078 修行回は人気が無い? 前編
――聖ブライスト学園 裏山の山中
ナオ・クランクは深山の中で修行をしていた。
今のままではクバロットに勝つことができない。そうナオは思っていた。
いかに帝国から全速力で帰ってきた後だったとしても、いかにクバロットの持つスキルに驚いたとしても、あの時にナオが地に伏したという事は事実であり、脳内シミュレーションでは再戦の勝率はかなり低かった。
そこでナオは有休をとって仕事を休み、再戦までの一週間の間山に籠って己を高めるための修行を行っているのである。
「ほら、先生! スピードが遅くなってるわよ!」
何故か、背中にリクセリアを乗せて。
「そうは言ってもな! 君を乗せたままじゃあ走りにくいんだ!」
「このわたくしが重いって言うの!?」
「自分から先生の錘になるわ、って言いだしたんじゃないか」
「つまり重いと思ってるってことですわよね!?」
「重いなんて言ってないだろ。俺は走りにくいって言っただけだ。武芸教師を舐めるんじゃないぞ。君が10人いようと20人いようと問題ない」
「そ、そう? 羽のように軽いっていうのね。まあいい心がけよ。あら? でもそれでは修行にならないのでは?」
実際、ナオが思っているのは重さではなく密着しているリクセリアの体温の問題である。
山中のけものみちをリクセリアを背に負ぶったまま疾走しているのだが、足を踏み出すたびに彼女が着用しているレッドオリハルコンの鎖が揺れ暴れて顔に当たるのはさして問題ではない。
リクセリアが落ちないように支えるために後ろ手で組んでいる手には彼女の柔らかな感触がするし、彼女も落ちないようにと自分から抱き着いてきているため、心臓の音が伝わってくることもまたナオにとっては心を惑わせる要因なのである。
なんでこんなことになっているのか。話は遡る。
修行に行くから授業を休むと特進クラスで言ったところ、教え子たちは手伝う気が満々であった。とはいえ、ナオは今回のことに三人を巻き込みたくはなかったので「俺は休みだけど、君たちが勉強を休んでいいわけじゃない」と言った所、「先生が教えてくれないから成績が下がるわ」などと理屈をこねだしたので「終わった後で集中講義するから、頼むからそれまでは自習しておいてくれ」と何とか勉強させようとしたのだが、どうしても手伝いは譲らないと言い出したのだ。
話し合いは平行線となるこ未来が見える中、リクセリアが「ローテーションしましょう。一人一日づつ先生を手伝うの。これならきちんと勉強しますわ。ね、皆さま」と言い出したのだ。
仕方なしに、ナオは妥協点としてそれを受け入れて、そして今日が一日目。
リクセリアがナオの修行を手伝う日なのだ。
そんな彼女は修行を始めた開口一番に「あなた、修行に大切なことは何かしら? 教えなさい」と言って、手伝うはずがナオにそれを尋ねる始末。
それを指摘すると 「そんな事言われても、修行とかしたことないから知らないわよ」と言い出した。
ローテーション言い出しっぺのリクセリアであるが、ノープランであったことが判明した瞬間だった。
そんな彼女に「大切なのは努力と根性だ」と伝えた所、走り込みをすることになったのだが、リクセリアは何かを思いついた表情を浮かべて、「私が先生に乗ればもっと効率がいいんじゃなくって?」と言い出して、リクセリアおんぶ走が始まったのだ。
もちろんナオは反対した。その理由は【貢ぐ者】である。
女の子をおんぶなんかしたときには、ガンガンスキルを貢いでしまって、修行どころか弱体化してしまう。
彼女たちを導くための授業であれば、ナオは身を削ってでも行うが、これは自分個人の事情。そんなことで身を削りたくないという思いなのだが――
「あなた、こんな時にもエッチな事考えてるの? 信じられないわ」と、男の子のドキドキや欲を女の子のリクセリアには理解してもらえず、軽蔑のまなざしを向けられることとなったため、「そ、そんなわけない!」とどもりながら反論してしまったのだ。
もちろんナオとて切羽詰まっているシーンでは【貢ぐ者】の発動を回避できている。「心の修行よ、心の。あれよ、雑念、を捨てる?」などとリクセリアが聞きかじりな知識を披露して、引くに引けなくなったナオは、リクセリアを抱えて山中を疾走しているのである。
現にナオは、いつも以上に集中している。リクセリアの尻の柔らかさを気にしないくらいには、未開の木々の間を、彼女を落とさないように、彼女を揺らさないように、彼女に枝などが当たらないように、と細心の注意を払いながら走り込んでいるため、うまく【貢ぐ者】のコントロールができているのである。
そうして二時間くらい走り込んで。
とりあえずの終了を見た。
「はあっ、はあっ。その、ありがとうな。二時間も大変だっただろ」
さすがのナオも二時間集中して走り続けたので疲労困憊のようだ。平地を走るのとはわけが違う。舗装されてない山道、そして背中には大切な教え子が乗っているとなれば疲労もやむなしである。
