第72話 透明性は理想か
ハルフェン・港湾会議室。
多国間拡張を前に、
非公式の会談が設けられた。
出席者は二人だけ。
エリシア。
イグナーツ。
「透明性は拡張する」
イグナーツが静かに言う。
「予想はしていましたが、早い」
「小国ほど必要とします」
エリシアは答える。
「非対称は圧力になりますから」
イグナーツは頷く。
「透明性は、武器にもなる」
「ええ」
「だが、理想ではない」
その言葉に、エリシアは視線を上げた。
「理想ではない?」
「透明性は常に緊張を生む」
イグナーツは続ける。
「弱点を晒し、比較を生み、
競争を加速させる」
「隠蔽よりは健全です」
「隠蔽は腐敗を生む」
「だが、過剰な透明は、
社会を疲弊させる」
短い沈黙。
「あなたは透明性を信じている」
イグナーツが言う。
「信じてはいません」
エリシアは静かに返した。
「選んでいるだけです」
その答えに、
イグナーツの目がわずかに揺れる。
「選択ですか」
「公開は正義ではありません」
「万能でもありません」
「ですが、非公開より
責任の所在が明確になる」
責任。
その言葉が重く落ちる。
「帝国は責任を恐れません」
「王国もです」
「だが、他国は?」
イグナーツは問いを投げる。
「透明性に耐えられない国もある」
「耐えられなければ、
拡張は止まります」
エリシアの声は落ち着いている。
「透明性は強制ではない」
「参加は選択です」
「拒否する自由もある」
それは理念の核心だった。
透明性は、強制しない。
選ばれる制度である。
イグナーツは、しばらく沈黙した後、言った。
「あなたは理想家ではない」
「設計者だ」
「あなたは戦略家です」
エリシアが返す。
静かな笑みが交わされる。
「帝国は多国間拡張を阻止しません」
イグナーツは言う。
「だが、管理可能な範囲で」
「均衡は維持される」
エリシアは頷いた。
「均衡は、緊張の上に立つ」
窓の外、港の灯りが揺れている。
「透明性は理想ではない」
イグナーツが最後に言う。
「戦略だ」
「はい」
エリシアは答える。
「だからこそ、選ぶ価値があります」
第5章の思想は、ここで交差した。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




