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009 リクセリア・ラインバート その3

「それじゃあドワド君、きちんと課題をやっておくんだぞ」


 そう言って教室を抜けてきたのは少し前のことである。


 教室にはいつも通りメル・ドワド一人だけ。そこにいるはずのリクセリア・ラインバートとアゼート・クームは連日の欠席。

 なんとか出席してもらわなくてはならないため、まずは面談をして出席への問題を取り除かなくてはならない。そしてそもそも面談をすることを伝えなくてはならない。

 別の方法、例えば家庭訪問はというと、それ以上に荷が重い。一応実家あてに書面は送っておいたが、反応はない。


 結局次の一手は面談となるので、二人を探してその連絡をしなくてはならないのだが……俺は全ての授業を担当しているがゆえに一日中教室につきっきりとなっている。

 必然的に二人を探すのは放課後となるわけだが、放課後は放課後で彼女たちを見つけるのは難しいだろう。

 アゼートは学生寮生活だが、リクセリアはこの王都ミルドゥアに家がある実家からの通学勢だ。放課後は帰宅してしまっている。


 学生寮のアゼートを探すほうが簡単なのではと思ったが、秀才であるアゼートは放課後も変わらず図書館にこもって勉強しているというのがもっぱらの噂だ。

 図書館に探しに行ったらいいじゃないか、と思うかもしれないが、うちの図書館は超巨大。かつての古城跡を改装しているため、まるで迷宮のように広いのが自慢なのだ。

 つまり見つけるだけで難易度が高い。


 リクセリアのほうはというと帰宅前に捕まえるしかない。

 帰宅勢の彼女を学園内で捕まえるには授業中の今が最適。

 授業と授業の間の休み時間は彼女を探すには短く、そして多くの女子学生が出歩くため俺には荷が重い。


 というわけで、とある授業時間を一人で取り組める課題の時間としてメルに課題を出し、今のうちにリクセリアを探そうと考えたのだ。


「とは言え、ラインバート君のほうもな……」


 彼女の居場所は割れている。権力に任せて作ったラインバート家特別室だ。たどり着くだけならこちらの方が容易い。もちろん彼女の取り巻きがいなければ、の話だ。


 カツカツカツと廊下を歩きながら悩みを募らせる。

 やはりアゼートのいる図書館に向かおうかな、などと決意が揺らいでいると、近くに大人数の気配を感じたのだ。


 顔をふと横に向けると、そこにいたのは無数の女子生徒の一団。本来なら授業中には居るはずのない一団がこちらへ向かってくるのが目に入ってきたのだ。


 (リクセリア・ラインバートっ!)


 間違いない。その集団の中心にいる女子生徒は、自分が担当しなくてはいけない女子生徒その人。

 この距離からでもわかる切れ長の目に長いまつげ、グロリア王国の至宝と呼ばれるほどの圧倒的な美少女。近寄られようものならそのオーラに負けて、ほいほいとスキルを貢いでしまうことだろう。

 それだけではない。リクセリアの取り巻き達。リクセリアには及ばないものの、知性と教養を身に着けた一流の女子生徒達だ。そんな集団に接近されてしまえばどうなるか。一瞬にして貢ぐためのスキルが無くなって死んでしまう。


 今ならまだ自分の事を見られていないかもしれない。

 いや、見られていたとしても、ここは逃げるしかない!


 俺は踵を返して、ダッシュする。


「追いなさい!」


 鈴の音のような声が飛び込んできた。


「嘘だろ!?」


 耳を疑ったが、続けて聞こえてきた彼女の声が、本当であったことを伝えてくる。

 なぜ彼女が俺ごときを追わせているのか。普通であれば俺なんかに見向きもしないはずの彼女が。


 確かに目の前で逃げ去るという不躾な態度をとってしまったことは間違いない。

 それでもあれほど声を荒らげる程に怒るはずはない。

 冷静に周囲に指示を出して処分すればいいはずなのだ。


 ダダダダダと多くの足音が聞こえてくる。振り返って見るまでもなく、取り巻き達が追ってきている証拠だ。


「とはいえ、いくら数が多いからとはいえ女子生徒。こちとら成人男子で武芸教師でもあるからな!」


 所持スキルの一つ【瞬歩】を使う。短距離における加速スキルの一つで、簡単に言うと単純に速く走れるスキルだ。


 みるみるうちに進んでいる廊下の突き当りにある壁が大きくなっていく。


「逃がしませんわ! 捕まえてリクセリア様にお褒めいただくんだから!」

「そうですわ! お褒めの言葉のためなら、荒事もやむなしですわ。当たって! 【スパイダーネット】」


 距離を開けられた女子生徒たちがなりふり構わない手段に出る。


 (こんなところでスキルを使うなんて!)