「わたくしは乗っているだけでしたから。それに、先生が凄く気を使ってくれているのはわかりましたわ。一応貴族としての嗜みは合格ね」
などといつの間にか目的が変わっているかのように言いだしたリクセリアだったが、実際に彼女は二時間の時間が苦痛ではなかった。ナオの背中にしがみつくことができて、ナオにずっと気遣ってもらえて。それはこれまで彼女が望んでも手に入らなかった時間。それが苦痛であろうはずがないのだ。
「お嬢様ぁ~」
遠くからメイドのイラミリィさんが呼ぶ声がする。リクセリアを迎えに来たのだ。
「そしたら学園に戻るわ。約束ですもの。そうそう、イラミリィに食事を持ってこさせたわ。それを食べて力をつけて修行に励みなさい」
そんなこんなで修行の一日目が幕を閉じたのであった。
◆◆◆
修行二日目。
ナオはアゼートによって大木に縛り付けられていた。
「あのう、アゼート? これは一体どういうことなんだ?」
木に紐でグルグル巻きで縛られているわけではなく、木の枝に括ったロープから両手首をぶら下げて吊り下げられている。しかも上半身は服を脱がされていた。
「……抵抗値を上げる訓練……。防御力? も上がる……」
「抵抗値? 防御力? 一体何を」
「……私がやってたことと似たこと……」
ナオは悪い予感がした。アゼートがやっていたことと言えば、自分自身を傷つけて回復スキルで治療してスキルの熟練度を高めていたマッチポンプだ。
悪い予感が確信に変わったのはアゼートが鞭を取り出したところでだ。
「……さあ、先生、耐えてくださいね……」
「あ、ちょっと、その、アゼートさん? 冗談ですよね?」
――バチィン
返事の代わりに体へ鞭の痛みが走った。
「……言葉はいらない。……その分を防御に回して。……それを上回るダメージを与えるから……」
――バチィン
(目がマジだ。というより、いつもと同じ目をしている。絶対に意見を曲げないという意思を貫く目を)
ナオは何を言ってももう無駄なのだと悟った。
「あーっ!」
そしてその後しばらくのあいだ、山の中に奇妙な叫び声が響いていたのだった。
◆◆◆
修行三日目。
「先生、お二人との特訓の話は聞きましたよ。実にうらやましい、おほん、素敵な修行をされていたようですね。同じことをしても効果は上がりにくいので、残念ながら私は違う内容を求められているわけですけど、もちろん考えてあります」
そう言うと、メルはなにやら不可思議な装置を取り出した。
人間の身長程ある大きな球体。それが置きランプのような形で置かれている。球体には何やら全体に穴が開いている。
「これは、ママが作ってくれたエルフの技術を生かした装置です。この穴から全方位にエルフ特製のしびれ薬を打ち出します」
そう言って一度実演して見せた。
穴という穴から液体が射出され、その間隔も短い。
「これをつかって、どうにもならない状態を打開する特訓をしてもらいますよ! ああ、さすがの先生もこの液体に触れるとビリッと来ますからね。ジャイアントグリズリーですら一瞬で痺れさせるエルフ特製のしびれ薬。その雨をうまく抜けてこの装置を停止させるのが修行です」
この機械に遠距離攻撃をしてはいけないルールだ。単純にしびれ薬をかいくぐり、頂上にあるスイッチを押して止める必要がある。
そうして修行が始まってしばらく。
「取った!」
長時間、幾多ものしびれ薬を回避し、自身の反応速度と予見速度を磨いていたナオ。スキル取得条件を満たして何らかのスキルを手に入れたのか、射出されるしびれ薬と拮抗していた動きが良くなって、ようやく頂上のスイッチに手が届く……というところまできたところで――
「甘いですよ先生、理不尽はいつでもやってくるのです!」
「なにっ!?」
突如、頭上に現れたもう一つのマシン。王手をしたことで僅かながらに心に油断があったナオは、伏兵にやられて全身にしびれ薬を浴びてしまった。
「あばばばばばば」
さすがのナオも全身が痺れて地面に倒れてしまう。
「油断しましたね、先生。聞いてますか?
……聞こえてなさそうですね。仕方ありませんね、あのお二人にも役得があったのですから、私もあってしかるべきですね」
そう言うとメルは痺れるナオの頭を膝の上に置いて座り、ナオが復帰するまで赤毛の頭をなで続けるのであった。
ちなみに、痺れから復帰したナオが修行に戻って、再びスイッチを押すところまで来た時……装置が爆発して最後の抵抗を見せ、またもやメルの役得タイムに突入したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
修行回は人気が無いらしいので本番中に回想で済ます方法もありますが、今回は入れます!
これが修行なのかは置いといて!
さて、さすがにナオもこれで強くなれるのかに疑問を持ちます。
次回をお楽しみに!




