第4話 外層検査班主任・サギミヤ
時間は遡る。
御影家が血に沈む、ほんの少し前――
薄暗い無機質な廊下の隅で、飲み物を喉に通す。
冷たい液体が喉を潤すが、視界の靄が晴れることはない。
眠たいわけじゃねぇ……何かが満たされてない。
俺――外層検査班主任のサギミヤは、そんなことを考えていた。
「今日も私兵の検査か」
俺が担当する仕事は、外部から戻ってくるお偉方の私兵の検査だった。
結果が白だろうが、黒だろうが、決められた処置をして、決められた場所に送る。
もしも特定の反応が出ている個体がいれば、秘密裏に解剖する。
そんな非人道的な仕事だった。
「ふぅ、理想郷イデア……理想郷ってのは名ばかりでいけねぇ」
ここは理想郷イデアの外層部……一応、建物の中ではあるが、もっとも外に近い場所ということもあって、ここでは見下される立場の人間が多くいる。
お偉方が汚れを許さねぇってんで、見た目だけは整えられている。
だが、その全てが無機質だ。
建物の見た目だけじゃねぇ……ここに住み着いている人間も、その瞳は死んでいた。
彼らの瞳が色を取り戻すときがあるとすれば、外にいる人間たちを見下すときだけだろう。
「休憩は終わりっと」
俺は飲み終わった缶をゴミ箱に投げ入れ、仕事へと向かう。
人間たちのために、遺者を討伐してくれる灰祓い。
本来なら感謝すべきところなんだろう。
奴らが居なければ、理想郷イデアにも遺者の大軍が攻めてくるかもしれないのだから。
だが、俺はこいつらのことを好きにはなれそうにない。
理由は単純だ……
俺はこいつらを助けたせいで、外層部に追いやられた。
「あー情けねぇ……逆恨みってのは情けねぇもんだ」
もっともそこに灰祓いの責任はない。
俺が勝手に人を助けるという行為を高尚なものとみて、勝手に縁切りされただけの話。
俺の家の連中が、どれだけ外を恐れているか……。
理解しておくべきだったのは、俺自身の方だったのだから。
「サギミヤ主任!!
御影家の私兵たちが道中で負傷したそうです。
救助隊が、緊急搬送してきます」
「おっと、珍しいな……
少しばかり忙しくなりそうか……」
お偉方の私兵……今回は御影家の私兵どもだが、正直な話をすると通常の灰祓いよりも長時間労働で賃金も低いし、自由もねぇ。
だが、殉職率は圧倒的に低い。
そりゃ当然だ。どんな個体がいるかも分からねぇ遺者狩りをする灰祓いとは違って、私兵どもの相手は基本的に人間になる。
ただの人間が、戦闘訓練を積み、特殊な武器を振り回す連中に抵抗なんかまずできない。
つまり今回の負傷は……。
「遺者に襲撃されたか……
体内に結晶が作られている可能性が高いな。
救助隊を支援する」
聖遺装を振るう灰祓いの体内には、核と呼ばれる結晶が作られることがある。
結晶とは、文字通り力の結晶だ。
有無で出力も大きく変わる。
戦闘力を向上させる意味では重要だが、大きな欠点があった。
結晶自体が力を有していることだ。
体外に摘出するだけで、それは魔法の宝石となる。
武力の弱い権力者からすれば、喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
格の違いを示す要素は多い方がいい。
結果として、結晶を宿した灰祓いの多くが、検査結果を黒にされる。
黎明教会が把握しているかは知らねぇが、気付いてる奴は気付いているんだよ。
権力者に殺されていると……。
そして、この俺もまた権力者に結晶を納品している一人でもある。
「それにしても、最近は結晶ができていることが多すぎじゃないですか?」
部下の一人が疑問を口にする。
そう思うのも無理はない。
少し前までは、結晶ができるなんてのは稀。
権力者に殺されるといっても、その絶対数は決して多くなかった。
そう、黎明教会の導師たちが連名で、新技術を発表するまでは……。
「黎明教会は何を考えているのでしょうか?」
「さぁな。
本気で検査結果を信じているのかもな……」
導師たちの名で発表された新技術は、結晶を作りやすくする薬だった。
それを投与すれば、従来の方法よりも遥かに高い確率で、結晶を作るのだと言う。
初めてそれを知ったとき、意味が分からなかった。
結晶が作り出される確率を上げると言うことは、権力者に命を奪われる理由を増やしているということだ。
確かに戦闘力は上がるだろう。
だが、権力者に狙われるデメリットに見合っているのか?
