↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、王宮を出て制度を作り直します ~王国の財政を握っていたのは私でした~  作者: 月守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/135

第23話 止めるという選択

 王宮の会議室は、異様なほど静かだった。


 報告書は揃っている。数値も、最低限は保たれている。それでも、誰もが順調だと言い切れずにいた。言い切った者が責任を負う書式になっているからだ。


「市場の供給遅延は、拡大傾向にあります」


 官僚の一人が慎重に言葉を選ぶ。選んだ言葉が、そのまま議事録に残る。


「ただし、全体への影響は限定的で──」


「限定的、という表現は曖昧だ」


 第一王子レオンハルトは机に指を置いた。曖昧だ、と指摘する側に立つのは、この半年で覚えたことだった。


「数字で示せ」


「……はい」


 即座に資料が出される。遅延率、停止した小規模事業者の数、代替経路の稼働率。どれも、まだ耐えられる範囲だ。耐えられる範囲、という言い方を、三回続けて使っている。


「殿下」


 別の官僚が前に出た。


「このまま改革を継続すれば、数値は回復する見込みがあります」


「だが」


 王子は資料から目を離さないまま言った。


「回復しなかった場合は」


 室内が、わずかに緊張する。回復しなかった場合、という問いを、この部屋で誰も立てていなかった。


「……その場合、象徴としての責任が──」


 言葉は途中で止まった。


 王子はゆっくりと顔を上げた。


「王国は、失敗を許されない」


 それは、彼自身に言い聞かせるような声だった。誰に向けた言葉でもないので、誰も受け取らない。


「改革が失敗したという印象を与えることは、避けねばならない」


 宰相ヘルムートが静かに口を開く。


「殿下、修正という選択肢もあります」


「修正は、失敗を認めた後に行うものだ」


 王子ははっきりと言った。


「今は、その段階ではない」


 誰も反論できなかった。王子の理屈は一貫している。そして、致命的だった。一貫している理屈は、途中で降りる場所が無い。


「改革を、一時凍結する」


 その言葉が会議室に落ちる。凍結、という語に、誰も聞き返さなかった。


「全面ではない。だが、影響の大きい部分は停止する」


「殿下、それは……」


 官僚の一人が思わず声を上げた。


「継続と停止が混在すれば、現場はさらに混乱します」


「だからこそ、中央で管理する」


 王子は言い切った。中央で管理する、という一語が、この日いちばん重い決定だった。


「現場判断は、信頼できない」


 その瞬間、改革派と旧体制派、双方の顔色が変わった。どちらにとっても、最悪に近い選択だった。だが、王子は気づいていない。彼にとって、これは守るための判断だったからだ。


 宰相は反対しなかった。反対すれば、王子は理由を説明しなければならなくなる。説明できない理由を説明させることが、今この場でいちばん危ないと彼は判断した。判断してから、その判断自体が同じ病だと気づいた。


 その日の夕方、凍結通達は各地に送られた。


 ここは止めろ。ここは続けろ。判断は、中央に問い合わせろ。


 現場は止まった。いや、止まらざるを得なくなった。問い合わせの返事は、早くて三日かかる。


 地方都市レイデルでは、倉庫の前で人が立ち尽くしていた。


「今日は、どうなる」


「指示待ちだ」


 荷はある。人もいる。だが、動かせない。動かして間違えたときに、誰が説明するかが決まっていない。


 列の後ろのほうに、外套の裾を泥で汚した男がいた。四度目の宿を取った荷主だ。彼はもう倉庫番に何も聞かなかった。聞いても答えが変わらないことを、三度で学んでいた。日暮れに、荷を積み直して帰っていった。積み直す手つきは慣れていた。


 数日後、王都市場ではっきりとした変化が出た。


「……値が、上がっている」


 ついに、数字が揺れた。小さな上昇だ。だが、隠せない。上がった品目は三つで、どれも日持ちのしないものだった。


 王国監査局で、クレア・ミルトンは新しい帳票を見つめていた。そこには初めて、基準未達の文字が並んでいる。


「……凍結、か」


 彼女は静かに息を吐いた。修正ではない。学習でもない。止める、という選択。それは、最も混乱を生む方法だと、彼女は知っていた。知っていることを、書ける欄がない。


 帳票の下に、先月自分が線でつないだ二つの屋号の写しを重ねる。片方は廃業、片方は停止。今月は、その線の先にもう一つ屋号が増えた。


 ハルフェンでは、エリシアが王国からの速報を読み終えたところだった。


「……止めましたか」


「一番やってはいけない手だな」


 アルノーが短く言う。手だな、という言い方に、他人事の響きは無かった。


「ええ」


 エリシアは否定しなかった。


「修正するには、理解が必要です。止めるのは、理解を諦めたときです」


 彼女は綴りに記す。


『王国改革:部分凍結 結果:混乱増大』


 ペンを置き、少し考えてから、その行の右端に印をつけた。この印は、後で誰かに説明を求められる行につける印だ。今のところ、求める相手はいない。

止めるという選択が最悪手なのは、判断が止まっている間も荷は腐るからです。凍結通達は、現場に待つことだけを残しました。次回、宛名のない三通目が着いた先が分かります。隣国アウレリアの学術院。ルシアン・ヴァイスという研究者が、通し番号の飛びを見て『この人は選んでいる』と言います。ハルフェンでは、外からの問い合わせが増え始めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。