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第4話

書き溜め分投稿。

 三人は、間中の部屋を後にすると二階に行ってみることにした。仙波は、どちらかというと空いている時間は部屋で過ごしたかったのだが、秋山と松苗に強引に引きずられた。

「何があるかをチェックしておけば、アフターの予定が立てやすいだろ」と、秋山。

仕事が終わったら読書でもしてゆっくりする予定だ、とは仙波は口に出さなかった。

 さっきは、気にしてはいなかったが、エレベータの階指定のボタンが、地上の5階までと地下の5階まで点灯している。

「この光っているところが、僕達が動ける範囲だな」

そう言いながら、秋山は二階のボタンを押した。音もなくエレベータは階を移動する。ドアの上部に表示されている階数表示が動く。5、4、3、2、1。秋山は、それを目で追いながら次は0だな、と考える。もちろん0階なんてものは無い。建物は1階から始まり、その下はマイナス一階になるものなのだ。もし0階が欲しいのなら、地面や海面などの空間密度が変化する地点に部屋を造れば良いのだろうか。

「やっぱり、このエレベーターの乗り換えって不便だよ」

松苗が確認するように言う。

「同意。何で分けたんだろうな」

秋山が同意する。

「分けるにしても、もう少し近くにするとか出来なかったのかしら?」

 そうこう言いながらエレベーターを乗り継いで二階で降りると、すぐに食べ物の匂いが漂ってきた。

この階も今までの階とは、様子が異なる。オフィスの中なのに、複数の店舗が軒を連ねている。かなりの広さだ。地下鉄のショッピング・モールに似ている。

「うわっ、すごいわね。建物の中じゃないみたい」

「これなら、しばらく外に出れなくても退屈しなくてもすむかも知れないな」

秋山は、案内図がかかれたパンフレットのようなものを、どこからか入手して目を通している。この階とこの上の階には、飲食店や日用雑貨以外にも衣料品や書店、理容室、居酒屋のようなものもある。また、病院やスポーツジムの施設も整っているようだ。まさに、一つの街が成り立っている。

「これだけ設備があれば、この中だけでも十分生活できるな」

秋山が周りを見回しながら言う。

「本当に生活している人もいるみたいだけどね」

仙波が付け足すように言う。

「もう少し、窮屈な一ヶ月になるって覚悟していたのだけど、何とかなりそう。っていうか、私の住んでいるところより便利かも」

松苗が胸を撫で下ろす。

「実際、中に入ってみると驚くことが多いな」

秋山は、そう言いながら壁に埋め込まれるように備え付けられている自販機でコーヒーを買った。

「そうだね。斬新な造りをしている。それでいて違和感がない。だけど」

仙波は言葉を止めた。ここには違和感はないが不自然さはある。

しかし、不自然とはなんだろう。自然とはなんだろう。野鳥が作る巣は自然で、人間が作る家は自然ではない?。

一瞬の間にいくつかの思考を巡らせた。まったく関係のない事柄までピックアップされていく。そんな混沌とした状況をスレッドで処理して収拾する。

「窓が無いのは残念だ」

仙波が考えた据えに出来上がった結論を呟く。

「ほんとに全然無いですね」

秋山が反応する。

「外から見たときも全然無かったね。しばらくの間、太陽を見ることは出来なそうね」

なぜ、窓を作らなかったのだろう。

きっと不必要だったから。

なぜ、不必要なのか。それは分からない。

理由を作るとしたら無いほうがセキュリティが高いということだろうか。窓を作らなければ侵入者を防ぐことが容易くなる。もし外の情報を見たければ回線を通せば知ることができる。ライブカメラにアクセスすれば、窓から得られる狭い視野だけではなく、世界中の情景を視覚することだってできる。

