008 リクセリア・ラインバート その2
――ラインバート家特別室
グロリア王国で財務大臣を拝命しているラインバート家。その影響力は聖ブライスト学園にも及んでいる。
一番わかりやすいのが、ここ、ラインバート家特別室。校舎の一室をプライベート室に変えてしまっているのだ。貴族たちが通う聖ブライスト学園と言えど規則があり通常はそんなことは許されない、なんなら開校以来許されなかったことだ。
権力によって部屋の壁をぶち抜いてテラスを作っており、部屋というよりはもう別荘に近い。
そんな学園の規律が及ばない無法地帯の中心に、かの令嬢、リクセリア・ラインバートは鎮座していた。
金色に輝く綺麗な髪。前髪を一緒に後ろに流してポニーテールにしており、ポニテの根元は大きな赤いリボンで括られている。長いまつげと青色の瞳はきらめいていて、グロリア王国の至宝と呼ばれるほどの美しさを備えている。
他の生徒とは異なり、ドレスを模した白色の特注制服を着ており、首から斜めにかかる赤いチェーンのアクセサリが赤と白のコントラストを際立たせている。
「リクセリア様、本日も日和がよろしいですわ」
「こういう日の茶会は趣があってよろしいですわよね。私、よい場所を知っていますの。よろしければリクセリア様をご招待したいのですが」
「ちょっとあなた、抜け駆けはおやめなさい。リクセリア様とお茶会をご一緒するのはわたくしよ」
何人もの女子生徒がリクセリアへと話しかける。彼女たちはいわゆる取り巻き。リクセリアに取り入ってお目こぼしをいただこうと考える子たちだ。リクセリアと友人であるというステータスを得たい者、お家ぐるみで仲を構築して甘い汁を吸おうと企むもの、直接金品などを下賜されることを願うものなど、さまざまである。
「そうですわねぇ……」
きゃあきゃあ、ぴーちくぱーちくとさえずる取り巻き達に気だるそうに反応したリクセリア。
無論そう言った思惑にリクセリアは気づいている。幼少のころから同じようなことが続いているからだ。
「そこの方」
ふと、一人の女子生徒へと視線を投げる。顎を上げて見下すかのような視線。
「は、はひぃ」
通常であれば不遜で失礼極まりない行いだが、グロリア王国の至宝と呼ばれるほどの美少女であり、品があって、そして圧もある彼女がそれを行うのだ。周囲が虜となってしまうのもやむなしである。
「名前はなんと言ったかしら。コリーヌ?」
「い、いえ、わたくしめは、エル・エッダと申します。その……記憶の片隅にでも置いていただけたら幸いですぅ」
「そう。それで、コリーヌさん。わたくし、外に出ようかとおもうのですが?」
「は、はいっ! 不詳、このコリーヌがリクセリア様のご出立の指揮をとらさせていただきます! 皆様方、ご準備を」
エルと名乗った女子生徒の対応に、満足げな表情を浮かべるリクセリア。
彼女たちに裏があろうか無かろうが関係ない。持って生まれた美貌と権力。周囲はそれに媚へつらうのが当然であり、彼女自身もそれを楽しんでいる。
そうして、ただ一人の女子生徒が学園内を移動するだけであるのに、まるで国王が移動するかのように仰々しい一行が出来上がる。
リクセリアを先頭に、周囲をぐるりと囲いのように陣取る女子生徒と、その輪に入ることがかなわなかった女子生徒を後方に引き連れて。
一つ言うと、今は午前中の授業時間真っただ中。
特進クラスの授業に出ていないリクセリアはもちろんのこと、取り巻きの女子生徒たちも授業に出てはいない。
リクセリアに取り入るためとはいえ、学業というか最終目的である卒業をご破算にするわけにはいかない。彼女たちは出席のギリギリラインを読みながら代わる代わるラインバート家特別室に足を運ぶという涙ぐましい努力をしているのだ。
「あの、リクセリア様……。どちらに赴かれるのでしょうか」
コリーヌと言う名前を強制された女子生徒がおずおずと尋ねる。
