071 クバロット・ラザーナ その1
「そうだ、やっぱりろっちんだ! 小さいころに別れて以来だけど、確かに面影が」
「ああ、久しぶりだな、ちゆちゆ」
「本当にろっちんか! いやあ懐かしいな、一緒に川で泳いだり、祭りに行ったりしたよな!」
「そうだな。食い意地の張ったお前は、屋台のものを全部買うんだとか言ってたが、金が足りずに泣きべそかいてたなぁ」
「そ、そんなことあったっけか? ろっちんだって、立派な金の指輪だとか言って露天の指輪を買ったけど、実は偽物だったことあったじゃないか」
「ふん。あの後、店主がどうなったか知りたいか?」
「いいや、遠慮しとくよ。それよりも、国に帰ってからどうしてた? 確か8歳くらいのころに国に帰ってっきり会ってないよな?」
「ああそうだな。どうだった? 俺の国、ラザーナ帝国は」
「えっ? あ、ああ。ろっちん、ラザーナ帝国の人だったんだな」
急な話題転換に驚いた。
代わりの先生をやってたんだから、俺がどこに出張に行っていたかも知ってておかしくはない。
それに、ろっちんがラザーナ帝国人だったことも始めて知った驚きもある。
まあ、故郷の事を自慢したい思いは誰にでもあるよな。
「……てっきりもう帰ってこないかと思っていたんだが、バルフェーザのやつ、しくじりやがって」
「ろっちん……何を言ってるんだ?」
「なんだよ、まだ気づいていないのか? お前、俺の名前知らないな?」
そう言えば、ずっとろっちんって言ってたから本名が何なのか知らない……
「このお方はラザーナ帝国23代皇帝、クバロット・ラザーナ陛下でございます」
廊下から見知らぬ赤毛の女性が現れた。メイド服によく似た服装で首輪がつけられているし、顔はヴェールに覆われていて目しか出ていない変わった格好だ。
そんな女性の口から出た名前。確かに先日から耳にしたことがある名前だ。
リリットール女学院の理事長にして皇帝の妹、バルフェーザ嬢。その兄。それが示すところつまり……
「まさか、ろっちんがこの騒動を?」
「その呼び方、不敬です! このお方は国家元首なんですよ。慎みなさい」
ろっちんの返答の代わりに側付きの女性に怒られてしまった。
「いい。昔のよしみだ」
「はい。出過ぎた真似をいたしました」
「かまわん。お前が従順にしているところを見るのは嬉しいものだ」
「はい……」
側付きの女性は俯いて後ろに下がってしまった。
「さて、ちゆちゆよ。俺が黒幕だ。さすがの武芸教師でもここまで言えばわかるだろう」
「そりゃあまあ。でも、何がやりたかったんだ? 俺の出張を延長して何になるんだ?」
出張という名を借りた旅行を俺にプレゼントしたかった?