明確にデメリットの方が大きいと断言できる。
「やはり、黎明教会は現実を理解していないな。
あの無能どもが……」
だからこそ、俺が仕事を行えている。
今日も俺がやるべきことを、やるだけだ。
「こりゃ、ひでぇな。
随分と強い遺者に襲われたか……」
現場に到着すると、そこには悲惨な光景が広がっていた。
見ただけで負傷者が四名。
もう一人に至っては、確実に死亡している。
「お疲れ様です!」
「堅苦しい挨拶はいい。
お前らが到着した時点でこうだったのか?」
俺の質問に対して、救助員が肯定する。
なら、何が起きたのかの把握はできんか……。
「っ!? この紫の輝きは……」
「ど、どうかされましたか?」
「いや、いい……この死体だけは、この場で処置を行う。
お前らは他の四人を運べ」
こういう時、外層検査班の主任であることは、とても便利だ。
救助隊は一応別の部隊だが、俺の権限が届く範囲内。
命令を出して、この場から遠ざけることも容易だ。
さて、紫色の結晶……この色は伝承に残る服従核である可能性がある。
もし本物の服従核であったなら、御影家に渡してやるものか。
俺は胸に空いた穴を覗き込む……間違いない。
紫色の純結晶……これは――
チガウ……
瞬間、強い頭痛がする。
俺の本能が、この結晶体は伝承の服従核と、どこか違うと訴えている。
これは……かなり危険な何かだ……。
視界がぶれる。
【服従核だ。
分かるね? 我らが同胞よ。
それを見つけ次第、持ってくるんだ】
父親が画面越しにそう言ってくる風景が見えた。
随分と懐かしい記憶だ。
俺がここに検査医師として赴任してから少し経った頃のこと……。
俺は最深部に戻る権利を剥奪された。
理由はシンプルだ。
汚染されている可能性のある灰祓いたちと接触しているから、俺と接触するのは良くないんじゃないかというもの。
要は汚いウイルス扱いされたわけだ。
だが、同時に服従核の話もされた。
それを見つければ、御影家は安泰なのだという。
俺には分からなかった。
どうしてついさっき追放した人間に対して、そんな頼みごとができるのかと……。
「……おい、お前。
こいつは親父から頼まれたもんだ。
中層に運べ」
これを理想郷イデアの中層部に運べば絶対に良くないことが起こる。
そんな確信があった。
なら、本来は止めるべきなんだろう。
だが、俺は聖人じゃない。
おい、クソ親父……お前が俺を信頼するのは、血が繋がっているからか?
なら、勝手に信じていろ。
その信用が、何の役にも立たないってことくらい……
すぐに分かるだろうよ。
「さぁ、命令を果たしに行こうか……」
俺はこの死体を理想郷イデアに搬入する。
ただし、普通には搬入しない。
奴らが用意した隠し通路を使う。
ここは限られた人間しか知らない通路であり、権力者に何かを納品するときに使われる。
この通路なら、遺体を中層部に運ぶことができる。
もっとも規約上は、御影家なら遺体を中層部に堂々と運ぶことはできる。
だが、奴らはプライドが高い。
自分たちが権力を維持するために、せこせこと遺体集めをしていると思われたくないのだ。
「さて、準備は完了した。
一つ連絡を入れておくかね」
俺は端末から御影家に連絡をする。
伝承の服従核の可能性が疑われる結晶が、私兵の死体から発見されたと。
こうすりゃ、当主が自ら動く。
「しっかし、中層に入るのは久しぶりだな。
まぁ、受け渡し部屋にしか入れねぇだろうが……」
やがて俺は受け渡し部屋にたどり着いた。
中層の風景はこの部屋からは見えねぇが、たぶん変わってねぇんだろうな。
「ご苦労……久しぶりだな、サギミヤ。
衛生面を考えれば、直接会うのは避けたいところだが……
今回ばかりは仕方あるまい」
受け渡し部屋に入って来たのは、御影家の現当主であり、かつて俺の親父だった男。
見ているだけでイライラする。
衛生面を考えると良くないだぁ!?
