089 ナオ・クランクは貢いじゃう
――チュン、チュン、チュン
カーテンの隙間から朝日が差し込み、外からは小鳥のさえずりが聞こえる。
今日もまた一日が始まる。
俺は爽快感のある体を起こすと、洗面所へと向かい顔を洗う。
そして運動しやすい服装に着替えていると――
――コンコン
と部屋の入口のドアがノックされた。
「リクセリアか? ちょっと待ってくれ」
外まで聞こえるように声を出して、待たせてはいけないので急いで支度を済ませる。
ガチャリとドアを開くと、金色の髪を後ろでポニーテールにして赤いリボンを付けた女子生徒がお出迎えしてくれた。
その子はチャラリと身に着けたレッドオリハルコンの鎖を鳴らすと、いつも通りに口を開く。
「遅いですわよ。わたくしが来るのが分かっているのなら、もう少し早く準備を終えるべきではなくって?」
セリフ自体はお怒りの様だが、表情は穏やかで、むしろ笑みを浮かべている。
「すまんすまん。そしたら行こうか」
「ええ」
そうして二人連れだって歩き出す。
あの戦いから三週間が経ったが、相も変わらず早朝の校舎は物静かだ。
生徒たちはもとより、生徒が来る前に準備を始めている教職員もまだ活動を始める時間ではない。
最近は涼しくなってきた。夏の暑さも和らいで、早朝ともなると過ごしやすい季節だ。
そんな雰囲気の中、俺とリクセリアは無言で廊下を歩いている。
目指すのは中庭。俺はいつも中庭での早朝スキル修行を日課としている。
赤毛のスキル開拓者の名を維持したいわけではなく、もちろん【貢ぐ者】対策のためにスキルを増やしているのだ。
そんな日課にリクセリアは付き合ってくれるようになった。
朝早いにも関わらず、実家通いにも関わらず、毎日朝には教室に併設された俺の部屋の前まで来て、そして今のように一緒に中庭へ歩いてくれる。
中庭につくと俺はスキルの修行を始めるが、リクセリアは財力で設置したテーブルに腰かけると何をするともなく俺の方を見ているだけ。
応援をするだとか、ちゃちゃを入れるだとか、そんなことをせずに視界の中に俺を映している。
最初のころはその視線が気になっていたが、今ではもう俺の方も慣れたもんだ。
逆にそんな空気が俺にやる気を与えてくれる。一人で修行していたころよりも断然効果が高くなっている。
今日は棒術のスキル訓練だ。
長い木の棒を構えて、型の練習を繰り返し、それが終わったら素振りをし。そして連撃の練習を始めようとした辺りで、周囲が騒がしくなってきた。
「いたわ、クランク先生よ!」
「先生~、私たちにもスキルを教えてくださ~い」
まだ授業時間には早いものの、女子生徒が中庭へとやってきたのだ。
「よろしければ、あそこの部屋でどうですか?」
「あの、お弁当作ってきたんですが、その、あーんとかしてもいいですよ?」
三週間前、俺がろっちんと戦った時に、俺のスキル【貢ぐ者】のことを全員が知るところとなった。
それからというものの、あわよくば俺のスキルを取得しようという女子生徒たちに狙われているというわけだ。
「おほん、あなた方? クランク先生は今お忙しいのよ。見てわかりませんの? そんなにスキルを覚えたければ真面目に勉強すればいいし、あーんがしたければわたくしがやってあげましてよ? 慣れてませんので喉を突いてしまうかもしれませんけど、ごめんあそばせ?」
そんな女子たちから守ってくれているのがリクセリアだ。
また今日もか、と言わんばかりに敵対的な言葉を投げかける。
「きゃぁぁ! リクセリア様よ。さすがはお似合いのカップルだわ」
「ええ、正妻の貫禄がありますわぁ」
「今日もよい成分を摂取させていただきました」
リクセリアに睨まれた女子たちは食い下がることなく引いていく。
さすがはグロリア王国の至宝。俺だったらうまく追い返せずにあれよあれよと囲まれていただろう。
「はぁ。あれから三週間になりますのに、一向にあの手の輩が減りませんわね。前にお伝えしたように場所を変えません事?」
「君の別荘でってことかい? さすがにそれはね。毎日守ってくれるのが大変だと思ったらやめてくれていいんだぞ」
「大変だなんて、そんな事、思ってもいませんわっ!」
そっぽ向いてしまった。どうやら機嫌を損ねたようだ。
とはいえ本気で怒っているわけではなさそうだ。
「あら、そろそろ時間じゃないかしら?」
「ああ、もうそんな時間か。ありがとう。また教室でな」
「ええ」
思い出したかのように空を見上げたリクセリアが、遠くの校舎に掛かる大きな時計を見て時間を教えてくれた。
俺は礼を言うと、着替えを持って一人中庭を後にする。
二週間ほど前の事だ。俺には日課が増えた。
朝の修行を終えた後、学園自慢の大図書館へと向かう。
まだ時間は早く受付の子もいない。
俺は許可を得ているのでそのまま中に入ると、地下階を目指して進み……階段を数階降りた先の奥まった場所にある、新設された部屋の中へと入る。
