↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/13

第12話 黎明教会導師・シオン


 場所は、理想郷イデアの中層部。

 今日は創域家の連中が、理想郷イデアの有力者たちを集めて会議を開くことになっていた。

 議題はもちろん、先日発生した御影家惨殺事件についてだろう。


 私……シオンも黎明教会の導師の一人として、この会議に出席する。


 正直、かなり憂鬱だ。

 こちらが意図的に引き起こした事件なのだから、こうなることは分かっていた。

 だが、絶対に面倒な追及の仕方をされる……権威に執着した屑ばかりなのだから、いっそのこと斬ってしまいたいくらいだ。


「はぁ、しかし……どうやって遺者は外壁を無視して、侵入してきたのでしょうかね?」


 そんな面倒な会議に、私と共に呼ばれた導師、ミモザ。

 淡い桃色の髪をゆるく波打たせ、導師服の上から白衣を羽織った女性だ。

 やわらかく垂れた瞳も相まって、一見すると導師より医者に見える。


 実際、彼女は導師であると同時に、黎明教会に所属する研究員でもある。

 聖遺装(せいそう)が人の体に与える影響を調査しており、いくつかの薬も開発している。

 

 非常に有能な人物だ。

 だからこそ、私にとっては警戒対象でもある。

 結晶促進薬の共同開発者として、私の偽装に最も近い位置にいるのだから。


「さぁ、見当もつかんな」


 実際には見当がついているどころか、侵入経路も知っている。

 だが、私と喰聖のつながりは知られるわけにはいかない。


 それに理想郷を守っている外壁は、長年の摩耗によって硬度は低下している。

 だが、それでも簡単に崩れたりはしない。

 今回、喰聖もイリスの力を使って移動したと聞いている。


 ここは、見当もつかないと答えるのが正解だ。

 そんなことを考えていると、ミモザはため息を吐いた。


「原因も分かってないのねぇ。

 権力者たちにどんな嫌味を言われるか……。

 想像するだけでも、砂糖が欲しくなりますね」


 そう言ってミモザは、白衣のポケットから小さな包みを取り出し、こちらへ差し出した。


「シオンさんの分もありますよぉ」


「……用意がいいな」


「一緒に徹夜した回数だけは多いですから。シオンさんが考え込むと甘い物を欲しがることくらい、知っていますよ」


 懐かしいな。

 結晶促進薬の研究で徹夜を重ねていた頃から、彼女はこうして甘い物を差し出してきた。


【仲良くなるには、食事を共にするのが一番です】


 そう言って、研究の合間にも何度となく食事へ連れ出されたものだ。

 おかげで二名以上の導師の出席が求められる会議では、彼女と同席することが多い。


「ありがたい。

 お前が持ってくるお菓子はかなりおいしいからな。

 気に入っているぞ」


 しかし……砂糖か。

 確かにこんな会議など放り捨てて、妹のイリスと一緒にお菓子でも食べたいところだ。

 そもそも、どうしてイリスが喰聖と行動を共にしているのか……


 いや、理屈は分かる。

 喰聖も、イリスも、こうした腹芸ができるタイプではない。

 理想郷イデアに侵入するスパイとしては、私が適任ではある。


 だが、やはり情報交換の時にしか妹と会えないのは、少しだけ納得できない。

 くそ……喰聖の奴め――羨ましい。


「しかし、灰祓い(アッシュ)たちの死体が複数。

 それに、結晶促進薬の反応まで検出されたのですか……。

 よくもまぁ、この状況でわたくしたちに説明させようと思いましたね。

 創域家の連中は!」


 ミモザがここまで露骨に誰かを罵る(ののし)のは珍しい。


 結晶促進薬の開発中も、彼女は何度となく創域家から無理な要求を受けていた。

 成果は急かす。危険性を説明しても聞き流す。

 それでいて問題が起きれば、研究者や灰祓い(アッシュ)へ責任を押しつけようとする。


 それでもミモザは、人を救うためには団結こそが必要だと、笑って飲み込んできた。

 結晶促進薬の開発末期には、二人して何日もまともに帰れなかったというのに。


 そんな彼女が、今回ばかりは怒りを隠そうともしない。

 無理もないことだった。


 この襲撃では、灰祓い(アッシュ)の死体が複数上がっている。

 しかも、汚染検査で黒判定を受け、理想郷イデアから追放された者たちの死体だ。

 普通に考えれば、現場となった中層や深層で発見されることはまずない。


「……ということは、今回の事件――

 その犯人は、理想郷イデアから追い出された元灰祓い(アッシュ)であると?」


「いいえ、違うみたいです。

