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第12話

 松苗は三十分ほどスポーツジムで体を動かした後、自室に戻ってシャワーで汗を流した。

ある程度の欲求は解消されるが、近くにある大きな公園内をジョギングするのを習慣にしていたためか、それに比べると体のリズムが狂ってきている感じがする。同じ汗でも外気に触れながら出来たものとそうでないものというのは質が違う気がしてくる。

脱力するかのように一気にソファに腰を下ろした。

座り心地は悪くはないが、デザインが良くないなと思う。小学生のころに校長室で見かけた高級そうに見せかけた安物といったような、いかにも備品といった雰囲気を漂わせている。もちろん、このソファは見かけよりも高価なものなのだろう。

冷蔵庫で見つけたミネラルウォータを流し込む。

 「ふぅぅ。あぁー、暇だなぁ」

 少し大きめの声で呟いた。

松苗は、じっとしているのが何よりも嫌いだ。もしここが自宅だったら、ドライブにでも出かけてしまうところだ。

 部屋の中を見渡す。

どうもこの部屋は好きになれない。きっと、技術系の人間だけを寄せ集めたスタッフで設計したものなのだろう。可愛さというものがない。

壁も天井も備品の全てがモノトーンに近い色調。ただ、白の部分は青が含まれているのが分かる。天井にパネルのように埋め込まれた照明は、随分と明るい。デスクはスチール製だろうか。パッと見では素材がよく分からない。黒い冷淡なデザイン。出来る限り個性を押さえた量産ナイフのような切れ味をイメージさせられる。

 松苗は、立ち上がるとそのデスクに歩み寄った。

「そういえば、今日はメールをチェックしていなかったな」

自分だけに聞える大きさの声で言うと、端末の電源を投入した。

フォトンフィールドのロゴが画面の中央に表示される。グラフィックインターフェイスが構成され、マウスやキーボードの入力待ちになるまでに三秒もかからない。このオペレーティング・システムはインストールしてからセッティングを完了するまでに技量を要するが、それ以降の使い安さは他のものに負けないだろう。

 メールソフトを起動する。使い慣れているものと違うためか、操作に戸惑う。

しかし、こういった基本的なソフトウェアは、どれも操作方法が似通っている。だから、少しの間触っていれば、違和感も消えるだろう。

(新着メールは一通ね………って、あれ?)

メールは意外な人物からだった。


 明日、仙波さん、秋山さんと一緒に

 会いに来てください。

 お話をしましょう。

 

 P.S.

 貴方に一つ権限を追加します。

 引き換えに別の権限を削除します。


 浅海原 音香


(なに?、どうして?)

一見、友人を遊びに招いているような文言に見えなくはない。

呼び出されることに対して文句はない。雇用関係で言えば、あちらがオーナーだ。ただ、社員であっても『浅海原』に会う機会は滅多に得られないと訊いているのに、なぜ、こんなに私達にはこんなに簡単に会うのだろう。

松苗の脳裏に、ここに着いてすぐに会合した音香の姿が鮮明に浮かび上がる。その時のやり取りが、高画質録画されたムービーのように正確に再生されていく。それはたった今進行中の出来事のように現実感がある記憶。いや、記憶と言うよりも記録に近い。

松苗の持つ能力は直感像と呼ばれている。

適当に開いた本のページを一瞬見ただけで記憶したり、過去に見た風景を寸分違わぬ色彩で描くことができたりする力だ。記憶障害により会得してしまう場合もあるが、彼女の場合は生まれ持ったものだ。

一見、便利そうだが、彼女の能力は自分でコントロールすることができないという欠点を持つ。記録も再生も彼女の意思とは無関係に行なわれる。そして、その光景は彼女の気分を害するマイナスの映像であることが多い。単に疎ましいだけの能力。できれば投げ捨てたい能力。

記憶の再生と共に、あの時感じた腹立たしさも克明に蘇ってくる。それを振り払うように頭を左右に振ると、もう一度メールに目をやった。

(会いに来てくださいって、二人にもこのメール届いているのかな)

しかし、この文面からだと、松苗だけに送られたメールだろうということが感じられる。

(それに、権限の追加や削除ってどういうことだろう)

気になることはたくさんあるが、そろそろ脳がオーバーフローするかも知れない。深く考え込むのは得意ではない。もしも、頭の後ろにタコメータがついていたら振り切れているだろう。

(とりあえず電話で報告しておこうかな)

松苗は携帯電話を手に取ると内線番号をプッシュした。


次の投稿は、また来週!

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