「……先生、おはよう……」
部屋の中は神秘的な空気が満ちている。
その中心にいるのは黒いローブを纏い、フードを深くまで被って口元をマスクで覆っている長身の女の子。
「おはようアゼート。いつもありがとうな」
「……先生の役に立つのなら……」
俺は服を椅子に置くと、アゼートが用意してくれた濡れタオルを手に取り、体を拭いていく。
「……先生、手伝う……」
「だ、大丈夫だ。自分でできるから」
「……」
俺の体は修行でかいた汗で汗臭い。本当はシャワーを浴びたいところなんだが、今から行う儀式には活性化した体が必要なため、シャワーはご法度。せめてもと、濡れタオルで体を拭いているわけだが、そんな汗臭い俺にアゼートは触れたがる。
さすがに恥ずかしいので毎回断っているが、毎回毎回聞かれるのだ。
断るとそのまま無言。元々口数が少ないので、むくれているのかそうでないのかはよくわからない。
そうこうしているうちに体を拭き終えて、部屋の中央へ。
祭壇のようになっていて、中央には台がある。そこに寝転がるように促され、上半身をさらけ出したままひんやりとした石材の感覚を背中で感じる。
「……始める……」
アゼートは小さくそう言うと、同じく台の上に上がってきて、またがるように俺の足の上に乗る。
そして、5本そろった細い指で俺の腹のあたりを触るのだ。
昔は手袋をしていたな、なんてしみじみと思う。
「……先生、集中して……」
怒られてしまった。
気を取り直して腹に意識を集中する。
指先が腹筋の割れ目をなぞる。すこしこそばゆいが、我慢しなくてはならない。
これは俺のための儀式。
【貢ぐ者】の効果を押さえるための儀式なのだ。
効果を押さえるといっても、スキルを貢ぐことを防ぐためのものではない。
貢いだスキルが首謀者のろっちんに渡ることを防ぐための儀式だ。
詳しい仕組みは分からないが、元凶である実を食べた腹のあたりに呪法を仕込むことによって遠方へスキルが飛んでいくのを防ぐらしい。
効果は長続きせず、およそ6時間。呪法を仕込むために必要な時間は短いながらも毎日行わなくてはならないので、アゼートの負担も並々ならない。
儀式が進んできたので、俺はいつもの通り天井へと視線を移す。
――ちゅっ
腹に柔らかな感覚があって、そしてこの儀式は終了となる。
「あ、アゼート、いつもありがとう」
「……おやすいごよう……。先生のためなら……一日何回でもやれる……」
真顔でじっと見つめられてしまうと冗談なのか分からなくなるからこまる。
「……それに、役得だから……」
「何か言ったか?」
アゼートが何かを口にしたようだが、服を着る音にかき消されて聞こえなかった。
「……なんでもない……」
こうして儀式を終えて、ようやく朝の授業が始まるのだ。
アゼートがかけてくれた呪法の効果は6時間。だいたい夕方前に効果が失われてしまう。
だからいつも、お昼にはメルがやってくる。
昨日だって――
「先生、お待たせしました。今日はハンバーグですよ」
そう言って、持参した弁当を広げて中身を見せてくれる。
弁当箱の中には、美味しそうなおかずがたくさん詰まっている。
「さあ、あーんしてください」
そう言うもんだから、俺も口を開ける。
お箸につままれた一口大のハンバーグ。それを口に突っ込まれると俺はそれをもぐもぐし、ごくりと飲み込む。
このお弁当はメルとメルのママが一緒に作っているという、アゼートの呪法の効果を長引かせるためのエルフの秘薬を混ぜ込んだものだ。
わざわざメルがあーんしてくるのにも理由がある。
「ただ秘薬を摂取しただけではだめなんです。エルフに連なるものが想いを込めないと効果は発揮できません。さあ、先生、あーんですよ」
という事らしいのだ。
俺は言われるがままに口を開き、差し出されるがままにおかずを口にしていく。
――ちゅぴっ
おかずを口に運んだあと、必ずメルはその箸でおかずを自分の口に運ぶ。
お昼なので、メルも一緒に食べているというわけなのだが……。
エルフの秘薬をメルが摂取しても大丈夫なのかと心配しているのだが、交互に食べることで効果が増すんですよ、などと言っていた。
あーんも恥ずかしいが、メルの唇が触れた箸で食べさせてもらうのも気を遣う。
幸いメルは俺の口がついた箸で食べることに忌避感は無いようなので、そこだけは安心だ。
俺のために嫌々やってもらうのは気が引けるからな。
メルが作っているかママが作っているか怪しい弁当はおいしい。
だから最近俺は昼が待ち遠しくなってしまっている。胃袋を掴まれたというのだろうか。お弁当が無くなる日がくることを考えると恐ろしい。
今日はどんな弁当を作ってきてくれるのだろうか、などと考えながら、特進クラスの扉を開く。
ギギギという音を立てて開く扉。
「おい、遅いぞ!」
顔を見る前に、言葉が投げかけられた。
「まだ始まりの時間じゃないだろ、ろっちん」