 わたくしもそう思って、事件調査担当のセフィル導師に聞いてみたんですよ。

 けど、今回の主犯は、転送されてきた謎の遺者らしいんですよ。

 その元灰祓い(アッシュ)たちは、以前からこの理想郷イデアにいたみたいです……」


 いい流れだ……ミモザの創域家に対するヘイトが表面化している。

 彼女も察しているのだ。

 御影家が、検査を偽装して、灰祓い(アッシュ)たちを私兵にしていることを。


 なら、私が言葉で示してやろう。


「だとすれば、御影家は黒判定が出た元灰祓い(アッシュ)たちを私兵にしていたと?」


「……まさか」


 ミモザは否定しかけて、言葉を止めた。


「いえ……でも、そう考えれば辻褄は合います。

 御影家には、以前から妙な噂もありましたし」


 口調こそ冷静だったが、ミモザの動揺は隠しきれていない。

 非常に分かりやすい好機だった。


「あら? 停電?

 どうして、こんな……」


 予定していた時刻通り、私たちのいる部屋から明かりが消えた。

 同時に、監視カメラも機能を停止する。

 私は、この暗闇でも互いの顔が見えるくらいにミモザに接近する。


「え? シオンさん?」


「今だから話すが、理想郷イデアは黎明教会が制圧するべきだと思っている――」


 やがて明かりが復旧する。

 すると、目を見開いて私を見ているミモザがいた。

 信じられないと言った様子を見せている。


「……シオン導師?」


「さっきのことは気にしないでくれ。

 少しだけ……気が動転していた」


 そう言って私は会議室へと向かう。

 ミモザも少しの間、茫然としていたが、すぐに正気を取り戻してついてくる。


「分かりました。ひとまず気にしません。

 今は――ともに会議を乗り越えましょう」


 手応えはあった。

 少なくとも、あの言葉はミモザの心に迷いを残したようだ。


 変わり者の多い導師の中で、もっとも常識を持っている人物。

 しかも、研究者としては、私よりも遥かに優秀だ。


 ぜひとも仲間にしたい。


 だが、焦ってはダメだ。

 焦れば仲間どころか、敵となってしまう。

 ゆっくりと丁寧に、こちら側へと引きずり込む。


「到着しましたね」


 ミモザの言葉で意識を目の前に向ける。

 全てを拒絶するような重厚な扉があり、その向こうでは創域家の連中が私たちを待っている。


 扉の前には顔を覆面で隠した人間が二人。

 創域家に仕える執律官(レギュレーター)と呼ばれる組織の者だ。


 奴らは創域家が所有する暴力装置であり、こうした会議では護衛役を担っている。

 私たちは奴らの手荷物検査を受けなければ、会議室に入れないというわけだ。


「御影家が断絶した。

 これは職務怠慢ではないのか?」


「いいえ、我々は御影家の手下にあらず、創域家に仕える者であるゆえ……」


 相変わらずのようだ。

 奴らは創域家全体が決めた掟に忠実なだけだ。

 ゆえに創域家に属する一家と言えど、彼らを私兵のように扱うことはできない。


 御影家の護衛についていなかったのも、そういった掟がなかったから。

 随分と融通が利かない組織だ。


「どうぞ……お入りください」


 手荷物検査が終わると、重厚な扉が開け放たれ、中へと誘われる。

 中には――顔も分からないホログラム映像の人影が五つ。


 なるほど……こんなときですら顔を合わせる気はないと。

 瞬間、横にいるミモザが笑みを深めた。

 分かりやすいくらい怒っているな。


「では、今回の事件について説明を」


 黎明教会にとって、創域家はいわば出資者だ。

 聖遺装(せいそう)に必要な材料や資金はもちろん、食料などの物資が提供されるのも、彼らの力があってこそ。

 黎明教会は、資金提供を受ける代わりに、理想郷イデアの敵となる遺者を排除するのが仕事だ。


 滅多にあるものではないが、今回のように事件が起こると、我々には説明責任が生じる。


「はい、皆さんも理解されていると思いますが……

 御影家が皆殺しにされました」


 空気が冷たくなる。

 噂自体は聞いていたが、正式情報が出て動揺している。

 そんなところか。


「創域家に所属する一族が皆殺しにされた……

 深層のセキュリティが突破されたということか?」


 一人が疑問を口にする。

 深層のセキュリティはかなり強固だ。

 少なくとも力ずくでの突破は、ほぼ不可能だろう。


「いえ、セキュリティは突破されていません。

 御影家を惨殺したのは、当主本人です」


 ざわめきが広がる。

 

「ば、バカな。

 自らの家族を殺して、自分も死んだというのか!?

