069 武芸系の神髄
「わたくし、武芸系の男性は生理的に無理なんです。あなた、汗臭そうですし」
いや、ひどすぎない? そりゃ確かに俺は武芸系で背も高いムキムキのガタイ良しですよ、それにここまで全力疾走してきてるから、汗の一つもかいてますよ? だからってそれを面と面を向かって言うのはどうかと思うんですがね!?
「そこの、アナールヨワさんにしませんか? お似合いだとおもうのですが」
「いいんですかいバルフェーザ様? あたしがいただいちまって」
「ええ、結構ですわよ。あなた方なら相性ピッタリだと思いますわ」
勝手に話が進んでるぞ!? 指名されたアナールヨワさんは女性にしては体つきが大きくムキムキで、お顔も野性味あふれるフェイスをしている。ちょっと俺の好みとはずれてるので、俺だってお断り致したい!
「クランク先生、いや、これからはナオって呼んであげる。さあ、屋敷に戻ってくんずほぐれずのスパーリングだ」
野性味溢れる眼光をしているものの、口からよだれを垂らして両腕をわきわきしながら、こちらに近づいてくるアナールヨワさん。
「ずるいぜアネゴ! あたいらも密かに狙っていたのに!」
「そうだそうだ!」
「ここは早い者勝ちってことにしませんかい? あたしらは武芸系。欲しいものがあったら力づくで手に入れるのが本筋!」
武芸系ってそういう野蛮な盗賊みたいなものとは違うんんですが……。
「ちっ、しかたねえな! わかった。あのオスを捕まえた奴が正式な飼い主だ。だがおまえらがあたしに勝てるとおもうなよ?」
「油断大敵ですぜ、アネゴ。あたいらだって爪を、牙を研いできたんだ。オスを狩るくらいなんでありませんぜ!」
「アネゴこそ寿退軍できなくて悔しがらねえでくださいね」
「寿退軍はアネゴじゃなくてあたしがもらう!」
この人たち、帝国の軍人なんですよね。
大丈夫なの、こんな女蛮族の集団みたいなチームで。
だが素人ではないのは解っている。すでに俺の周りを包囲しているからだ。
タダの群衆であれば俺が包囲されることなんてありえない。
「早い者勝ちだぁーっ!」
しびれを切らした一人が我先にと飛びかかってくると、一斉に他の兵士たちも俺に襲い掛かってきた。
さすがに熟練の兵士を無傷でやり過ごすのは難しい。
ここは力で乗り切るしか――
「言い忘れましたが、クランク先生。我が軍に反抗して仮に負傷者が出た場合、外交問題にさせていただきますからね」
な、なにぃ!?
「ひゃはは、そういうわけだ。おとなしくあたしを満足させる棒になってもらうよ!」
飛びかかってきた兵士を【無拍子】を使い、予備動作無く回避するが――
「隙あり!」
その直後を狙って別の兵士が腕を振り上げて襲いかかってくる。
さすがに連続して【無拍子】の発動ができないため、俺は体を下げてしゃがみむと、前のめりになって襲ってくる兵士の足を狙って片足を伸ばし、重心のブレをついてすっころばせた。
さすがにその次に襲ってくる兵士には対応している間が無く、後ろに跳躍する事でやり過ごしたが、すでに俺の着地地点を狙っている猛者もいる。
このまま回避し続けるだけではらちが明かないし、いずれ俺の体力が尽きて終わってしまう。
弁解のために言っておくが、避け続けるだけなら数時間は余裕で体力が持つ。だけど時間を掛ければかける程、黒幕の目論見通り俺が足止めされていることになる。
なんとか打開策を。というところで良策を閃いた。
「ムチムチのオスぅぅぅぅ!」
飛びかかってきた兵士に対して――
「ぐへっ」
俺は思いっきりアッパーカットを繰り出し、顎を強打した。
「クランク先生! 抵抗すると外交問題ですわよ!」
ドスンと背中から倒れる女蛮族兵士。
「いえ、急に倒れたようですね。どこの怪我してはいませんよ、ほら」
俺は倒れた女蛮族兵士の顎に触れると、【中級治療術】を施した。
スキルによって外傷も内傷も無くなった。
ほら何もない、ね。
「証拠を消したからといって、済まされるわけではありませんわよ」
「バルフェーザ様、まあいいじゃないですか。あたしたちだって釣り堀の魚を釣りたいわけじゃぁねえんだ。大海原を豪快に泳ぐ大物を釣り上げてこそ自慢できるってもんよ。なあ、おまえら!」
「もちろんですぜアネゴ! そんじょそこらのモヤシなんじゃものたりねえ。あたいらの全力を出せる相手なら、願ったりかなったりだ!」
ちっ! 事態打開にならずか!
