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第2話

まあ、今回は人物紹介的な感じです。



秋山は仙波せんば 十夜とおや松苗まつなえ 朝美ともみの三人で会社のビルの手前にある定食屋で昼食をとることが多い。

この定食屋は、鯵と秋刀魚とカレイの干物しか選択肢がないが、素材の良さとそれを調理する腕の良さで昼時は、あっという間に空席がなくなる。常連客である三人は、それを知っているので十二時になる五分前に会社を出て、一番奥の四人掛けのテーブルを陣取るのが習慣になっている。店内の照明はやや暗めで、秋山の茶のかかった髪も黒っぽく見える。

「元気無いね」

仙波が秋山の顔を見ながら言った。

「・・・ええ、まあ」

秋山が答えた。

会話はここで、十数秒ほど途絶える。仙波から話題を振ってくることがあっても、最初の一言だけで、それ以上突っ込んでくることはない。触れてほしくないことならばそこで終わりにすればよいし、話したいなら続けるだろう。彼はそう考えている。

「実は例のサイトで・・・」

「もしかして、またチャット?」

松苗が呆れて言う。

「いいだろ、別に・・・」

「家に帰って一人でチャット。・・・暗くない?」

「それは偏見だ」

「嫌だねぇ。いい歳して、会社でパソコン、家でパソコン。パソコンが友達。パソコンが恋人。彼女の一人くらいつくりなさいって。ああ、寂しい、寂しいね、悲しいねぇ」

松苗が節をつけて言う。

「なんだと。お前こそ・・・」

秋山が言いかけたところで仙波が会話に割って入った。

「で、どうだったんだい?」

言い合いが始まるといつも仙波の一言が鎮火剤の役目を果たす。

「ああ、・・・今度会わないかって」

「え?。向こうから?」

松苗が目を輝かせる。

「向こうから言われたなら落ち込むことは無いだろう」

仙波が言う。秋山が無言で頷く。

「うわあ。駄目じゃん。秋山君から言ったの?。サイテー。不信感満載。重量オーバー」

松苗が意味不明の追い討ちをかける。

「分かってるよ。ああ、失敗したなぁ」

「お待たせ」

不意におばさんが会話に割り込んだ。

お待たせ、といっても別に待ち合わせをしていたわけではない。

彼女の手によって、秋刀魚定食が二つとカレイの干物定食がテーブルに並べられる。今の時期だと少し旬から外れているが、それでも脂ののった秋刀魚の身から焼き立てのパチパチと弾けるような音と香ばしい煙が立ち昇った。

「じゃ、ごゆっくり」

ふくよかな口元を少しだけ上げてUの字を作る独特のスマイルを残し戻っていくおばちゃんの後姿を見ながら、あまりゆっくりされても回転が悪くなって困るだろうなぁ、と秋山は考える。もちろん口にはしない。

「やっぱり嫌われたかな・・・」秋刀魚の真中あたりに箸をつけ、一切れをご飯に乗せると秋山はさっきの話を続けた。「でもさ、ちゃんと謝ったんだぜ」

「何かをしてしまった場合、謝罪をしたところで良くも悪くも元の状態に戻ることはない」

仙波が淡々と言う。

「なんか仙波さんに言われると更に落ち込むなぁ」

秋山がうな垂れた

「まあさ、また行ってみればいいんじゃない?。嫌われていたら返答されないだけだって。返答無かったらさ、あきらめれば良いじゃない。さっぱりすっきり」

松苗が秋山の肩を叩きながら言った。

「慰めになってねぇよ」

「慰めてないよ」

松苗が小さく舌を出す。

「今日の午後には出発しなければいけないね」

仙波は突然、話題を変えた。彼の中で前の会話の終了フラグが立ったのだろう。彼特有の急な切り替えに慣れないうちは戸惑うかも知れない。

社内で会議をしていても、この調子なので彼についていけない人間は多く、いらぬ批判を受けることもある。しかし、トップクラスの能力を持つというところは否めない。

「ちょっと、変わったプロジェクトですよね」

秋山が答える。この切り替えに自然に合わせることができる(できるようになった)数少ない人材だ。

「今回はメインがサポートだしね。場所が場所だし、扱う物が物だからね。僕としては楽しみにしている」

仙波が言う。彼らの会社は、エンジニアの派遣を主な業務としている。自社で開発も行っているが、その収益は全体の五パーセントにも満たない。会社の技術力は高く評価されているため、各方面から依頼が来ていて、今のところ仕事が無くて暇になることはない。

「でも、本当かな。あまり実感が湧かない

松苗が言う。

「気持ちは分かる。相手は世界一の技術力を誇ると言われている会社だからね。うちの会社に依頼がきたのは、いろんな経緯があるんだろう」

その『いろんな経緯』というのは、きっと仙波の技術能力を伝ってきたのだろうなと秋山は思った。仙波の能力の高さは業界では有名だ。案件をこなすごとに雪だるま式にその評価が大きくなっていく。そのおかげで、時々、こういった大企業からも声がかかることがある。

