079 修行回は人気が無い? 後編
修行4日目。
この日、ナオは山を下りて特進クラスの教室にいた。
「このままじゃあ……勝てる気がしない……」
死んだ目をしてナオは教壇で呟いていた。
「珍しいですわね。泣き言ですの?」
「……先生は強くなってる……」
「そ、そうですよ、ちょっと休憩時間も多かったですけど、スキルも取得できましたよね」
手伝った教え子たちも皆ナオが強くなったという手ごたえはあった。
ちょっと役得が多かった気もするけど、と思いながらも。
「確かに3日前と比べると強くなっているのかもしれない……。それでも脳内シミュレーションではろっちんに勝てないんだ……」
体を酷使した後の休憩中もずっと脳内シミュレーションをしていたナオ。その方法でも新たなスキルを得ようという試みだが、うまくはいっていない。
「足りないのは必殺技さ」
教室の入口から4人目の女性の声がした。
すぐに皆が視線を向けると、そこには――
「カリーナ先生」
銀色の流れる髪と目立つ金色のイヤリングを揺らしながら、大人なポーズを決めたカリーナ先生がいたのだ。
「やあ、クランク先生。苦戦しているようだね。ちょっと授業の合間に寄ってみたんだ」
二本の立てた指をチャッて小さく振り、ウインクを決めてくる女教師。
ナオが帝国を脱出するための立役者であり、脱出後は単独で帝国軍を撒いて陸路で学園まで帰ってきた彼女だが、もちろんナオの現状がどうなっているのかは知っている。
「カリーナ先生、必殺技というと……」
「そうだね、クランク先生はきっと沢山のスキルを持っている。その中でも攻撃用のスキルは多彩を究めるはずだが、それでも決め手に欠けると言っている。そうなってくると、もっと強力な、それこそ出せば必ず人を殺すと呼ばれるほどのスキルを身に着ける必要があるんじゃないかな」
「そんなスキルあるんでしょうか? もちろん相手が防御するのも織り込み済みですよね?」
商人としての勉強をしているメル。知見は広いがそんなスキルは聞いたこともないと反論する。
赤毛のスキル開拓者と呼ばれるナオにも聞き覚えがない。
それだけ、必殺となると難易度が高いのだ。
「出せば必ず人を殺すほどの……。それこそ古代の伝説技、デッドエンドドライバーくらいしか……」
ナオは記憶の片隅にあったスキルの事を思い出す。
「デッドエンドドライバー??」
「そうだ。人体の急所全てを同時に破壊するとされる恐ろしいスキルで、古代に天使と悪魔の両方が使ったと言われるものだ」
「……ルビオン・バイブル……」
「ああ。アゼートも知ってるな。俺が読んだルビオン・バイブルの中にそんな記載があった。強大な再生力を持つ天使と悪魔は普通に戦ったとしても相手を倒すことができない。だから、急所を全て同時に破壊することで完全に葬り去ったと言われている。だけど習得方法も書いてないから【叡智】と同じように伝説の域を出ない……」
話は振り出しに戻ってしまう。取得できないスキルなんか今は必要としていないのだ。
「……私、心当たりがあります」
「メル、本当か?」
「はい。少しだけ時間をいただけませんか? 必ず先生の力になって見せます。
アゼートさん、一緒に来てください」
「……私? ……わかった……」
そうしてメルとアゼートは教室を後にした。
二人を待つ時間は三日間の過酷な修行の傷を癒す時間にあてたナオ。
教え子を信じて帰りを待つが、やはりソワソワしてならない。
「先生、少しは落ち着いたらどうかしら。メルさんがあれほど啖呵をきったのよ。大丈夫よ。それよりも、カリーナ先生はいつまでいらっしゃるのかしら。授業の合間とおっしゃっておりませんでしたか?」
「手厳しいね。授業は自習にしてあるよ」
ナオがソワソワする理由の一つにこの二人のムードがある。
教室の中にはナオ、リクセリア、カリーナの三人しかおらず、リクセリアはカリーナと剃りがあわないのか、ことあるごとに突っかかるのだ。
当のカリーナは大人の対応で柳のように受け流しているけど、そんなやり取りが行われること自体落ち着かない。
(メル、早く帰ってきてくれ!)