 あれだけの富を得た人間が?」


「……はい。何かしらの理由で中層に出たところを、遺者に狙われて操られた。

 その可能性が非常に高いと考えられます」


「中層に遺者の侵入を許したということですか?

 しかし、外壁が破壊されたとの報告は来ておりませんが……」


 ホログラムの一人が疑問を口にする。

 確かに外壁は今も健在だ。


「ええ、そこは監視カメラの映像が少しばかり残っています。

 ご覧ください」


 ホログラムの一人がそう口にすると、映像が流れ始める。

 そこには、胸部を開かれた元灰祓い(アッシュ)の死体と、その内側に露出した結晶が映っていた。

 映っているのはそれだけだったが、分かることはある。


「この結晶は、灰祓い(アッシュ)の体内に形成されることがある物質だ。

 しかも少し前、その形成を促す薬を黎明教会が開発したそうだな?

 今回の件は黎明教会と何かしらの関係があるのではないか?」


「ええ。現場からは、結晶促進薬の反応が検出されています。

 薬によって形成された結晶と見て、間違いないでしょう」


「なら……」


 ホログラムの一人がそこまで言いかけて、ミモザの声に遮られた。


「それ以前に、どうしてこの元灰祓い(アッシュ)たちが、理想郷内にいるのですか?

 彼らは黎明教会の記録では、検査結果が黒だったことを理由に追放されているはずですが」


「遺者と共に我々に報復しに来たのではないのか?」


「可能性は低いでしょう。

 結晶促進薬は、導師と検査医師会に提供したものだけ。

 追放された者たちがどのようにして、手に入れるというのです」


 普段大人しい人間が怒ると怖いというが、ミモザはまさにその代表例だろう。

 彼女は本気で怒ると丁寧な言葉遣いになり、普段からは考えられないほどの圧を出す。

 ホログラムたちも、その圧に押されているようだ。


「それだけではありません。

 発見された元灰祓い(アッシュ)の死体を再検査したところ、一人から白判定が出ています」


「……何?」


「記録上、その人物は黒判定を理由に追放されたことになっています。

 ですが、死亡したからといって汚染反応が消えることはありません」


 ミモザは笑みを浮かべたまま、ホログラムを見渡す。


「検査結果そのものが捻じ曲げられていた。

 そう疑うべきではありませんか?」


「……知るか。大方、御影家の独断だろう。

 以前から、奴らには創域家としての品がないと思っていたところだ!!」


 ホログラムの向こう側で、大きな音がする。

 大方、机辺りを思いっきり蹴りつけたのだろう。

 品が無いのは奴らも同じというわけだ。


「そう声を荒げてはいけません。

 重要なのはこれからどう対策を講ずるか……。

 導師のお二人もそうだと思いませんか?」


 空気が変わるのを感じる。

 ここからが本番だな。

 私の予想が正しければ、奴らは一つの要望をしてくるはずだ。


「今回、どれほど壁が強固であろうとも、遺者の中にはそれを無視して侵入してくることが分かりました。これに対応するには、理想郷イデア内部の戦力を増やす必要があります」


「中層にも灰祓い(アッシュ)を常駐させるようにすると?」


 よし、狙い通りだ。

 壁が自らの安全を保障しないとなれば、必ずこうなる。

 突破されたのは中層まで、ならば対応できる戦力を置こうと考えるのは当然の流れだ。

 そして――


「ならん!! ならんならん!!!

