第12話 黎明教会導師・シオン
場所は、理想郷イデアの中層部。
今日は創域家の連中が、理想郷イデアの有力者たちを集めて会議を開くことになっていた。
議題はもちろん、先日発生した御影家惨殺事件についてだろう。
私……シオンも黎明教会の導師の一人として、この会議に出席する。
正直、かなり憂鬱だ。
こちらが意図的に引き起こした事件なのだから、こうなることは分かっていた。
だが、絶対に面倒な追及の仕方をされる……権威に執着した屑ばかりなのだから、いっそのこと斬ってしまいたいくらいだ。
「はぁ、しかし……どうやって遺者は外壁を無視して、侵入してきたのでしょうかね?」
そんな面倒な会議に、私と共に呼ばれた導師、ミモザ。
淡い桃色の髪をゆるく波打たせ、導師服の上から白衣を羽織った女性だ。
やわらかく垂れた瞳も相まって、一見すると導師より医者に見える。
実際、彼女は導師であると同時に、黎明教会に所属する研究員でもある。
聖遺装が人の体に与える影響を調査しており、いくつかの薬も開発している。
非常に有能な人物だ。
だからこそ、私にとっては警戒対象でもある。
結晶促進薬の共同開発者として、私の偽装に最も近い位置にいるのだから。
「さぁ、見当もつかんな」
実際には見当がついているどころか、侵入経路も知っている。
だが、私と喰聖のつながりは知られるわけにはいかない。
それに理想郷を守っている外壁は、長年の摩耗によって硬度は低下している。
だが、それでも簡単に崩れたりはしない。
今回、喰聖もイリスの力を使って移動したと聞いている。
ここは、見当もつかないと答えるのが正解だ。
そんなことを考えていると、ミモザはため息を吐いた。
「原因も分かってないのねぇ。
権力者たちにどんな嫌味を言われるか……。
想像するだけでも、砂糖が欲しくなりますね」
そう言ってミモザは、白衣のポケットから小さな包みを取り出し、こちらへ差し出した。
「シオンさんの分もありますよぉ」
「……用意がいいな」
「一緒に徹夜した回数だけは多いですから。シオンさんが考え込むと甘い物を欲しがることくらい、知っていますよ」
懐かしいな。
結晶促進薬の研究で徹夜を重ねていた頃から、彼女はこうして甘い物を差し出してきた。
【仲良くなるには、食事を共にするのが一番です】
そう言って、研究の合間にも何度となく食事へ連れ出されたものだ。
おかげで二名以上の導師の出席が求められる会議では、彼女と同席することが多い。
「ありがたい。
お前が持ってくるお菓子はかなりおいしいからな。
気に入っているぞ」
しかし……砂糖か。
確かにこんな会議など放り捨てて、妹のイリスと一緒にお菓子でも食べたいところだ。
そもそも、どうしてイリスが喰聖と行動を共にしているのか……
いや、理屈は分かる。
喰聖も、イリスも、こうした腹芸ができるタイプではない。
理想郷イデアに侵入するスパイとしては、私が適任ではある。
だが、やはり情報交換の時にしか妹と会えないのは、少しだけ納得できない。
くそ……喰聖の奴め――羨ましい。
「しかし、灰祓いたちの死体が複数。
それに、結晶促進薬の反応まで検出されたのですか……。
よくもまぁ、この状況でわたくしたちに説明させようと思いましたね。
創域家の連中は!」
ミモザがここまで露骨に誰かを罵るのは珍しい。
結晶促進薬の開発中も、彼女は何度となく創域家から無理な要求を受けていた。
成果は急かす。危険性を説明しても聞き流す。
それでいて問題が起きれば、研究者や灰祓いへ責任を押しつけようとする。
それでもミモザは、人を救うためには団結こそが必要だと、笑って飲み込んできた。
結晶促進薬の開発末期には、二人して何日もまともに帰れなかったというのに。
そんな彼女が、今回ばかりは怒りを隠そうともしない。
無理もないことだった。
この襲撃では、灰祓いの死体が複数上がっている。
しかも、汚染検査で黒判定を受け、理想郷イデアから追放された者たちの死体だ。
普通に考えれば、現場となった中層や深層で発見されることはまずない。
「……ということは、今回の事件――
その犯人は、理想郷イデアから追い出された元灰祓いであると?」
「いいえ、違うみたいです。
わたくしもそう思って、事件調査担当のセフィル導師に聞いてみたんですよ。
けど、今回の主犯は、転送されてきた謎の遺者らしいんですよ。
その元灰祓いたちは、以前からこの理想郷イデアにいたみたいです……」
いい流れだ……ミモザの創域家に対するヘイトが表面化している。
彼女も察しているのだ。
御影家が、検査を偽装して、灰祓いたちを私兵にしていることを。
なら、私が言葉で示してやろう。
「だとすれば、御影家は黒判定が出た元灰祓いたちを私兵にしていたと?」
「……まさか」
ミモザは否定しかけて、言葉を止めた。
「いえ……でも、そう考えれば辻褄は合います。
御影家には、以前から妙な噂もありましたし」
口調こそ冷静だったが、ミモザの動揺は隠しきれていない。
非常に分かりやすい好機だった。
「あら? 停電?
