八十九番槍 天正遣欧少年使節
五円玉様ご提供の小説の中に「中浦ジュリアン」の名があったので書いてみたんですが…。
あ~!もう!
書きにくいなぁ!
逸話によって書きやすかったり書きにくかったりするんですが…。
今回は厳しかったです。
日本出るとキツいです…。
世界史の知識0なのですよ…。
1582年2月20日。
日本が押し寄せる植民地化の波に飲まれぬよう、世界に文明国だと知らしめる目的で、4人の少年が日本を発った。
キリシタン大名の有馬や大友の名代として、血縁である4人が派遣されたのである。
伊東マンショ。
千々石ミゲル。
原マルチノ。
中浦ジュリアン。
以上4人が日本初の公式外交団であった。
因みに、実際に大名と血縁があるのはマンショとミゲルの2人だけだったりする。
4人の他に、神学校で教師をしていた、アレッサンドロ・ヴァリニャーノも使節団に同行した。
順調に見えたヨーロッパへの旅路。
しかし、紙は試練無くしてヨーロッパに行くことを許しはしなかった。
嵐が来たのだ。
「うわぁ~!揺れる~!」
「具合わりぃ~!ヴァリニャーノ様、これ吐くときは海かい?」
「ちょっ!海落ち…おっと!危なぁ!」
「船大丈夫なの!?やっぱり飛行…何でもないよ…?」
船は大きく揺れ、船酔いする4人。
しかし、4人は頑張った。
「ヴァリニャーノ様はどんなに厳しい状況でも優しく声をかけてくれました。おかげで頑張れました」
ミゲルがそう言うように、ヴァリニャーノはただ励ました。
未だヨーロッパには着かず、インドはゴア。
「これからは私ヴァリニャーノに変わり、ヌーノ・ロドリゲスが君たちをヨーロッパに連れて行く!」
突然、ヴァリニャーノは4人に別れを告げた。
「マジすかヴァリニャーノ様?」
「マジっすよ!インドで布教するから!」
「マジか~…」
4人は激しく気落ちした。
日本を出発してから2年半。
ポルトガルはリスボンに到着。
「はうっ?た、建物デケェ!」
「高いなぁ…」
「これは…サンシャイン60が建ったときも人々はこんな感じで眺めてい…何でもないよ?」
「ヨーロッパ…すげぇ…」
まず建物の高さに驚いた4人だった。
その後、世界最大の権力者、フェリペ2世に会うこととなった。
「これが…我らが王、有馬晴信、大友宗麟、大村純忠からの親書です…」
緊張でガチガチになりながら、マンショは日本で託された親書を手渡した。
それを見たフェリペ2世は驚いた。
「た、縦書きだと!?」
しかし、これで日本の文明の高さを示すことに成功した。
続いて、4人はローマ教皇であるグレゴリウス13世に会うことになったのだが…。
「お腹痛い…。無理…」
ストレスにより体調を崩したジュリアンは欠席。
3人での参加となった。
バチカン宮殿。
王の間。
そこで、教皇は待っていた。
「我ら3人!日本からやってきました!」
ミゲルが教皇に言った。
「そなたらが…。そうかそうか…!」
教皇は3人を泣きながら抱き締めた。
日本とヨーロッパが繋がった瞬間であった。
帰り道。
ゴアでヴァリニャーノと再会した4人。
一時楽しい時を過ごしたのだが…。
日本に帰ると、そこはとんでもない状況だった。
「伴天連追放令!?」
秀吉によるキリシタン大粛清が起こっていた。
「なんのために…ヨーロッパまで…」
こうして、4人のキリシタンとしての人生は幕を閉じた…。
訳も無く。
「キリスト教を広めるんだ!ちょっ!日本でが良かったんだけど…」
原マルチノ。
マカオ追放。現地で病死。
「俺は諦めない!教皇様にも直々にお会いしたんグワッ!」
中浦ジュリアン。
長崎で処刑。
「キリスト教!レッツ布きょ…グフゥ…持病が…!」
伊東マンショ。
長崎にて病死。
「時代を読むか…。なら、キリスト教はヤバい!いっそ捨てようぞ!」
千々石ミゲル。
キリスト教を捨て、歴史から消滅。
その後不明。
数奇な運命を送った4人であった。
そもそも日本は、「野蛮で文明もへったくれも無い下等な人間しかいない」とか言われてたみたいですね。
失礼な!
で、ヴァリニャーノが実際に日本行ったら全然違って驚いたみたいです。
文明スゴッ!みたいな。
フェリペ2世が縦書きにビビったり、使節団が建物の高さにビビったりしたの、アレ事実ですよ。
ジュリアン不参加も事実。
お前2年半かけてヨーロッパ行って何してたの…?
しかし、名代として12・3歳の少年送ったのは正解ですね。
大友宗麟だったら間違いなく相手怒らせてますね。
ちゃっかり帰国する途中にヴァリニャーノに会ってたり…。
地味に逸話っぽいとこあるんですね。
今回は資料とにらめっこしながら書きました…。
手元に資料がある奇跡…。
因みに、最近になってミゲルの墓らしきものが見つかったらしいです。