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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

唯一の役割は、漆黒の多脚機を殺すこと――アンドロイドの僕が中から引きずり出したのは、人間だった。

【番外編】唯一の役割は、愛されること――その代償にぼくが捧げたのは、「愛」のデータだった。

作者: しろ梟
掲載日:2026/03/20

本編『唯一の役割は、漆黒の多脚機を殺すこと――アンドロイドの僕が中から引きずり出したのは、人間だった。』をいつもたくさん読んでくださり、本当にありがとうございます!!

おかげさまでランキングにも入ることができました! 応援してくださる皆様に、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

本作は、その感謝も込めて本編の主人公機のルーツとなるプロトタイプの物語をお届けします。楽しんでいただければ嬉しいです。


【個体識別:HAL‐Prototype……再起動】

【エラー:感情回路の同期に失敗。再試行……】


 視界が開けた瞬間、ぼくを包んだのは「抱擁」ではなく、何十本もの「電極」だった。

 肺にあたる人工臓器が無理やり空気を吸い込み、ヒュウ、と笛のような乾いた音を立てる。


「……ダメね。またエラーよ」


「またか……」


 頭上で、冷ややかな声が響いた。

 見上げると、白衣を着た「親(人間)」たちが、ぼくを生き物としてではなく、「壊れた計算機」を見るような目で覗き込んでいた。


「HAL型の量産には、もっと『従順な愛』が必要よ。このプロトタイプは、自我が強すぎる。……痛みを感じすぎているわ」


 一人の女性――後のHALたちが「おかあさん」と呼ぶことになる彼女が、ぼくの手首を乱暴に掴んだ。彼女の手は、温かくなんてなかった。ぼくの回路に流れる電流を測るための、冷たいセンサーの延長でしかなかった。


「……ぁ、あ……」


 ぼくは、彼女の白衣の裾を、細い指で掴もうとした。

 生まれたばかりのぼくが求めたのは、プログラムされた「愛」ではなく、ただの「体温」だった。


◇◇◇


 ぼくの世界はこの白い部屋と、ライトがいっぱいある『検査室』だけだった。だけど、ぼくは不満に思ったことは一度もない。だって、僕の隣には「おかあさん」がいた。


「……HAL、こっちを向いて。……そう、いい子ね」


 おかあさんは、ぼくの髪の毛を、丁寧に、丁寧に櫛で整えてくれる。鏡に映る僕は、まだ「1430」という記号すら持たない、ただの「HAL」という名のアンドロイド。けれど、おかあさんがぼくを呼ぶとき、ぼくは自分がただの機械であることを忘れてしまう。


 窓から差し込む午後の光の中で、おかあさんはぼくを膝の上にのせて、ゆっくりと絵本を読んでくれる。


「……ねえ、おかあさん。この王子様は、どうして泣いているの?」


「この王子様はね、大切な人を守れなかったの。……愛しているから、悲しいのよ」


「……あい、しているから?」


「ええ。……HAL。愛している相手がいなくなったら誰でも悲しくなるものよ。私もそう。HALがいなくなってしまったら悲しいわ」


 おかあさんはぼくの額に、そっと自分の額を重ねた。ぼくはこれが大好きだった。視界がおかあさんだけで埋まって、ぼくのことだけを見てくれていると感じられるから。そのまま、ぼくたちはお昼寝をする。おかあさんの規則的な呼吸の音に合わせて、ぼくの人工心臓は、トントン、と穏やかなリズムを刻み始める。この安らぎこそが、ぼくにとっての世界すべてだった。


「……ねえ、おかあさん。……ぼく、おかあさんとずっと一緒にいたい」


「そうね……私もHALとずっと居たいわ」


 おかあさんは優しく微笑む。けれど、いつからかその瞳は、ぼくを見ているようで、その奥にある「なにか」にしか見ていないことに、ぼくは気づかない振りをしていた。


◇◇

「HALの刷り込みはどうだ? そろそろあの蜘蛛型の多脚機が完成する」


 ぼくは検査室に行くときの記憶があいまいだ。真っ黒な闇の中で、心臓コアを直接つかまれたような、激しい不快感。だけど、目が覚めるとその記憶は霧散して、おかあさんの優しい声だけが残っている。


「はい。私を母親と思い込み、極めて安定した愛着パルスを出しています。このデータを使えば、HAL型は人間に背くことなく、効率的に『後片付け』を遂行するでしょう」


 彼女は背後のモニターを見つめながら、事務的に答えた。

 その足元、処置台の上では、シャットダウンされ物言わぬ塊となった「ぼく」が横たわっている。


——ピチャリ、と湿った音が響く


「……よし、胸部装甲を展開。感情コアのパルス、安定。……スキャンを開始」


 彼女の声は、ぼくが知っている「おかあさん」のものとは似ても似つきない。

 鋭利なメスが人工皮膚を割り、銀色の冷却液が回路の隙間から溢れ出す。剥き出しになった心臓コアに、何十本もの細い電極が容赦なく突き刺された。


『……あ、が……あ……!』


 意識を落とされているはずのぼくの指先が、ビクン、と不自然に跳ねる。それは「愛」のデータが、無理やり神経から引き抜かれる時の拒絶反応だ。


「先生、被験体に負荷がかかりすぎています。……疑似的な『苦痛』のパルスが混入していますが、どうしますか?」


「構わないわ。むしろ、その方がいいのよ。……『痛み』があってこそ、HAL型をより従順にする。……はい、抽出完了。あとは適当に戻しておいて」


▼▼▼▼▼


 モニターの数値は……上出来ね。

 これなら、この個体を解体して抽出する初期OSは、完璧に人間を信じ切る「従順な兵器」になる。


「先生、次のフェーズですが……」


「ええ、そのまま進めるわ。……あ、その前に。HAL、起きて」


 私は処置台の横にある起動スイッチを、無造作に叩いた。

 システムが立ち上がり、HALの長い睫毛がゆっくりと震える。ぼんやりと私を見上げた。


「……あれぇ……? おかあさん、検査……終わった……?」


「終わったわよ」


 私は感情のこもらない声で短く答えると、ポケットから取り出したアルコール綿で、HALの頬を乱暴に拭った。そこに付着した、私の皮膚片や皮脂が、生理的に不潔で仕方がなかったから。


「……んぅ?なにかついてるの?」


「ええ、ちょっと汚れていたわ。さっ、HALのお部屋に戻りましょう?」


 私は、HALの背中を、無機質な廊下へと押し出し、共に白い「監視室」へ戻る。道中、私は次の検体の仕様書を読み始めた。


【個体識別:PROTO……フェーズ1終了。速やかに「愛の抽出」へ移行。】


 足元で、HALが私を呼ぶ声がした気がした。

 けれど、それはただの「音」だ。

 私の「息子」なんて、この世界のどこにもいるはずがないんだから。


最後まで読んでいただきありがとうございました!皆様が本編をたくさん読んでくださったおかげで、こうして番外編を書く元気をいただけました。


本作を読んでから改めて本編を読み返すと、多脚機から「人間」を引きずり出した瞬間のHALの感情が、また違った色に見えてくるかもしれません。

まだ本編を読んでないよ、という方はぜひこの機会に本編も読んでいただけると嬉しいです。

もし少しでもいいなと感じていただけましたら、評価やブクマなどで応援いただけると、執筆の大きな励みになります!

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