どうして、こんな……」
予定していた時刻通り、私たちのいる部屋から明かりが消えた。
同時に、監視カメラも機能を停止する。
私は、この暗闇でも互いの顔が見えるくらいにミモザに接近する。
「え? シオンさん?」
「今だから話すが、理想郷イデアは黎明教会が制圧するべきだと思っている――」
やがて明かりが復旧する。
すると、目を見開いて私を見ているミモザがいた。
信じられないと言った様子を見せている。
「……シオン導師?」
「さっきのことは気にしないでくれ。
少しだけ……気が動転していた」
そう言って私は会議室へと向かう。
ミモザも少しの間、茫然としていたが、すぐに正気を取り戻してついてくる。
「分かりました。ひとまず気にしません。
今は――ともに会議を乗り越えましょう」
手応えはあった。
少なくとも、あの言葉はミモザの心に迷いを残したようだ。
変わり者の多い導師の中で、もっとも常識を持っている人物。
しかも、研究者としては、私よりも遥かに優秀だ。
ぜひとも仲間にしたい。
だが、焦ってはダメだ。
焦れば仲間どころか、敵となってしまう。
ゆっくりと丁寧に、こちら側へと引きずり込む。
「到着しましたね」
ミモザの言葉で意識を目の前に向ける。
全てを拒絶するような重厚な扉があり、その向こうでは創域家の連中が私たちを待っている。
扉の前には顔を覆面で隠した人間が二人。
創域家に仕える執律官と呼ばれる組織の者だ。
奴らは創域家が所有する暴力装置であり、こうした会議では護衛役を担っている。
私たちは奴らの手荷物検査を受けなければ、会議室に入れないというわけだ。
「御影家が断絶した。
これは職務怠慢ではないのか?」
「いいえ、我々は御影家の手下にあらず、創域家に仕える者であるゆえ……」
相変わらずのようだ。
奴らは創域家全体が決めた掟に忠実なだけだ。
ゆえに創域家に属する一家と言えど、彼らを私兵のように扱うことはできない。
御影家の護衛についていなかったのも、そういった掟がなかったから。
随分と融通が利かない組織だ。
「どうぞ……お入りください」
手荷物検査が終わると、重厚な扉が開け放たれ、中へと誘われる。
中には――顔も分からないホログラム映像の人影が五つ。
なるほど……こんなときですら顔を合わせる気はないと。
瞬間、横にいるミモザが笑みを深めた。
分かりやすいくらい怒っているな。
「では、今回の事件について説明を」
黎明教会にとって、創域家はいわば出資者だ。
聖遺装に必要な材料や資金はもちろん、食料などの物資が提供されるのも、彼らの力があってこそ。
黎明教会は、資金提供を受ける代わりに、理想郷イデアの敵となる遺者を排除するのが仕事だ。
滅多にあるものではないが、今回のように事件が起こると、我々には説明責任が生じる。
「はい、皆さんも理解されていると思いますが……
御影家が皆殺しにされました」
空気が冷たくなる。
噂自体は聞いていたが、正式情報が出て動揺している。
そんなところか。
「創域家に所属する一族が皆殺しにされた……
深層のセキュリティが突破されたということか?」
一人が疑問を口にする。
深層のセキュリティはかなり強固だ。
少なくとも力ずくでの突破は、ほぼ不可能だろう。
「いえ、セキュリティは突破されていません。
御影家を惨殺したのは、当主本人です」
ざわめきが広がる。
「ば、バカな。
自らの家族を殺して、自分も死んだというのか!?
