085 キスはエッチの始まり
(カリーナ先生と向き合って冷静になれた。本当に頭が回っていなかった)
ナオは昨日までのカリーナとの特訓を思い出していた。
相手が跳ぶのを待つのではなく、自らが相手を空へと放り投げて技へとつなげるその特訓。
それを思い出したナオは、先ほどまでと攻撃方法を変えて、自分で相手を掴み、そして放り投げることにつなげる攻めを始める。
「うおぉぉぉぉ!」
パンチやキックによって相手のガードを崩し、隙をついてクバロットに掴みかかるのが狙い。
「余計に隙だらけだぞ?」
だが、すぐさま攻めの意図をクバロットに見抜かれて逆に反撃を受ける。
それでもナオ一心不乱にクバロットへ掴みかかる。デッドエンドドライバーこそがクバロットを倒しうる唯一の技だからだ。
掴みかかろうとして殴られて、何とか体勢を立て直して殴られて、それでも負けじと前に出て殴られて。
そんな事を繰り返しながら、ボロボロになっていくナオ。
観客がそんな様子を悲痛な表情で見つめる中――
『おおっと、ナオ選手がようやくクバロット選手を掴み上げたっ! ここから先ほどの再来となるかっ!』
「残念だが、そうはならない!」
空へと放り投げられたと思ったのもつかの間。
すかさずクバロットは鎖のようなものを地面に打ち込んで、ピンと一直線に鎖が伸びたかと思うと、クバロットの体はそれ以上空には上がらず……難なく地面へと舞い戻ってきた。
(ダメか! 普通に放り投げても今みたいに戻ってきてしまう。放り投げる時にはろっちんの力を奪っておいて鎖を使わせないようにしておかなければ……)
「どうした? 考え事か? 脳筋武芸教師が頭を回したってろくな策が出てくるわけがない!」
思考していたこともあるが、今さっきの無理な攻めでナオの体力は限界に近く、クバロットの放つパンチが、キックが、ナオにダメージを与えていく。
まるでサンドバッグ。ガードも出来ずに棒立ちのナオの体に、顔に、容赦なくクバロットの拳がめり込んでいる。
「さあ、負けを認めろ。無様に這いつくばってまいったと言え!」
両腕を使い左右からナオの頬を右に左にと殴り散らす。
(だ、駄目だ……。意識が……。ろっちんを放り投げないといけないのに……)
振り子のように左右に体が揺らされ、だんだんと意識が遠のいていくナオ。
攻められ続けて相手を掴むことも出来ず、たとえ掴んだとしても空に投げられず。
もはや成す術も無い。
「クハハハハハッ! 言葉を発する力も残っていないか! 無様だなちゆちゆ。お前の築いてきた、地位も、名声も、全て俺がもらってやる。そして、お前をぼろ雑巾のように打ち負かして俺の手元に置いて毎日毎日這いつくばらせて、まいったと言わせてやるよ。俺が謁見の間に居る時も、視察に出る時も、私室でくつろいでいる時もなぁ!」
歪んだ想いが会場中を包む。
憎しみを拗らせた幼馴染の胸中。
そんな独白に一番驚いたのは他でもない、その胸中の一部を共有していた妹のバルフェーザだった。
(あの脳筋男を手元にですって! 本気ですか兄様! いえ、兄様なら言いかねない……。ずっと抱えてきた憎しみがあの脳筋男への執着に変わるくらいですもの。ですが、いえ、だめ、だめですわよ兄様、駄目、駄目っ! そんな事は許されませんわ。だってそんなことになったら兄様の純潔が! 密室に男二人。何も起きないわけがなく! きっと兄様の純潔があの脳筋男に奪われてしまいますわ! それはわたしが頂くはずのものなのに! このままでは兄様が勝って悪夢が現実になってしまいますわ。それを避けるには、それを避けるには兄様に負けていただくしか……。ですがそうすると兄様があの脳筋男に負けたという事実が残ってしまいますわ。負けていただきたくはない。でもそうすると純潔が……。ああぁああああああ、あにさまあぁぁぁぁ!)