とナオが何度目かの願いをしたところで――
「先生、お待たせしました!」
メルが何かの本を手に持って戻ってきたのだ。
「メル! 待ってたぞ! 本当に!」
「え、あ、はい。その、こちらを」
ナオが予想以上の喜びようだったので、戸惑いを隠せないメル。
そっけない態度で、手に持った真っ黒な表紙の本を机の上に置く。
「これは?」
「邪本です。先生が前に惚れ薬を買いに来たあのアルバイト先の店長が自慢していたのを思い出したんです。かなりのレアもので邪教の教徒が邪本を書き写したものらしいんですけど、店長から借りてきましたよ! ほら、ここにデッドエンドドライバーの記載があります」
パラパラと本を開いて、目的のページを見つけると、ここですここ、と指し示す。
「読めないぞ。【古代文字】のスキルでも無理だ。カリーナ先生は読めますか?」
「うーん、私も専門外だからね。クランク先生が読めないなら私も読めないよ」
「……メル……、ハァ、ハァ、……私を、ハァ、置いて、ハァ、いった……」
そこに息を切らしたアゼートが戻ってきた。
「……自分が、ハァ、自慢したいからって……、ハァ、ハァ、良くない……」
「そ、その、すみませんでした。つい」
「……確かに私はお金を払ってない、むぐっ」
「あ、アゼートさん、ほら、お水ですよぉ、ゆっくり飲んでくださいねぇ」
目にもとまらぬ動きで、メルはカバンからポーション瓶を取り出すと、飲み口をアゼートの口の中に突っ込んだのだ。瞬時にマスクをずらすと言うおまけ付きで。
(店長がどうしても貸してくれないって言うから、邪本を手に入れるのに私がお金を払ったのは内緒なんですよ。そりゃあ時間さえあれば他にも方法はありましたよ? でも、先生には時間が無いんです。先生のためなら私だってお金を使うときもあります。でも、先生がそれを知ったらいろいろ疑っちゃいますよね。あのメルが自腹を切るだなんて、って。だから内緒なんですよ。先生に余計な心配を掛けたくないですから)
ポーションを流し込みながら、こそこそとアゼートに事情を耳打ちしたメル。
事情を理解したアゼートは、素直に邪本の文字を読み上げていく。
メルがアゼートに一緒に来て欲しいと言ったのは、邪本の古代文字を読んでもらうためだったのだ。
「……空へと舞う天使。それを打ち滅ぼさんとする邪主は共に空から舞い降り、夕日のごとく天使を落日させ、五体を砕き、そして再び宿敵を地に伏せさせる。これぞ絶対天使抹殺技法なり……」
「どういうことだ?」
その部分をアゼートが読み上げるが、抽象的すぎて分からない。
「……あ、後ろの方のページに絵がついてる……」
パラパラとページをめくっていると、天使を打ち倒したシーンの挿絵なのか、空で天使を捕まえて複雑な関節技を決める挿絵と、地面に激突させているシーンの2枚が載っていた。
「なるほど、体術の一種だという事はわかった。それに、技主である悪魔の手足も人間と同じ数だ。これならやれるかもしれない」
「じゃあ、今日を含めて残りの修行は私が担当しよう」
カリーナ先生が邪本をひょいっと手に取る。
「そんなの駄目ですわよ! わたくしたちがローテーションで手伝うって約束なんですから!」
「この技は実戦形式で身に着けるしかない。君たちではそれには向かないが、私ならそれができる。適任だと思うけど?」
「そ、そう言われるとそうですけど、横暴ですわ!」
「……私たちも先生を手伝いたい……」
「ごはんの用意とか大変ですよ。私たちがご飯も含めて他のサポートしますから、お願いします」
キャアキャアと三人が食い下がる。
「はぁ、しかたがないな。サポートなら構わないよ。慕われてるね、クランク先生」
「ええ。嬉しいことです。本音を言うと勉強しておいて欲しいところなんですが」
「じ、自習セット持っていきますわ!」
そんなこんなで、今後の方針が決まった。
目指すは絶対天使抹殺技法デッドエンドドライバーの取得。
その目的に向かってクラス(プラス教員一名)一丸となって特訓を行うのであった。
◆◆◆
最初は技の形を掴むところから始まった。
天使に見立てた人形を木の上から吊り、ナオがジャンプして挿絵のように空中で関節技を決めて、落下する。
なかなかイメージがつかめず、何度も何度も落下を試した。
落下は落下で空中で関節技を決めたときからさらにポーズを変えて落ちる必要があった。
落下までの時間が、距離が足りないからと、もっと高い木から人形を吊り下げたりと、工夫を凝らしながら何度も何度も。
ある程度のイメージがつかめてきたら、実戦訓練。
相手が木に吊るした人形のようにじっとしているわけではない。技の入りに持っていくタイミングを掴むため、カリーナが相手を務める。
相手が高く飛ぶように仕向けなければいけないなど、こちらも四苦八苦しながら、日が過ぎていき……。
そして――
「完成しなかった……」
7日間の修行が終わって、約束の日がやってきた。
デッドエンドドライバーの完成を見る前に。
お読みいただきありがとうございます。
前半とはうって変わって巻いていく展開の後半でした。
そして結局、必殺技は完成せず。
次回、戦いが始まる! お楽しみに!