あれだけの富を得た人間が?」
「……はい。何かしらの理由で中層に出たところを、遺者に狙われて操られた。
その可能性が非常に高いと考えられます」
「中層に遺者の侵入を許したということですか?
しかし、外壁が破壊されたとの報告は来ておりませんが……」
ホログラムの一人が疑問を口にする。
確かに外壁は今も健在だ。
「ええ、そこは監視カメラの映像が少しばかり残っています。
ご覧ください」
ホログラムの一人がそう口にすると、映像が流れ始める。
そこには、胸部を開かれた元灰祓いの死体と、その内側に露出した結晶が映っていた。
映っているのはそれだけだったが、分かることはある。
「この結晶は、灰祓いの体内に形成されることがある物質だ。
しかも少し前、その形成を促す薬を黎明教会が開発したそうだな?
今回の件は黎明教会と何かしらの関係があるのではないか?」
「ええ。現場からは、結晶促進薬の反応が検出されています。
薬によって形成された結晶と見て、間違いないでしょう」
「なら……」
ホログラムの一人がそこまで言いかけて、ミモザの声に遮られた。
「それ以前に、どうしてこの元灰祓いたちが、理想郷内にいるのですか?
彼らは黎明教会の記録では、検査結果が黒だったことを理由に追放されているはずですが」
「遺者と共に我々に報復しに来たのではないのか?」
「可能性は低いでしょう。
結晶促進薬は、導師と検査医師会に提供したものだけ。
追放された者たちがどのようにして、手に入れるというのです」
普段大人しい人間が怒ると怖いというが、ミモザはまさにその代表例だろう。
彼女は本気で怒ると丁寧な言葉遣いになり、普段からは考えられないほどの圧を出す。
ホログラムたちも、その圧に押されているようだ。
「それだけではありません。
発見された元灰祓いの死体を再検査したところ、一人から白判定が出ています」
「……何?」
「記録上、その人物は黒判定を理由に追放されたことになっています。
ですが、死亡したからといって汚染反応が消えることはありません」
ミモザは笑みを浮かべたまま、ホログラムを見渡す。
「検査結果そのものが捻じ曲げられていた。
そう疑うべきではありませんか?」
「……知るか。大方、御影家の独断だろう。
以前から、奴らには創域家としての品がないと思っていたところだ!!」
ホログラムの向こう側で、大きな音がする。
大方、机辺りを思いっきり蹴りつけたのだろう。
品が無いのは奴らも同じというわけだ。
「そう声を荒げてはいけません。
重要なのはこれからどう対策を講ずるか……。
導師のお二人もそうだと思いませんか?」
空気が変わるのを感じる。
ここからが本番だな。
私の予想が正しければ、奴らは一つの要望をしてくるはずだ。
「今回、どれほど壁が強固であろうとも、遺者の中にはそれを無視して侵入してくることが分かりました。これに対応するには、理想郷イデア内部の戦力を増やす必要があります」
「中層にも灰祓いを常駐させるようにすると?」
よし、狙い通りだ。
壁が自らの安全を保障しないとなれば、必ずこうなる。
突破されたのは中層まで、ならば対応できる戦力を置こうと考えるのは当然の流れだ。
そして――
「ならん!! ならんならん!!!