一体、何年前の話をしてやがる。
黎明教会の灰祓いたちは、とうに汚染を克服している。
結果が黒であろうとも、奴らが死ぬことも、それがうつることもほぼない。
既に対処は終わっている。
それを何時までも過去の亡霊に怯え、灰祓いたちを冷遇している。
本気でうつると思っているのか、あるいはこれが奴らの権力を誇示する方法なのか。
どちらにせよ虫唾が走る。
とはいえ、その感情を相手に悟られるわけには行かない。
俺はあくまでも、奴が思い描く通りの俺である必要がある。
そうでなければ、生き残れないのだから。
「……こちらが例の物になります」
「ほぉ、確かに紫色で……透き通るように美しい結晶。
確かに伝承通りだ」
肉の中にある結晶を見ると、奴は俺に目で合図をしてくる。
本当にプライドの高い奴だ。
自分の手は汚したくないって奴か……。
「こういう件を任せられる相手は限られる。
不本意ではあるが、お前がいて助かったよ」
……無視だ、無視。
いちいち、こいつの言動一つ一つに感情的になってたら、仕事にならねぇ。
とはいえ、イラつくことは事実……
冷静でいるためにも、内心では毒づいておく。
死ね。
俺はゆっくりと息を吐いた。
大丈夫だ……俺は冷静に仕事ができる。
手袋をはめ、遺体の胸に手を突っ込んだ。
瞬間、電気が消える。
「!?
なんだ?」
しかし、数秒もすると電気は復旧した。
ただの停電か? あるいは何かの前兆か……。
俺は気づかなかった。
ここの監視カメラが破壊されていたことに。
「中層の管理人は何をしておるっ!?」
「まったくです。
俺の方から言っておきます」
これは、何かしらの前兆と捉えていいだろう。
間違っても、ただの停電じゃない。
いつでも愛槍を抜けるように構えておいた。
俺は改めて遺体の胸に手を突っ込んで、結晶を無理やり引き抜いた。
瞬間、結晶から眩い光が放たれる。
「っ!?」
視界がほとんどゼロになるほどの光。
空気が歪み、部屋の中心に何かが現れる気配がした。
飛来するのは散弾の雨。
凌げたのは、心構えと勘によるものだった。
やがて、視界がはっきりとする。
そこに立っていたのは、文字通りの化物だった。
「はっ、お前……遺者か?
随分な化物が来たじゃねえか……」
遺者に襲われる可能性も考えてはいた。
だが、ここまでとは……。
俺の親父だった男はどうなった?
そう思ってみると、先ほどの散弾が直撃したようで苦悶の表情を浮かべている。
俺はこの男が嫌いだ……。
だから、苦悶の表情を浮かべているところを見れば、すっきりすると思っていた。
違った……ちっともすっきりしない。
だが、不快でもない……なんとも思っていない。
これが俺のこの男に対する正しい感情なのか。
「お前に用はない」
どうにもこの遺者は、俺には用がないらしい。
奴は遺者特有の力で、あの男を操り始めた。
「その男を操ってどうする?」
「無論、腐った権力者である御影家を抹殺する」
遺者が、権力者を排除か……。
まぁ、不思議な話じゃねぇ。遺者は元々人間だったって話だ。
恨みを抱えた人間が、遺者に堕ちた結果、人間を襲うようになる。
なんてことはねぇ。ただの復讐だ。
さて……この状況、俺はどうするか。
追放されているお陰か……俺は化物の根絶やしリストには含まれていない。
戦うとしたら、あの男やその家族を守るためになるだろう。
まず戦いを挑んでも、絶対に勝てない。
俺の武器は聖遺装ではないからだ。
聖遺装でなければ、遺者を倒すことはできない。
この世界の常識だ。
できて、せいぜい時間稼ぎくらいだ。
だが、どうしてだろうな。
俺は今……愛槍に力を込めている。
たとえこいつを凌げたとしても、気に食わない奴が生き残るだけ。
御影家を守りたいわけでも、あの男を助けたいわけでもない。
ここで守っても、俺にメリットはない。
だが、あいつらを恨んできたのは俺だ。
ぽっと出の化物に、好き勝手壊されてたまるか。
「……ああ、クソ!!」
気づけば、俺は遺者に襲い掛かっていた。
体は重くて、いつもよりもキレもない。
その状態で必死に抗い続けた。
一度だけ、槍先が化物の腕を掠める。
傷と呼べるほどのものじゃない。
だが、化物の視線が、初めて俺を見た。
「……はっ、ようやくこっち見やがったか」
次の瞬間、遺者に思いっきりぶん殴られた。
かなり強い一撃だ……意識が――保てねぇ。
「……何してんだろうな」
分からねぇな……俺が何をしたかったのかなんて――。