「うーん。生活するうちに時間の感覚が狂うかもしれないな」

秋山は、そう言ってコーヒーを一口飲んだ。苦味と甘味がブレンドされた独特の味が口の中に広がる。

「そもそも、ぼくらの仕事に時間の感覚があるかが疑問だけどね」

「先月だって、徹夜率高かったものね」

松苗が言うと同時に秋山の携帯電話の着信音が鳴った。コーヒーを左手に持ち替えて、右ポケットからさっき預かった携帯を取り出す。

「はい。秋山です」

「あ、間中です。地下五階まで来てください。皆さんご一緒ですか?」

「はい、一緒にいますよ」

秋山は答えた。

「良かった。では、お二人にもお伝えしてください。よろしくお願いします」

「分かりました。すぐに向かいます」

お互いの姿の見えない電話でも、頭を下げてしまうのは条件反射の一種だろうか。

「間中さん?」

松苗が首を傾げる。

「うん。地下五階まで来てくれって」

「行こうか」

仙波は、くるりと反転しエレベータのほうへ向き直った。

「探検はお預けだ」

秋山が言った。

 エレベータが地下五階で停止して扉が開いてすぐのところに間中が立っていた。

「このまま下の階に行きます」

そう言って間中が乗り込んできた。彼がエレベータに乗った瞬間、地下の六階と七階のボタンが点灯した。その他は消えたままだ。社員でも全ての階に行き来できるわけではないらしい。

間中は、六階のボタンを押した。

「先ほども言いましたが、これからサーバルームに行きます。そこで、簡単に今後の作業の説明をします」

扉が開く。奥行きのあるスチールの書棚のようなものが図書館のように列をなして並んでいる。かなり広いスペースのようだが、そのスチールが作り出す壁に阻まれて全体を把握することができない。

辺りに人の姿は見当たらない。この部屋の中で、炭素で構成されている物質は今入ってきた四人だけである。

「凄い数だな・・」

秋山が口を空けている。

「その辺のデータセンタよりもマシンの数は多いかもね」

仙波の言葉に答えて、間中が言う。

「そうですね。この階とこの下の階のサーバで、フォトンラインの七十パーセントを支えています」

「七十パーセント?」

秋山が言った。聞いた話では、このタワーでフォトンラインの全てのサーバを賄っているということだった。

「そうです。残りの三十パーセントはこのタワーの最下層にあります」間中はそう言って更に付け加えた。「私も見たことは、在りませんけどね」

「その三十パーセントは、浅海原さんの・・・か」

仙波が言った。

「浅海原といっても、兄の方だけで全てを使用しているみたいなんですけどね」

「それって、すごい数ですよね」

松苗が驚いて言う。

世界的な企業の所有するサーバの三十パーセントをたった一人の人間が使用している。それも一時的なことではない。それだけの数のマシンパワーを何に消費するのだろう。

「そうですね。普通の開発でそこまでのCPUが必要なことは滅多にありませんからね。何をしているのかなんて私には想像もつきませんよ」

間中は歩きながら言った。サーバを格納しているラックがパーティションになって、通路を作り上げている。

「フォトンフィールドは、彼一人の作品だというのは、事実でしょうか」

仙波は単刀直入に尋ねた。その後に企業秘密ならお聞きしませんが、と付け加える。

「新しいバージョンが完成すると、バイナリがエンジニアのグループに送信されてきます。それを、しばらく稼動させた後、問題が発生しなければ、リリースになります」

「問題があったら、一人で黙々デバッグかぁ」

秋山が口を窄める。彼にも多くの苦い経験がある。

「いいえ。いや、実際に何かあればそうなるのでしょうが、今まで一度もバグが発生したことはないですね。我々の目に触れる段階では、完全なものとなっています。これだけ大きなシステムを、これだけの時間で構築して一つもエラーがないなんて信じられないことですけどね」

「うーん。本当の天才というのは、そういうものなのでしょう」

仙波は呟いた。天才と天才的は違う。天才的な人間を理解することはできても、天才を理解することは難しい。もしかしたら、理解できないものなのかもしれない。天才とはそういう存在なのだろう。

「私なんか、ほかの人にテストしてもらうと絶対にバグが見つかるけど。確率百パーセント」

松苗が何故か自慢げに言う。

「お前なあ、それはそれで問題だよ」

「何よ、秋山君だって変わらないじゃない」

「うっ。………まあ、お互いがんばろう」

「あ、ここです」

間中は立ち止まって、スチール棚の透明の強化プラスティックでできた扉の鍵を開けた。独特の熱気と騒がしいファンの音が展開する。

「ここにあるサーバで作業を行っていただきます」

「作業といっても・・」

秋山が辺りを見回す。

ここには作業用のモニタも資料も何も無い。

「いえいえ。実際の作業は、部屋の方で行っていただきます」

扉を閉めながら間中が言った。

そう、回線さえ繋がっていれば作業場所をどこでも良いはずだ。

「とりあえず、ここにお連れしたのは、環境を見ていただくためです。後で、資料ファイルをメールで送っておきます」

「分かりました」

仙波は答える。

間中は出口に向かって歩き始める。

「では、地上4階の会議室にいきましょう。少し打合せをします」

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