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第10話

やっと10話目。

大体1/3ってところでしょうか。

 仙波は部屋に戻ると端末の電源を入れた。電源と言っても机に配置された押しボタンである。本体は見当たらない。たぶん、部屋とは別の場所で一括管理しているのだろう。そのほうがメンテナンスの手間も省けるしセキュリティも高い。少なくとも物理的なクラックはできない。

 部屋に戻る前に、この階にいる数名のエンジニアに対して、現状を把握している者がいないか確認してみたが、特に目新しい情報を得ることはできなかった。動揺している者、楽観視している者、それぞれ同じくらいの割合だった。どうやら、駐在している人間も正確な状況は分からないらしい。

 仙波は綺麗にリメイクされたベッドに腰をおろした。

各部屋の管理は連絡をしておけば委任することもできる。簡単な部屋の清掃やベッドメイキング、消耗品の補充を部屋の使用者がいない間に行ってもらえる。まるでホテルのようなサービスと手際の良さだ。開発者や研究者を、いかに目的だけに集中できる環境を作り出すか………そういった配慮の一つだろう。

 部屋に入ってすぐに沸かし始めたコーヒーが良い香りを立てはじめた。ゆったりとした黒い液体の沸騰する音が、心地よいサウンドとなって耳を刺激する。こんな風に、五感を満たしてくれる飲み物が他にあるだろうか。

仙波はカップにコーヒーを注ぐとデスクに向かって椅子に座った。

 メールを確認すると一通の新着メールが届いていた。情報を見る限りタワー内部からの発信のようだ。メールの着信日付は外部との接続が遮断された後になっている。

インターネットの接続が出来なくなっても、同一のネットワーク内のコンピュータ同士ならばメールのやり取りが可能なようにイントラが構築されている。同様に、タワー内のサーバから発信しているホームページには今でもアクセスが可能だ。

仙波は読み込んだメールを開いて確認する。

(これは?。)

仙波は、そのメールの差出人を見て驚いた。

―――浅海原 音香。

確かにそう書いてある。

なぜ、彼女から直接メールが届いているのだろう。自分宛てにメールがくる理由が見つからない。


思考とは何ですか?

自我とは何ですか?

私を理解できるでしょうか?

自己というものの定義を

考えてください。

人間の最も愚かな部分について

考えてください。

 

 浅海原 音香


二度三度、文面を読み返す。意味が分からない文章。

だが、なぜか胸の奥を掘り返されるような痛みのようなものを感じた。

自分の体が深いクリアな湖の底に沈んでいく感じがする。

思考世界へとダイブする。

暗くて周りはまったく見えない。

だけど自分自身のことをはっきりと見ることが出来る。客観的な映像に近いかもしれない。温度を感じない世界。その中で瞼を閉じて更に深く落ちていく。

(人間の最も愚かな部分・・・。どういうことだ?。)

疑問符が出来たときには、すでに心の中では結論が導き出されている。ただ、それが正解なのかを判断することはできない。そう、どこにも基準がない。

(多分、それをそう思うことだろう。)

楽しいときは自分が楽しいと感じた時。悲しいと思うときは自分が悲しいと感じた時。最も愚かだ思うときは自分が最も愚かな時。愚かだと思うことが最も愚かな行為。

全体として意味がある文章には思えない。何かの気まぐれで送ってきたのだろうか。間違えて送ってしまったということはありえない気がする。

単なる哲学的な問いかけ。

意味があるのだろうか?。

やはり、何の意味も無いのではないか?。

否。そんなことはない。

自分の意見を引き出しては否定を繰り返す。

心の中心から少しずれた、本人からは見えない位置で警報が鳴っている。

今までこういったイメージを抱いたときには、その後、ろくなことが無かった。

(自分というものの定義・・・。)

どういうことだろう。文面から思考のトレースを試みる。だが、何も掴めない。

(彼女の思考を追いかけることはできない。次元が違う)

そう考えたときに突然、ノイズの多いテレビ画面のように思考が乱れた。納得の出来る結論に到達できなかったという脳からの合図だ。

仙波は、煙草を取り出して口に咥えると火を点けた。

大きく息を吸い込んで体の中にニコチンを取りこむ。

立ち上りかけた自分の中にいる何かが、煙の中でやる気を無くして座り込む感じがした。気持ちが落ち着いていく。吸い込んだ煙を惜しむように少しずつ吐き出す。

(このメールは、二人にも届いているのだろうか。)

細い糸のように立ち昇る紫煙を見つめながら、ゆっくりとそんなことを考えた。

(電話でもかけてみようか。)

そう考えたのとどちらが早いか微妙なくらいのタイミングで携帯電話の着信音が耳に入った。


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