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第6話 テスト問題の作成


 理想郷イデアから東へと数キロ歩いたところにある旧住宅街。

 遺者の出現と共に放棄された地帯であり、蜘蛛の糸が住宅を侵食していた。


 そんな場所を俺――喰聖は少し離れた位置から見ていた。

 ちなみにイリスはいない。

 今日は俺一人での仕事だった。


「あれが、標的の巣だな。

 あそこに媒后(ばいこう)のアルネアがいる」


 媒后(ばいこう)のアルネア。

 王眷(おうけん)の侵命災(ヴァイロア)に仕える遺者の一体であり、奴の配下の中でもっとも多くの兵を抱えている存在だ。

 その数は、侵命災(ヴァイロア)の戦力全体のおよそ三割。


 半年後……こいつらは、他の七割と共に理想郷イデアに攻め込んでくる。

 そうなればどうなるか……理想郷は大きなダメージを受け、多くの人間が殺されるだろう。


「主人公、ツバキが所属する部隊は、現時点で誰も欠けておらず安定している。

 だが、ゆえにツバキの爆発力が削がれてしまっているのも事実だ」


 ゲームでは俺が介入した遺者との戦いで、隊長であるレイナが死亡していた。

 結果、崩壊していく部隊……そのストレスが彼女を尋常ではないほどに強くする。


 だが、俺はその強さを認めない。

 失う強さなどあってはならないのだ。


 だからこそ、別の強さを与えなければならない。


 仲間を失って爆発する力ではなく、

 仲間を失わないために積み上げる力。


 それを得るには、実戦が必要だ。


 訓練や模擬戦では足りない。

 命の危険が肌に触れるような戦場でなければ、身につかないものがある。


「だが、半年後にいきなり百の勢力をぶつけるわけにはいかない」


 現時点で侵命災(ヴァイロア)の勢力全てを相手にすれば、おそらくあの部隊は全滅する。

 ならば、答えは簡単だ。

 俺が、今のあいつらでも届き得る戦場を用意すればいい。


 簡単には勝てない。

 だが、届かないわけでもない。

 そんな都合のいい地獄を。


「それに……今襲撃をしておけば、シオンが防衛戦力を増やす口実も作りやすくなるだろう」


 半年後に備えるという意味では、むしろこちらの方が重要かもしれない。

 ゲームではこの戦いでツバキ以外が全滅した結果、彼女は別の部隊に配属される。

 だが、全滅する前にその別部隊を、あの場所に配置できたのなら……

 侵命災(ヴァイロア)の襲撃も凌ぎきれる可能性が高まる。


「いずれにせよ。

 ここで媒后(ばいこう)のアルネアを制圧し、その命令系統を奪う」


 俺は翼を広げて、腕を空に掲げた。


「堕命領域《フォールン・ドミニオン》」


 空に掲げた手を中心に、力の領域が展開される。

 領域内に入り込んだ生物を弱体化させる結界。

 この中では遺者であろうと、その力を十全に発揮することはできない。


 事実として、住宅街に散らばっていた雑魚遺者は地面に這いつくばっていた。


「さて……どれくらいで出てくるかな?」


 旧住宅街の奥から、羽音が聞こえる。


 耳元で鳴っているわけではない。

 だが、妙に近い。

 鼓膜の内側を細い針で撫でられているような、不快な音だった。


 やがて、薄暗い路地の向こうに一体の遺者が姿を現した。


「思いのほか早かったな」


 人間の女に近い形をしているが、全身の線が不自然なほど長い。

 腕も、脚も、指も、まるで折れそうなほど華奢でありながら、その先端だけが針のように鋭く尖っている。


 背中には半透明の羽が広がっていた。

 薄い膜に黒紫の筋が走り、かすかに震えるたび、周囲の空気がざわつく。

 ああ――これが、媒后(ばいこう)のアルネア。

 やはり、虫は好きになれそうにないな。

 あらゆる要素が気持ち悪い。


「私の部下を虐めるノハ、お前カ?」


 瞬間、俺は翼で奴の羽を切り飛ばした。


「ッ!?」


 俺は知っている。

 奴はまず羽を高速で振動させて、その音で相手を攻撃する。

 だから、最初に羽を切り落とした。

 そして流れるように首を狙う。


 瞬間、奴の体が小さい蚊に分裂して、俺の翼を回避した。

 そして、すぐ近くで苦しみながら元の大きさに戻る。


「な、なんなの……?