汚染されているかも知れん奴らを中層にまで入れるなど、絶対にあってはならん!!!!」
ほら来たな。
かつての常識を今でも妄信している進展のない奴は、どこにでもいるものだ。
相変わらず考えが古いな。
既に我々は、汚染という現象を克服している。
汚染による症状も、他者に感染することも、薬を常飲すれば起こらなくなった。
それでも創域家は、黒判定者を追放する古い掟を改めようとはしない。
こいつの心配はただの時代錯誤だ。
だが、それはそれで利用する価値がある。
「では、こうするのはどうでしょう。
私の部隊を、創域家全体の直轄部隊とするのは?」
「シオン導師の部隊を……なぜだ!?」
「私の部隊が、黎明教会の中でもっとも強いからです」
隣でミモザが息を呑む音がしたが、無視する。
「我々であれば、可能な限り少人数で、最大の戦果を挙げられるでしょう。
どんな存在からもあなた方を守って御覧に入れます」
私がそう告げても、文句を言ったホログラムは唸り声を上げるばかり。
随分と頑固者だな……仕方ない。少しばかり脅すとしよう。
「そこまで拒否感があるのでしたら、仕方ありません。
貴家の区画だけ、我々の警護対象から外す――それでよろしいでしょうか?」
空気が静まり返る。
やがて、一人のホログラムからため息の音が聞こえた。
「あれも嫌。これも嫌では会議になりません。
多少の妥協も必要でしょう」
ホログラムの一体が、別のホログラムを説得する。
それでようやく妥協を引き出せたようだ。
あとは――
「それで、要望は何でしょうか?」
やはり会話をするのなら、ある程度の頭は欲しいところだな。
話が早くて助かる。
当然だが、無条件で私の部隊を彼らの直轄にすることはできない。
黎明教会において、私たちの部隊は様々な分野で活躍している。
その指揮権を無料でくれてやるわけにはいかないのは当然だ。
「はい、我々が懸念しているのは検査医師会の不正です。
今回、御影家で追放されたはずの者の死体が発見されたことを、黎明教会は重く見ています。
我々の要望は一つ。
検査医師会に対する指揮権の譲渡をお願いします」
ミモザがそう言うと空気が静まり返る。
検査医師会は、灰祓いの汚染検査と、その記録を管理する組織だ。
白なら残留、黒なら追放。
本来なら、それだけの組織である。
だが、判定を捻じ曲げられるのなら話は違う。
奴らは実質的に、灰祓いの出入りを握っている。
これがあるからこそ、黎明教会は創域家に逆らえない。
そう認識しているからこそ、奴らは容易く首を縦に振ることはなかった。
「それこそ黎明教会を暴走させるのではありませんか?」
「……先ほども申しましたが、御影家が検査結果を捻じ曲げてまで、灰祓いを私兵にしています。我々からすると、現状の形態では信用できない」
ホログラムたちがざわめいた。
表情は見えないが、よほど苦渋の表情をしているに違いない。
「分かりました。
しかし、指揮権の譲渡は認められません。
検査医師会は今後、創域家から独立させ、第三者組織とする。
それで妥協していただけませんか?」
「……第三者であることの保証は?」
「検査医師会の人事権を、一つの組織には与えない」
「具体的には?」
「会長の選出には、創域家、黎明教会、検査医師会。
それぞれの承認を必要とする」
「検査結果を書き換えた場合は?」
「記録は複数の場所へ自動で保存する。
誰か一人が書き換えられる形にはしない」
完全ではない。
創域家が関与する余地は、まだ残されている。
だが、今までのように検査医師会を直接動かし、検査結果を偽装することは難しくなる。
「分かりました。
その条件であれば、こちらも妥協しましょう」
その後、襲撃犯への対応方針と識別名を決め、会議は終わる。
二人で会議室を出て、声が聞こえなくなるところまで歩いた。
瞬間、ミモザが大きなため息をついた。
「随分と疲労がたまったようだな」
「はい、ああいうの苦手ですよ。
シオンさんのようにはなれそうにないです――
しかし、凄いですね。
まさか、黎明教会で最強を自称するとは……
他の導師のことを考えると、おいそれとは言えない言葉ですよ」
「何を言っている?
私が一番強い……それが事実だ」
私がそう言うと、ミモザは呆れた様子を見せた。
「ふふっ。では、頼りにしていますねぇ。
それよりも今回の襲撃犯……やはり異名が付きましたね」
「これだけ派手なことをしたんだ。
当然だろう」
特別指定遺者――識別名《無門》
それが、喰聖の奴に与えられた名前だ。
これで奴は、正体不明の侵入者ではなく、理想郷イデアが正式に追うべき脅威となった。
この理想郷イデアそのものが、あいつを狙うことになる。
だが、何の心配もしていない。
あいつならこの程度の試練を平然と乗り越える。
いや、乗り越えなければならない。
なにせ、私にこの世界を救うと宣言したのだからな。
「さぁ、忙しくなるぞ」