 汚染されているかも知れん奴らを中層にまで入れるなど、絶対にあってはならん!!!!」


 ほら来たな。

 かつての常識を今でも妄信している進展のない奴は、どこにでもいるものだ。


 相変わらず考えが古いな。

 既に我々は、汚染という現象を克服している。

 汚染による症状も、他者に感染することも、薬を常飲すれば起こらなくなった。


 それでも創域家は、黒判定者を追放する古い掟を改めようとはしない。

 こいつの心配はただの時代錯誤だ。

 だが、それはそれで利用する価値がある。


「では、こうするのはどうでしょう。

 私の部隊を、創域家全体の直轄部隊とするのは?」


「シオン導師の部隊を……なぜだ!?」


「私の部隊が、黎明教会の中でもっとも強いからです」


 隣でミモザが息を呑む音がしたが、無視する。


「我々であれば、可能な限り少人数で、最大の戦果を挙げられるでしょう。

 どんな存在からもあなた方を守って御覧に入れます」


 私がそう告げても、文句を言ったホログラムは唸り声を上げるばかり。

 随分と頑固者だな……仕方ない。少しばかり脅すとしよう。


「そこまで拒否感があるのでしたら、仕方ありません。

 貴家の区画だけ、我々の警護対象から外す――それでよろしいでしょうか?」


 空気が静まり返る。

 やがて、一人のホログラムからため息の音が聞こえた。


「あれも嫌。これも嫌では会議になりません。

 多少の妥協も必要でしょう」


 ホログラムの一体が、別のホログラムを説得する。

 それでようやく妥協を引き出せたようだ。

 あとは――


「それで、要望は何でしょうか?」


 やはり会話をするのなら、ある程度の頭は欲しいところだな。

 話が早くて助かる。


 当然だが、無条件で私の部隊を彼らの直轄にすることはできない。

 黎明教会において、私たちの部隊は様々な分野で活躍している。

 その指揮権を無料(タダ)でくれてやるわけにはいかないのは当然だ。


「はい、我々が懸念しているのは検査医師会の不正です。

 今回、御影家で追放されたはずの者の死体が発見されたことを、黎明教会は重く見ています。


 我々の要望は一つ。

 検査医師会に対する指揮権の譲渡をお願いします」


 ミモザがそう言うと空気が静まり返る。

 検査医師会は、灰祓い(アッシュ)の汚染検査と、その記録を管理する組織だ。

 白なら残留、黒なら追放。

 本来なら、それだけの組織である。


 だが、判定を捻じ曲げられるのなら話は違う。

 奴らは実質的に、灰祓い(アッシュ)の出入りを握っている。


 これがあるからこそ、黎明教会は創域家に逆らえない。

 そう認識しているからこそ、奴らは容易く首を縦に振ることはなかった。


「それこそ黎明教会を暴走させるのではありませんか?」


「……先ほども申しましたが、御影家が検査結果を捻じ曲げてまで、灰祓い(アッシュ)を私兵にしています。我々からすると、現状の形態では信用できない」


 ホログラムたちがざわめいた。

 表情は見えないが、よほど苦渋の表情をしているに違いない。


「分かりました。

 しかし、指揮権の譲渡は認められません。

 検査医師会は今後、創域家から独立させ、第三者組織とする。

 それで妥協していただけませんか?」


「……第三者であることの保証は?」


「検査医師会の人事権を、一つの組織には与えない」


「具体的には?」


「会長の選出には、創域家、黎明教会、検査医師会。

 それぞれの承認を必要とする」


「検査結果を書き換えた場合は?」


「記録は複数の場所へ自動で保存する。

 誰か一人が書き換えられる形にはしない」


 完全ではない。

 創域家が関与する余地は、まだ残されている。

 だが、今までのように検査医師会を直接動かし、検査結果を偽装することは難しくなる。


「分かりました。

 その条件であれば、こちらも妥協しましょう」


 その後、襲撃犯への対応方針と識別名を決め、会議は終わる。

 二人で会議室を出て、声が聞こえなくなるところまで歩いた。

 

 瞬間、ミモザが大きなため息をついた。


「随分と疲労がたまったようだな」


「はい、ああいうの苦手ですよ。

 シオンさんのようにはなれそうにないです――


 しかし、凄いですね。

 まさか、黎明教会で最強を自称するとは……

 他の導師のことを考えると、おいそれとは言えない言葉ですよ」


「何を言っている?

 私が一番強い……それが事実だ」


 私がそう言うと、ミモザは呆れた様子を見せた。


「ふふっ。では、頼りにしていますねぇ。

 それよりも今回の襲撃犯……やはり異名が付きましたね」


「これだけ派手なことをしたんだ。

 当然だろう」


 特別指定遺者――識別名《無門》


 それが、喰聖の奴に与えられた名前だ。

 これで奴は、正体不明の侵入者ではなく、理想郷イデアが正式に追うべき脅威となった。


 この理想郷イデアそのものが、あいつを狙うことになる。

 だが、何の心配もしていない。


 あいつならこの程度の試練を平然と乗り越える。

 いや、乗り越えなければならない。


 なにせ、私にこの世界を救うと宣言したのだからな。


「さぁ、忙しくなるぞ」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。