「そうねぇ……」
明確な返事は返らない。なぜなら、リクセリアは特にどこに行きたかったわけでもないからだ。
お茶を飲みたければ専属のメイドが用意するお茶が、用を足したければ特別室内に作り出した豪華なトイレが、生徒の本文である学業をしたければ併設された専用書庫があり、いずれも特別室内から出ることなく満たされる環境だ。
しいて言えば暇だったからだ。ぴーちくぱーちくとさえずる小鳥たちを眺めているのもいささか飽きたというのが理由だろう。
「コリーヌさんのお勧めはどこかしら?」
「へっ? わ、私ですか? あ、えっと……」
行先を訪ねたのに自分の答えを求められ、とっさに答えることができなかったため、周囲から、私ならここを、いえいえ、私ならこちらを、と声が上がり始める。
その状況はコリーヌの統率力を表すもので、ここで脱落するともう上に上がってくることはできない。
「み、皆さま方、お静かにっ! お見苦しいところをお見せしました。本日の日和でしたら中庭がよろしいかと存じます」
「そっ」
必死に軌道修正を試みたコリーヌ嬢。指揮権は彼女に戻ったが、そんなことに興味は無さげな返事をリクセリアは返したのだった。
ぞろぞろとお供を引き連れて中庭へと向かうリクセリア一行。
途中ですれ違う教師も廊下の端へと寄り、一行が通り過ぎるまで頭を下げ続ける。
教員ですらそれなのだ。生徒など言うにも及ばず。
そんな中、長い廊下の正面、その曲がり角から一人の男性教員が現れたのだ。
赤毛で身長が高く、がっしりとした体つきの教師。
リクセリアはその顔に見覚えがあった。
と言っても数日前に見たため、頭の片隅にあっただけの事。あと数日もすれば記憶から消え思い出せなくなる予定だった顔だ。
もちろん名前は思い出せない。ただ、自分が所属するクラスの担任であることだけは記憶に紐づいていた。
「あの方、リクセリア様の担任ではなかったでしょうか」
取り巻きの一人が赤毛の教師を見て口にする。人のクラスの担任を覚えているなんて、頭脳の無駄遣いではないか。とは思わない。彼女ら取り巻きはリクセリアに関するありとあらゆる情報を入手し、有事はもとより通常時からリクセリアに尽くさなくてはならない、と考えているからだ。
そんな教師はリクセリアの一行を目にすると……なんと背を向けて一目散に元来た方向へと走り去ったのだ。
「な、なんて失礼な!」
取り巻き達が声を上げる。
先ほどすれ違った教師と同じように頭を下げて見送るべきであるのに、それをするどころか逃げ去るだなんて、彼女が身分の高い貴族ではなく一般人だったとしても失礼な行為に当たる。
「追いなさい!」
「えっ?」
コリーヌは耳を疑った。いつも穏やかで気品があり、周囲の上に立つ気高さを見せるリクセリアが怒りを露わにしたのだ。
「聞こえなかったの? あの教師を追いなさい! 追って捕まえなさい!」
「は、はいぃ。皆様方、行きますわよ!」
取り巻き達はバタバタと走り始め、やがてそれは波のように大きなうねりとなって、廊下の先を曲がって行った。
そんな様子を見ながらリクセリアは冷静さを取り戻していた。
(わたくしはリクセリア・ラインバート。人は皆、常にわたくしを褒め称えるべきであり、実際これまでずっとそうだった。誰一人として例外は無く、敬い、恐れ、ひれ伏してきたわ。
だがあの赤毛の男子教師はどう? 言うまでも無く、そんな真理を破った。百歩譲って恐れ多さに押しつぶされて逃げてしまったというのであれば罪には問うまい。それ以外の理由があるというのなら……)
今、この瞬間、彼の姿が記憶に残された。
それが取るに足らない記憶となるのか、それともそうではないのか。
それはこの後の続きで語られることとなる。
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