 いきなり仕掛けてキテ……」


「それをお前が知る必要はない。

 お前の全て……俺がもらい受けるとしよう」


「フザ……ケナイデェ!!!」


 奴の周囲に大きな蚊が大量に出現する。

 ただの蚊ではない。

 奴の体液によって、蚊に変質してしまった遺者だ。


 奴はその大量の蚊を乱雑に俺に差し向けた。

 だが、蚊の動きは鈍い。

 冷静に対処すれば、容易く叩き潰せる。


「堕血針葬(ブラッド・ニードル)」


 血液を針状に変えて打ち出し、全ての蚊を撃ち抜いた。

 全ての蚊が地面に落ちて、視界が晴れると……そこに奴の姿はない。


「……なるほど、羽を再生するために配下を食らいに行ったか。

 だが――」


 撃ち抜いて地面に落ちた蚊が黒い炭となって霧散しきる前に、付着した血液から奴らの肉体を吸収する。

 それが攻撃のエネルギーとなるのだ。


「堕翼乱葬(フォールン・レイザー)」


 俺の翼が、異様なほどに膨れ上がった。

 赤と白の羽が刃のように硬質化し、次の瞬間、周囲一帯を無差別に切り裂く。


 悲鳴が上がる。

 しっかりと狙ったのだから当たり前だ。

 俺は、媒后(ばいこう)のアルネアの前に降り立つ。


 奴の全身はバラバラになって、体液をまき散らしている。

 何もしなければ、あと数分で塵と消えるだろう。

 俺は奴の体を血で包み、死なない程度に肉体を修復したうえで、痛みを消した。


「な、ナンノ……つもり?」


「少し話がしたくてな」


「な、何……ヲ?」


「お前を遺者にしたのは、王眷(おうけん)の侵命災(ヴァイロア)だな?」


 奴は顔を伏せて黙る。

 遺者は人間が変質したものだ。

 だが、その経路には俺の把握している限りでは二つある。


 一つが、オリジナルの薬を自ら服用し、肉体改造を繰り返すことで遺者になる場合だ。

 基本的には、何かしらの目的をもって自主的に行うものであり、そこに同情の余地はない。


 だが、問題なのはもう一つだ。

 それが王眷(おうけん)と呼ばれる遺者によって肉体を改造された場合だ。

 王眷(おうけん)に肉体を作り替えられた者は、本人の意思とは関係なく遺者になる。


「……だが、遺者となったとしても、逆らうことはできたはずだ。

 絶対命令権のような力は、遺者にはない。

 どうして逆らわなかった?」


「ナルホド……お前は逆らったのカ?

 その結果が、今のオマエなのか?」


「……」


「なんだろうナ、本能……っていうのか?

 ソレガ逆らうなと警鐘を鳴らすんだ。

 それに逆らったところで、恐怖しかない」


 アルネアは小さく震えながらゆっくりと話している。

 もう自分が助からないことに気づいているのだろう。


「たとえ王眷(おうけん)を殺せたとしても、その後に何がある?