『ああああああああああ! くぉらぁ! そこの脳筋ボンクラ男っ! いつまで棒立ちしてるのよ! 兄様の純潔を守るために死ぬ気で勝ちなさいよっ!』
『おおっと! ここにきて身内の裏切りかっ! クバロット選手側のはずのバルフェーザ嬢が突如ナオ選手に激励を送ったぞっ!』
『何を言ってるんですの? わたくしは兄様の純潔に声援を送ってるんですわ! 兄様の唇を守らなくては。兄様の唇を奪ってお世継ぎをいただくのはわたくしですのよっ!』
『えっと、何がなんだか……』
バルフェーザの胸中を知りやらぬ解説のアシュリー以下会場の面々は、状況について行けていない。
だが、状況以上にそのセリフに引っ張られた者たちがいる。
『キスで……子供……』
ポツリと言葉を漏らしたリクセリアは両手で下腹部を触る。
『り、リクセリア様!? なんでお腹をなでてるんですかっ!?』
『えっ、そういうメルさんだって撫でてるじゃないの!?』
『……そう言われると、ナオ先生の子供、……ここにいる感じがする……』
ナオの教え子三人が三人ともお腹をなでていたのだ。
つまりそれは身に覚えがあるということ。
『た、確かにリクセリア様は図書館でしてましたし、私だってナオ先生のご実家でしましたけど、えっ、クームさんも先生としたことあるんです!?』
『……森で大けがしたとき……先生に奪われた……。私の始めて……。鼻をべろんべろんされた……。絶対子供出来てる……』
『き、君たち、その年でそんな不純な事をしてはいけない! って言いたいが、 えっ、ナオ先生? やっぱり私の事は遊びだったのかい!?』
自らもお腹に手を置きながらも、カリーナは先ほどのナオの真摯な態度を疑い始めた。
「お、おい、いったいどういうことだ?」
「先生が生徒にですって!?」
「まさかハーレム? うらやましい」
会場がざわついている。
今戦っている脳筋武芸教師はこともあろうに三人の教え子に手を出した上に、節操もなく同僚の美人教師にも手を出していたのだと言う事実に。
『これは大問題! 私は童貞ですよ、みたいな顔をしている脳筋武芸教師は実は百戦錬磨のたらしヤ〇チン男だったぁ! ナオ選手、コメントお願いしますっ!』
「言いがかりだっ! 下腹部押さえるのやめてくれっ! キスしただけじゃないか! それ以上はやってない! いや違う、唇が触れただけだ! そもそもキスでもないから!」
『確かにキスだけでは子供はできませんが! それでも4人にキスするすけこまし? だという自供は取れました』
『えっ、キスで子供はできないんですの?』
『うちのママ、監禁されているあいだずっとちゅっちゅで犯されてたって言ってましたよ!』
『……邪本にも口づけした次のコマは子供ができている絵が載っていた……』
顔を見合わせる教え子三人。
『うーん、3人ともウブですね!
まあ、キスはエッチの始まりですからねぇ。キスをしたら子供ができるのは一連の流れですよ。途中にどんな秘密の過程が含まれていても、キス→子供はマスト!』
「おいっ! 何誤った知識を教えてるんだ! カリーナ先生もなんとか言ってやってください!」
『えっ!? で、でも、キスしたら子供ができるのは本当ですし……』
「そういえばカリーナ先生もお嬢様だった! 確かにキスはエッチの始まりで、エッチなことをしたら子供ができるのは間違いないけれど……キスは、エッチの……始まり……。
ん? 待てよ……キスは……エッチの……始まり……。」
ナオは自分の言葉を反芻するように、表情が消え、ぶつぶつと繰り返している。
(始まり……。そして結果……。もしかして……、始まりが間違っていたのか?)
このやり取りの間もナオはクバロットに殴られ続けていた。
クバロットはクバロットで悦に入っているようで、周囲の状況は耳に入っていない。
(俺の繰り出した最初のデッドエンドドライバーは、ろっちんが跳んで、空で技をかけ始めた……。次はろっちんが跳んでくれないから自分で空に投げようとして失敗した……。それは同じく空で技をかけ始めるためだったけど、もしかして、地上で投げる所からがデッドエンドドライバーなんじゃないのか?)
ナオは何かに感づいた。
(足りなかったのはそれか……)
お読みいただきありがとうございます。
ラブコメシーンを挟んでナオが何かに気づいたようです。次回逆襲なるか! お楽しみに!