それにしてはもてなしがハード過ぎたし、ずっと帝国に居てもらいたいという意図が見え隠れしていた。
何とか脱出して帰ってくることはできたが、そうじゃなかったらどうなっていたというのか。
その答えを俺には聞く権利があるはずだ。
どうなんだ、ろっちん。
「分からんか。仕方がない奴だ。教えてやろう。
それは、お前からこのクラスを奪うためだ。この 特進クラスをな!」
「奪うだって? どういうことだ? 俺の代わりに担任になるっていうことか?」
「おめでたい頭だが、概ねは合っている。俺がこの 特進クラスの担任となり、お前が手塩にかけて育てた教え子たちを俺のものにするのさ。ククク」
「なんだとっ! この子たちをっ!? そのために……俺を出張に行かせてこの子たちから遠ざけて、そのうえ帝国に永住させようとしていたのか? 馬鹿げてる!」
「勘違いするなよ。教え子たちはおまけだ。俺はこの 特進クラスが欲しいのさ。そのために、少しだけ権力を使ったってわけだ。
だがまあ、お前ならその程度で十分かと思っていたが、少々見くびっていたようだ。さすがはちゆちゆ。昔から俺の邪魔をしてきたことだけのことはある」
「昔から?」
「そうだ。お前は昔からそうだ。覚えているか?」
そう言うと、ろっちんは目を瞑って空を仰いだ。
◆◆◆
俺の名前はクバロット・ラザーナ。ラザーナ帝国の皇帝であり、幼き頃に隣国であるグロリア王国に留学していたことがある。
そこで出会ったのは赤毛の生意気なやつ。
俺よりも背が低いくせに、なんでも器用にこなす目障りなやつだった。
あいつと走っては先に行かれ、ボールを投げれば俺よりも遠くに投げ、歌や音楽ですら俺を凌駕する素質と才能を持っていた。
俺は帝国皇帝の息子。この国で言うと王家の者だ。ちやほやされて当然であり、そうされるだけの能力も持っている。
だが、あの男、ナオ・クランクは俺以上の能力を持っていたのだ。
当然クラスではちゆちゆが中心となっていた。
あいつが立っているその場所は本当は俺の場所のはずなのに。
とはいえ、俺も負けてはいなかった。俺とて才能と能力はある。
日ごろから溢れる才能と能力をこの国の奴らに見せつけて、賞賛を、誉を得ていた。
その一環として、俺は当時目を付けていた少女、マルシャンを俺の屋敷に誘った。
当時の俺はまだ子供。単純にマルシャンの事が好きだったのだ。
そんなマルシャンにいいところを見せようとするのは必然であり、それを十二分に見せつけるために彼女を屋敷に呼んだのだが……何故かちゆちゆと他のやつらも来ることになった。
そこまではまだ良かった。
俺は父上が送ってくれた異国のおもちゃをつかって遊ぶことを提案した。
そのおもちゃは子供が解くには難しいパズルのようなものだ。もちろん俺は事前に練習してある。初見でこれを解くのは大人でも難しい。
試しにマルシャンにさせてみたところ、やはり難しくて解けなかった。
その後俺が華麗に解いてすごさを見せつけるはずだったのだが……ちゆちゆのやつが横取りした挙句、簡単に解いてしまったのだ。
そして俺が浴びるはずだった賞賛を一身に受けやがった。
その後俺が何をしようと、その評価は覆りはしない。
マルシャンの視線はずっとちゆちゆのやつに釘付けだったってわけだ。
あいつが目障りだったことは他にもある。
俺に不敬を働いた身分の低いとろくさい女がいた。
どうやら俺に惚れているようで、気味の悪い笑顔を浮かべながら俺の方をよく見ていた。
俺はそいつの事が嫌いだったため、俺の屋敷にそいつが来た時に、俺のものを盗んだといいがかりをつけて追い出そうとしたのだ。
だけどちゆちゆのやつは、あいつの濡れ衣を晴らすために俺が盗まれたと言ったものを見つけてしまったのだ。
確かに計画は穴だらけだった。盗んだと言ったものは俺が無くしたもので、それが屋敷から出てくる可能性はあった。
使用人たちも探して見つからなかったんだから見つかるはずはないと思ってたのに、ちゆちゆの野郎が何やら小難しいことを言いだしたかと思ったら、さっさと進みだして、それを見つけてしまったのだ。
おかげで俺は追い出すどころか、盗まれたことは勘違いだったと大勢の前で謝罪させられて、メンツは丸つぶれだった。
他にも、他にも、他にも……。
つまりまあ、俺はちゆちゆが大嫌いだったわけだ。
そして当の本人はそんなことは全く気付かず、俺を親友だと思っている。
どんだけ上から目線なんだよ!
あいつといた2年間、ろくな思い出が無い。
これ以上思い出すとはらわたが煮えくり返りそうなので、俺は目を開けた。
お読みいただきありがとうございます。
黒幕であるろっちんが何をやりたいのか今一つわからない! ちゆちゆの事が大嫌いなのだけは分かってきましたが。
さてさて、このモヤモヤ感はこの先で解決されることになります。
今はまだモヤモヤさせとこうという作者の意図ですね。
続きをお楽しみに!