 小さなコミュニティですら、この姿では受け入れてはくれないだろう」


 ゲームにおける主眼は、ツバキに降りかかる悲劇だった。

 そのため、この設定が大きく取り上げられることはない。


 だが裏設定としては、確かに存在した。

 理想郷から零れた者が、王眷(おうけん)によって遺者に変えられているという事実が。

 これほどクソな設定はないだろう。

 それが現実のものとなった今では、なおさらそう思う。


「……全てを話せ。

 お前が遺者に変わった時、何が起きた?」


 情報は少しでも欲しい。

 ゲーム知識は確かに役に立つが、万能とは程遠いからだ。


「……わたしは、この住宅街にあった小さなコミュニティで暮らす子どもだった」


 やはりそうか……彼女の言葉で、俺の予想が確信に変わる。

 今でこそ、蜘蛛の糸で侵食されているが、この近辺にはもともと理想郷に入れなかった人たちのコミュニティがあったらしい。


 別のコミュニティで罪を犯した。

 汚染検査で黒だと言われた。

 そもそも、入場料を払えなかった。

 など様々な理由で、理想郷イデアに入れなかった人間のたまり場。


 そんな時、彼女は一人の少女を見つけたらしい。

 ふらふらと道端を歩き、今にも倒れそうな一人の少女を。


 その小さなコミュニティで受け入れられる条件は、たった一つ。

 健康に問題がなさそうに見えることだった。

 しかし、その少女は見るからに条件を満たしていなかった。


 それでも、彼女は秘密裏にその少女を受け入れたそうだ。

 彼女の体調が悪いのは偶然、風邪をひいたタイミングだったから。

 だから、受け入れてあげなければ可哀想だと。


「そんな間違った善意で彼女を受け入れてから、歯車は狂った」


 そこから、コミュニティは少しずつ壊れていったらしい。

 最初は、ただの体調不良に見えた。

 少女と同じように足元をふらつかせる者が現れ、休ませれば治るだろうと誰もが思った。


 だが、休ませても良くならない。

 昨日まで畑に立っていた大人が、次の日には壁に手をつかなければ歩けなくなる。

 さらに数日経つと、普通に話していた者が、朝には起き上がれなくなっていた。


 それでも、病だけならまだ耐えられたのかもしれない。


 けれど、被害は人間だけに留まらなかった。

 コミュニティが必死に育てていた食料まで、次々と枯れていったのだ。

 水をやっても、土を替えても、葉は黒ずみ、茎は力なく折れていく。


 その時には、彼女も理解していた。

 あの少女が、全ての原因なのだと。


 だから……彼女は――


 一度は救ったその少女の喉元に、ナイフを突き立てた。


 まるで風船のように破裂した。

 大量の血液が、彼女にかかったらしい。

 次に意識を取り戻した時には、彼女の姿は遺者へと変化していた。

 目の前には、王眷(おうけん)の侵命災(ヴァイロア)を名乗る化物がいたという。


 そこからは、化物としての日常が続いたという。

 命令に従って、人間を殺し、遺者を増やす毎日だったそうだ。


「それが、遺者となった理由か……」


「間抜けでしょ?

 それでこのまま殺されるのかな?」


「俺にお前を元に戻すことはできない。

 何かをしてやれるとすれば……終わらせることだけだ。

 だが、死ぬ前に――


 一矢報いてみる気はないか?」


 俺がそう提案すると、アルネアは静かに息を吐いた。


「ムリ、侵命災(ヴァイロア)に逆らうなんて……」


「俺がお前の体を操ってやる」


「何をするつもりなの?」


「侵命災(ヴァイロア)に逆らうのは、お前じゃない――


 俺だ。


 お前はただ、俺を受け入れればいい」


「……」


「選べ。

 ここで死ぬか、それとも俺に協力するかをな」


 どちらを選んでも、俺のやることは変わらない。

 ただ境遇を聞いて、ほんの僅かに同情しただけ。

 だから、少しだけ無念が晴れる手伝いをする。

 ただそれだけの話だ。


 アルネアはしばらく黙っていた。

 やがて、壊れかけた喉で小さく笑ってみせた。

 どうやら、覚悟は決まったらしい。


「……どっちにしろ死ぬなら、分かった。

 わたし……お前を受け入れる」


 俺は血液ごとアルネアを翼の中に取り込む。

 殺したわけではない。

 一時的に、俺の血の中で繋ぎ止めただけの話。

 そして、これでアルネアの命令系統は、俺の血に繋がった。


「お前が作り出した戦力の一部は奪った……。

 さぁ、どう動く?

 侵命災(ヴァイロア)……」


 俺は結界、堕命領域《フォールン・ドミニオン》を消し去る。

 もう、ここに用はない。

 あとは予定通り、ここにある戦力を全て理想郷イデアへと導くだけだ。


 俺はアルネアを翼から引っ張り出した。

 現時点で、彼女の意識はない。

 意識を取り戻すのは、侵命災(ヴァイロア)の前だけでいい。


 俺の血に操られたアルネアは羽を振動させ、その音で配下の遺者たちに命令を出す。

 周囲の遺者たちが集まり、わずか数分で一つの軍隊が姿を現した。


「さぁ、理想郷イデアを攻め落としてこい!!」


 命令は単純でいい。

 理想郷イデアを攻め落とすのが目的ではない。

 ツバキたちに戦場を経験させるのが、目的なのだから。


 さらに理想郷イデア自体が危機感を強めたら……

 それがもっとも理想的な展開だろう。


 さて、俺が与える試練は、この世界をどちらへ転ばせるのか……。

 しっかりと見定めなければならない。


「さぁ、乗り越えてみせろ!!」

 

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