 後方から伸びてきた粘着性の糸。それを正面の壁を蹴って反動で廊下を右へと曲がることで回避する。


「!!」


 廊下を右に曲がったものの、そこにはそこで別の大量の女子生徒達がいて、俺が進む道を塞いでいたのだ。


 (教室の移動中!)


 授業中に別の場所に移動して授業の続きを行うのだろう。先頭の教員が女子生徒たちを引率しているので間違いない。


 このまま彼女たちにぶち当たるわけにも行かず、廊下に着地すると同時に【急制動】と【バックステップ】を発動し、すぐさま元来た方向へと跳躍する。


「あら?」


 引率の先生が振り返ったが、俺の動きは一瞬の事。姿を捉えられるまでには至らなかった。


 とはいえ俺は逃げている身。最初から廊下を左に逃げている場合よりもタイムロスは大きい。


「左に逃げましたわ!」


 方向転換したことを、追ってくるリクセリアの取り巻きに見られてしまった。


「皆様方、人数を分けて包囲しますわよ! 数名あちらから回って先の道を抑えてくださいまし」


 学生とはいえ知恵が回る! 

 この廊下をまっすぐ行くと一方通行でさらに左に曲がってしまう。そうすれば別れた別動隊と鉢合わせしてしまう。


 そんな状態で目に入ってきたのは、僅かに開いたドアの部屋。


「ちょうどいい!」


 俺はすかさずその部屋へと滑り込む。

 ここでやり過ごすことにしたのだ。


「何の部屋だ?」


 カーテンは閉められ明かりが消えているため様子が分からない。教室よりも狭い部屋だというのは分かる。授業の準備室だろうか。


 明かりをつけて外からの目を引くのは悪手だ。

 そのため、息を殺して目の前を追手が通り過ぎるのを待つ。


「いませんわ?」

「そんな。こっちには来ませんでしたわよ?」

「もしかしてもう」

「いえ、教室に隠れたのかもしれませんわ。人海戦術で探しますわよ」


 急に姿を消したので逆に怪しまれたか。

 だがここで部屋を飛び出すわけにはいかない。なんとかやり過ごさなくては。

 とはいえ、カギをかけるわけにはいかない。

 今カギをかけた音がしたら、中に人がいるのは丸分かり。鍵のかかったドアで彼女たちの侵入を防げたとしても俺の脱出も不可能となり、後は捕まるのみだ。


 隠れるものは、と。

 俺はスキル【暗視】を使う。暗闇の中でもある程度の視界が確保できるスキルだ。

 いくつものロッカーが並んでいる。もしかするももしかしないも、この部屋は更衣室じゃないのか!?


 男子更衣室であることを願うが、ここは女子棟。男子更衣室があるはずもない。

 脳内に人生の終焉の音が聞こえてくる。女子更衣室に忍び込んだ男性教員。明日朝のニュースペーパーをにぎわせるタイトルが頭に浮かんでくる。

 絶対に見つかるわけにはいかない。


「こちら、確認しましたか?」

「女子更衣室? まさか、こんなところに」


 部屋の前で女子学生の気配が止まる。


 (まずい、隠れなければ!)


 この部屋のロッカーは上下二つに分かれているタイプ。一つ一つが小さくて成人男子が隠れられるようなものではない。こうなったら!


「リクセリア様の言いつけです、完ぺきにこなしましょう」


 ――ガチャリ


「暗くてよく見えませんわ。明かりをつけてくださる?」


 もう一人が明かりをつけて部屋が光に包まれる。


「いませんわね……」

「でしょう、さすがにここにはいないって。次に行きましょう」


 ガチャリと扉が閉められた音がする。

 セーフだ。


 俺は床の上にあったベニヤ板を部屋の端っこに斜めに立てかけることによって死角を作り出し、その裏にできた空間に身を潜めていた。

 とっさの判断だったが、一時の目くらましにはなったようだ。

 あのまま見つかっていたら命の前に人生が終わってしまうところだった。


 遠ざかっていく足音。なんとか取り巻き達をやり過ごしたようだ。

 そうとなれば、こんなところからはすぐにでもおさらばしなければ。


 ベニヤ板の裏から出て、出口の扉に手をかけようとしたところで――


「はぁ~、今日の武芸の授業もつらかったわよね」

「ほんとだよ。私たちお嬢様だよ? 武芸なんて必要ないっての」

「皆さん、早く着替えてお昼ご飯にしましょう」


 別の女子学生一団の話し声が聞こえてきたのだ。


 ま、まずいぞ。もうそんな時間なのか!? 武芸の授業終わりの女子学生が着替える時間だなんて。

お読みいただきありがとうございます。

一難去ってまた一難。

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