秋山は頷いて、ちらりと仙波の膳を見た。

仙波は食事が遅い。といっても人並みより少し遅い程度だが、秋山が極端に早いので、いつも先に食べ終わってしまう。また、松苗にとっては、ここの食事は量が多いらしく殆ど食べきったことが無い。いつもみんなが箸を置くまで、だらだらと食べ続けている。だから、秋山は必然的に先に食べるものが無くなり、箸の行き場を無くしてしまう。だからといって、二人が食べているところを、ただじっと待っているのもなんとなく寂しい。そこで、付け合せのお新香と味噌汁を残しておくことにしている。秋山は、この2つのアイテムを使って仙波の食事の進捗を確かめつつ調整を行う。その甲斐もあってなんとなく、みんなと同時に食事を終えた感じになる。

三人の箸が置かれるのを見計らうかのように、さっきのおばちゃんがお茶を運んでくる。引き換えに空いた食器を片付ける。

「それにしても、さすがにマシンを揃えてるよなぁ」

秋山は概要書に目を通しながら言った。

「ソフトが特殊だからね」

仙波が答えた。彼が今回のプロジェクトを楽しみにしている要因はそこにある。

「フォトンフィールドだよな」

秋山は言った。

この2~3週間の間、エンジニアの間で話題の固有名詞だ。

ネットワーク・セキュリティに関して世界有数の業績を誇るフォトンライン・ファウンデーションが発表したオペレーティング・システムの最新版。超高度なセキュリティ環境を保ちつつ、無限に近いクラスタ化を実現できる設計のほかに、ネットワークに関するさまざまなソフトウェアが準備されている。

しかしなんと言っても注目しているのは、前バージョンより更に強化されたという、導入された環境や利用状況に応じてシステム自体が進化していくというアーキテクチャだ。

「正確には、僕達が触るのは未発表版。今回リリースされたものよりも、ずっと新しいものになる。彼等の持っているフォトンフィールドは、発表されたものよりも数段進んでいるという話だ」

仙波の言う「彼等」というのは、フォトンライン・ファウンデーション全体を指しているのではない。この巨大な財団を支える二人のメインプログラマを意味している。

二卵性双生児の兄と妹で、今年で確か25歳になるはずだ。妹の浅海原あさみはら 音香おとかは、15歳の時にMITの工学博士号を取得し、それまでにも多方面に様々な論文を発表し高い評価を得ている。兄の浅海原あさみはら 流時りゅうじに関しては人前に姿を現すことがなく、ほとんど情報がない。唯一、彼の姿を確認できるのは、まだ二人が物心つく前の写真が数枚だけである。

フォトンフィールドの記者発表の時も、音香が全てのプレゼンをしている。しかし、ソフトウェアのアルゴリズムのほとんどは、流時の考案したものであると発表した。

フォトンフィールドだけではなく、発表されるソフトウェアの基盤は、ほとんどが流時の作成したものであるというのが定説になっている。実力から言えば、音香も世界トップクラスのプログラマとして名を馳せているのには間違いない。しかし、流時の前では、その力も霞んでしまう。

現在、流時は財団所有の研究所、通称『フォトンタワー』で生活しているという。

今回のプロジェクトは、このフォトンタワーの中で行うことで話を受けている。期間は一ヶ月程度。その期間は建物の外には出ることができないことになっている。だが、そのような契約がなくても期間が満了するまでは、外に出ようにも出ることはできない。

その理由は研究所の立地条件だ。東京湾から沖に五十キロメートルほど離れた人口の島の上に建てられていて、交通・通信ともに制限の大きな環境にある。

「まあ、滅多に入れる場所じゃないし、噂の場所だから自慢にはなるかもしれないけど、一ヶ月篭もりっきりってのは嫌ですね」

秋山は首を竦めて言った。

「うーん。私も、ちょっとね。なんだか辛そうだし。ちゃんと、宿泊設備が整っているのかな……」

「作業的には、一日数時間で十分に終わる程度。基本的に動作テストだからね」

仙波が言った。

「ビルの中だけで生活するってのはストレスが溜まりそうだなぁ」

「そうだよねぇ。そんな感じ」

松苗は、茶碗に口をつけるとすぐに離した。もう少し時間をおかないと猫舌には無理な温度だった。

「そう?。僕は別に気にならないけどね。それに、タワー内には大抵の施設が整っていると聞いている。それに外に出ることができない以外は、特に行動を制限されることはないみたいだ。開発研究には望ましい環境だと思うけどね」

実際、仙波はそう思う。

外への物理アクセスができなくなるだけではなく、中への物理アクセスもほとんどなくなる。純粋な思考の世界。綺麗な思考だけを生み出せる空間。すべては自分から生まれ自分に回帰する。そこからは何が生まれるのだろうか。ずっと、ずっとその中で過ごしつづけたら、どんな考え方をするようになるのだろう。他人の思考が雑音として混ざってこない清らかな清流の中。流時は、そこで何を考え何を創り出そうとしているのだろうか。


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