声の主は三週間前に戦いを繰り広げたライバルであり幼馴染の隣国、ラザーナ帝国皇帝のクバロット。
あの後、本当に俺のクラスに学びに来たのだ。
ろっちん曰く、【初期消火】なんか簡単に取得できると思ったが、思いのほか面相臭かった。お前から奪うほうが速い。生徒になって隙をついてやる。とかなんとか言って、ちゃんと正式な手続きを経て、期間限定の生徒になったのだ。
「兄様を待たせるなんて言語同断ですわ。あなた、教師の自覚あるんですの? あぁ、今は元教師でしたかしら」
そして憎まれ口をたたいてくるのはろっちんの妹のバルフェーザちゃん。なぜか一緒に教室にやってきて授業を受けている。
「はぁ、ちゆちゆ、私は帰ってもいいかしら」
「ダメに決まっているだろうイヴリン。お前はバルフェーザと一緒にハニトラを仕掛けてちゆちゆからスキルをかすめ取る要因なんだからな」
なぜか俺が幼いころフラれた幼馴染のイヴリンまで来ている始末。
こんな状況になったから、アゼートは【貢ぐ者】の効果を防ぐ呪法を開発してくれたのだ。
イヴリンやバルフェーザちゃんはもう貢ぐ範囲外ではあるんだけど、それを悟られると違う子が送り込まれてくるに違いないので、適当に相槌を打ってろっちんの相手をしている。
カツカツと教壇へと向かう。
なんだかんだで、このクラスの生徒も6人になった。
カリーナ先生はなんて言うだろうか。褒めてくれるだろうか。
俺は窓から遠くに視線を送る。
カリーナ先生は今海外で研修を受けている。なんと副学園長になるための研修なのだ。
優秀さを見込まれて一年間の海外研修。さすがはカリーナ先生だ。
遠くにいると思うと、ふと寂しさを感じることがあって、俺は遠い海の先に視線を向けることが多くなった……。
いかんいかん、問題児たちの教育をしなくては。
「聞いているのか、ちゆちゆ!」
「兄様、あんな赤毛のことは放っておきましょうよ。それよりもわたくしを見てくださいな」
「うーん、今日はどこのバーゲンに行こうかしら。代金はクバロット持ちだから豪遊するわ」
帝国チームが好き勝手なことを言っている。
「皇帝様、掘り出し物があるんですが買いませんか? クランク先生のむふふ写真なんですが」
「おぉ、買うぞ! いくらだ!」
いつの間にかメルが商売を始めている。
「兄様っ! いけません! この前騙されてたじゃないですか!」
「いやですねぇ妹殿下。そう言えば皇帝陛下のむふふ写真を入手したいんですが、いかがですか? お安くしておきますよ」
「えっ、本当? 買いますわよ!」
メルは相変わらず怪しい商売をしている。
教壇に立ち、教科書を置く。
「フフッ、問題児は大歓迎だ」
騒がしい中、ポツリと言葉を漏らした。
ここは特進クラス、ヴァルキュリア。
学園の問題児たちが集められたクラスだ。
「問題児は大歓迎だ! じゃありませんわよ。今日の朝一は先生が教わる時間なんですから。さあ、先生も席に行ってくださいな」
リクセリアに教壇から追い出されてしまった。
忘れていたが、今の時間は俺が教員に復帰するためのスキルを取得するための授業だった。
教員をサポートする3人、リクセリア、アゼート、メルが代わる代わる行う授業。
仕方なく俺はろっちんの横に座る。
「ちゆちゆ、お前には負けんぞ!」
「俺だって負けないさ!」
「静かにしてくださいな! 授業を始めますわよ」
ここは特進クラス、ヴァルキュリア。
学園の問題児たちが集められたクラスだ。
――完――
ここまでお読みいただきありがとうございました! これで本作は完結となります!
当初10万字完結を目指しましたが、結局約27万字になってしまいました(いつも言ってる
そんなお話にいつもついてきてくださる皆さま、ありがとうございます。
今回は初めての毎日更新に挑戦しました。
全てを書き終えてから全話毎日更新しようと思っていたのですが。コンテストの締め切りの都合で、途中で毎日更新を始めることとなり、途中中断はありましたが毎日更新が再開できました。あと、行き当たりばったりで書いているわけではないので、山場などを考えると一話当たりの文字数が結構多めになったかと思います。
そのあたり、皆さまがどう思われたのか気になるとことろですので、教えていただければと思います。
さてさて、今回も書籍化を目指してスタートダッシュを狙ったわけですが、残念ながら波には乗れず、そのまま最後まできてしまいました。
いつもなら途中でエタるところですが、ほぼ最後まで書いていたということと、作者の好みのお話を書こうというテーマの作品なので最後まできちんと書ききることができました。
ここまで読んでいただけているということは、私と好みが合ったということですので、嬉しい限りです。
最後にいつものなのですが、まだの方はぜひ応援ポイントとブックマークをよろしくお願いいたします。
そして、感想をいただけると作者がとても喜びます!
それでは、また次回作でお会いいたしましょう!




