私のひいばあちゃんとされる人の写真を見ました。
縦の線で繋がってるってすごいことだと思います。
ひいばあちゃん世代と言うと北条氏政から見て北条早雲まで遡るからすごいですよね(何が?)
縦の繋がりって大事だなと思いつつ、子供など残す気のない私なのでありました。
一緒に出てきた祖父の兄と思われる写真もですね、なかなか感慨深いものがありましたよ。
軍服来て飛行機の前で敬礼してる白黒写真です。
聞く話によると、戦争で亡くなったそうです。
なぜどこの国も武力を持ちたがるのでしょうか。
戦争はダメですよ。絶対に。
「なかなかに 世をも人をも 憎むまじ 時に合わぬを 身の咎にして」
一句読みながら蹴鞠をする陽気なファンタシスタ。
ここは華やぐ京の街。
詠んだ句の意味は、大大名の座から転落したのはほかの誰でもない、自分のせいである。
そんな意味である。
そう、この男、もとは大大名だったのだ。
名は、今川氏真。
あの無名の頭にコロッと討ち取られたブッサイク…もとい。
一時は天下に最も近いと言われた男、今川義元の息子である。
今や大名の面影はなく、京の街でのんびり暮らしていた。
そんな時だった…。
「まだ氏真には政治的利用価値が残っている可能性が微レ存…。微レ存とはすなわち微粒子レベルで存在しているという意味で…」
そう考えたのは徳川家康。
氏真を利用しようというのだ。
そのために…。
「氏真、ちょっと来い」
家康に呼ばれ、氏真は江戸に住むことになった。
しかし…。
家康は後悔した。
なぜかというと…。
「家康さーん。今日も来たよー」
「お…おう…」
やたら頻繁に訪ねてくるようになったのだ。
で、やることと言えば無駄話。
しかも異常に長い。
長い、長すぎる。
(こいつ話なげぇ!しかも毎日来る上に面白くねぇ!)
家康は毎日氏真の話を聞くのがおっくうになっていった。
そして考えた。
「氏真、お前品川に住め」
「へ?」
氏真は品川に移された。
というのも、品川は江戸城まで遠く、毎日は通えないような距離である。
それでいて江戸の中ではある。
プチ島流しと言ってもいいだろう。
それでも通うのが氏真なのだが…。
「和歌って難しいよね。言葉を知らなきゃいけないし、誰かから学ばなきゃいけないし、歌書を読みまくらないといけないし…。はぁ、大変だよ」
氏真は家康にそう言った。
「いやいや、心に移りゆくよしなしごとを読んでいけばそれでいいじゃないか」
しっかり勉強しようとする氏真に、家康は感覚で和歌を詠めばいいと説いたのであった。
今川氏真の逸話でした。
京から江戸に移されたはいいけど迷惑者扱いされた逸話ですね。
やたら来る割に話が長くて面白くない。
で、鳴くまで待つ家康も面倒なので遠くに置いたらしいです。
和歌に対する意見も違ったり、実は気が合わなかったのでは?
気が合った逸話があるわけでもないですけど。
家康は政治に氏真を利用しようとしただけですよ。
さんざんブッサイクだとか言いましたけど、別に義元が嫌いなわけじゃないです。
善政を敷いたらしいですし、むしろ好きな武将ですかね。
氏真はもう大好きですよ(笑)
ファンタシスタですから!(by殿といっしょ)