080 始まりの熱
『ワァァァァァァァァァーーーーッ』
大歓声が沸き起こっている。
ここは学園の運動場。同時にいくつもの競技を行うことができるように王都内でありながら広大な敷地面積を誇っているという武芸系垂涎のグラウンド。だった。
「な、なんでこんなことになってるんだよ!」
かつて運動場だった場所。そこには何万人と収容できそうな重厚で巨大なコロッセオが建造されていたのだ。
コロッセオ中央は円形の闘技場。そこは砂の地面であり、グラウンドの名残が見える。だが、周囲は何段もの観戦席がせりあがっており、上から闘技場を見下ろすような形になっている。
そんな観戦席は超満員。学園の生徒だけで万の席を埋めることはできない。この全て埋まった席は王都の民たちだ。
数万の人間が闘技場の中心にいる、ナオと、この騒動の原因である金髪ロン毛皇帝のクバロットを見ているのである。
「逃げずによく来たな、ちゆちゆ」
「ろっちんの仕業か! 準備があるって言ってたけど、戦いの準備じゃなくてこのことか!」
「おいおい、こいつも戦いの準備だろ。せっかくお前に引導を渡すんだ。多くの愚民どもに知れ渡るほうがいいだろ。もちろん帝国からも呼んでおいた。今日、おまえはラザーナ皇帝とグロリア王国の両方の人間に無様な姿をさらすことになるんだ。ククク、ハーッハッハッハ!」
「少し驚いただけだっ! 俺は穏便に済ませたかった。ろっちんを分からせなくてはならないとはいえ、俺とろっちんは幼馴染。反省してくれるならそれに越したことはないって思ってたのに! 自分のやったことだ、どうなっても知らないからな!」
『さあ、開始前ですがすでに二人のテンションはヒートアップしております! それに合わせて会場のボルテージもうなぎのぼり。はい。私は解説のアシュリーです。王都の皆さまはご存じ超有名解説者。今晩のおかずから外交問題まで、どんな話題でも皆様のハートをキャッチキャッチ! 帝国の皆さんも今日、私のファンになること間違いなし!』
闘技場に最も近い座席に用意された解説席。そこには赤いバニーガール姿の女性がマイクを持って座っていた。
『さて、今回はゲストをお呼びしております。ラザーナ皇帝サイドからは円卓の一人であるデュフォン家のゲルド・デュフォン氏』
『よろしく』
『デュフォン氏は学園の円卓のお一人ですよね。それがラザーナ皇帝サイドについているということは、あからさまな裏切りです。きっとこの人は帝国に取り入って俺はのし上がってやるぜ! と言って失敗する立場の人に違いありません。どうぞよろしくお願いします』
『おい! 言い方! まあ円卓の私が皇帝の後ろにいるのだ。万に一つも負けなどないさ』
『はいっ! 完璧な負け犬直行コメントありがとうございます。もう一人お呼びしております。こちらは皇帝の妹であらせられる、バルフェーザ・ラザーナ様です。本人は隠しているつもりなのでしょうが、生粋の兄上大好きっ子。今回も兄上が気にしているクランク教員が兄上にふさわしくないなら始末しようと画策していたようですが、結果として自らの手でクランク教員が規格外であることを証明してしまいました。どうぞよろしくお願いいたします』
『ちょっと! 誰が生粋の兄上大好きっ子よ! 兄様にバレるじゃないの! それに、わたくしは兄上大好きっ子なんかじゃないわ。兄様ガチラブ勢なんだから!』
『はい。ブラコンのコメントありがとうございます』
「ろっちんのセコンド……」
「ああ。せわしない奴らだ」
クククとクバロットは笑みを浮かべる。
『続きまして、今回の悪役側。聖ブライスト学園教員であり男色のナオ・クランク先生サイドのご紹介です!』
「おいっ! 俺は男色じゃない!」
『王国民ならだれでも知ってる、グロリア王国の至宝。そして、王子を捨てて、吊り橋効果にまんまと騙されて教員との禁断の恋を一途に思う、この方、リクセリア・ラインバート嬢でーす!』
『なによその紹介! わたくしはちょろくなんかないわ! あんなへなちょこ教師のことなんかこれっぽっちも思ってないわよ!』
『はいはい、コメントありがとうございました。続きまして、同じく特進クラスの生徒、学園きっての秀才と呼ばれて、ミステリアスな雰囲気を醸し出し、学園内男子のお付き合いしたいランキング第3位の令嬢、アゼート・クーム嬢でーす!』
『……第3位……微妙……』
『そうですね。上に二人いますもんね。上位の女の子が誰なのか気になります? ちなみに学園腐女子会内での押しカプランキングでは、ナオ×リクを押さえてナオ×アゼが一位となっておりまーす。よかったですね?』
『……みんな、見る目ある……』
『はい。口数の少ないゲストからも容易にコメントを引き出せる、アシュリーちゃんの話術にはくしゅー! さて、三人目のゲストは、同じく特進クラスの生徒、学園ではあいつに手を出すとやばい、王様が王妃様に鞭打たれて喜ぶ性癖の持ち主であることすら暴いてしまう盗撮者という評価のメル・ドワド嬢でーす! そう言えばメルちゃんはドワド家取りつぶしになったんでしたよね。今は一般市民として裏社会に溶け込んでいるという情報が入っていますが、マダラ組の若頭との関係はどうなっていますか? 30歳の母性(笑)で落としたんですか?』
『わぁぁぁ! なんでそんな事知ってるんですかぁ! 違います、なんにもありません! ご飯を食べさせてくれるっていうから悩みましたがちゃんと断ってますから! ね、先生! 私は先生一筋ですから!』
『はい、素敵な公開告白ありがとうございました。一筋と言っても、クランク先生には盛大にフラれ済みであることを忘れてはいけませんね、皆さま』
『ワァァァァァァァァァーーーーッ』
まるで音の津波が押し寄せるかのような、強く大きい歓声。
何に対する歓声なのか。ゲストのコメントに会場のボルテージは一段とヒートアップしている。
『さあ、本日のメインイベントが始まります! 過去の因縁をかけた世紀の対決。赤コーナー、気になる女の子を取られたせいで幼馴染が憎くて憎くてしかたがない。その憎たらしさを拗らせてしまって、幼馴染の持ってるものが何でも欲しくなる性癖を開花させた、腐女子垂涎の申し子。クバロットォォォォ、ラザーナァァァァァァ!』
アシュリーの紹介に合わせてから手をグッと上に上げるクバロット。
紹介文が聞こえていないのかと思うくらいの堂々とした態度だ。
『対するわ、神童と呼ばれていたが落ちぶれて同じく気になる女の子を取られてしまったことがトラウマで大人になるまで引きこもりの社会不適合者。その反動で二回目のモテ期がやってきたのか、それともそのガタイと筋肉で無理やり手籠めにしたのか、三人の教え子と、学園一の美貌を誇る女教師の心を鷲掴みにしている、男色の武芸教師っ! ナオ、クランクゥゥゥゥゥゥゥっ!』
「おいっ! 言いがかりだ!」
『おっと、歓声でナオ選手の声は聞こえませんね。さあ、両者、中央でにらみ合っています。雌雄を決するのはクバロット選手かナオ選手か。さあ、世紀の一戦の開始です!』
――ゴォォォォォン
学園の鐘が低く重く鳴った。開始の合図だ。
すみません。気づいたらこうなっていました。
このお話はラブコメです。ラブと米でできているので。
いつもお読みいただきありがとうございます。(感謝