そこからは乱戦が始まった。
俺が多くのスキルを使えるとはいえ、相手は歴戦の兵士。無力化したところを狙って飛んできたパンチを食らう事もあり、低い体勢からのタックルを食らって地面に倒されることもあった。
その都度、スキルを使って脱出し距離を取ってきたが、さすがに分が悪い。
何人かは倒すことに成功しているが、俺の包囲は二重にも三重にもなっている。
およそ100名以上いる女蛮族兵士たちを倒しきれるかというと……さすがに無理だ。
「へへっ! 捕まえたぜ!」
しまった!
俺の背後を取った女兵士に羽交い絞めにされてしまった。
「ひゃっはー!」
すぐさま、両腕、両足、胴体、俺の体のありとあらゆるところに兵士たちが組み付いてくる。
「は、離せ!」
群がる女兵士たちの力は強く、さすがの武芸系の俺の力でも振りほどくことはできない。
「ここまでだなナオ。さあ、今から主であるわたしが、主従の誓いをくれてやる」
「お、おい!ちょっとまって!」
目の前に迫るアナールヨワの唇。誓いってなんだよ! あ、おい、やめろ!
分厚く赤い唇が俺の顔に迫り、俺の顔全体を舐めまわして唾液でべとべとにしようと画策している。
こ、こんなところで俺の唇が奪われるのか!?
確かに俺の初キッスはもう奪われ済だ。とはいえそれは気づかないうちにカリーナ先生と触れ合ってしまっただけだし、この前の第3の儀式でメルともしてしまった。どっちも俺の意図しないもので、キスという意識もなかったんだ。
だから俺が意識している口づけとなると今回が初!
いや、まだしてないから、初めてでもない!
そもそも、この人の唇の動きはキスっていう雰囲気じゃないし!
くそっ! くそっ!
頭も押さえつけられて頭突きも出来ない。
はぁはぁという荒い息と、女の子というには似つかわしくない口臭が鼻に突く。
――ボウッ
地獄行きか、と思ったその瞬間、煙が辺りに立ち込めた。
「ごほっ、な、なんだこれは、ごほっ、ごほっ」
その煙を吸い込んだ兵士たちが咳をし始める。
俺を拘束していた女兵士も同様に咳き込んでしまい、俺の体を放してしまった。
「ごほっ、ごほっ」
残念ながら、もちろん俺も咳込んでいる真っ最中。
この煙は普通の煙ではない。吸い込んで苦しい首を、もがくように手で押さえる俺。
目にも染みて激痛が走って……逃げるどころではない。
(これが……毒なら……解毒して、逃げないと……)
そう思って、解毒スキルを使おうとした瞬間、何かが俺の体に巻き付いてきて――
「ごほっ、ごほーーーっ」
体が宙に浮く感覚。重力に逆らって空を舞う感覚が襲って来たと思ったら、次の瞬間には、どこかに足がついて……そして、誰かに抱き留められた。
「大丈夫かいクランク先生」
先ほどまでは煙のせいで涙があふれて視界が確保できなかったが、今いる場所は煙の外。涙をぬぐうと、聞き覚えのある声の主の姿を拝む。
「カリーナ先生!」
俺の横で美しい銀髪の女性が赤色の目元をほころばせてニコリと笑みを浮かべていたのだ。
「手荒になってすまないね」
カリーナ先生がバチンとウィンクすると、耳につけた金色のアクセサリが揺れた。
そして、すぐに俺の体に巻き付いていた紐状のものを剥がしてくれた。
それは鞭だった。
鞭を使って大ピンチだった俺の体をこの高い木の上まで引っ張り上げてくれたというわけか。
ギュッと抱きとめられていたこともあり、圧倒的なイケメン感を受けて俺の心臓が鼓動を早くするが、今もなお戦場内であり、気分が殺→ラブに移行するには時間がかかるため、スキルを貢がなくて済んでいる。
「ありがとうございますカリーナ先生。でもどうしてここに?」
ここは学園のあるグロリア王国ではない。隣国のラザーナ帝国内だ。そもそも学園で授業をしているはずのカリーナ先生がここにいるわけがない。
「なにやら不穏な空気を感じてね。有給休暇を取って駆け付けたというわけさ」
「学園で何かあったんですか!? 俺の生徒達は、リクセリアは、アゼートは、メルは無事なんですか!?」
「落ち着いて、クランク先生。あの子たちは無事よ。でも、これからどうなるかは分からない。さあ、ここは私に任せて、先生は学園へ」
そう言うとカリーナ先生は、高い木の上から地面へと降り立った。
俺の代わりに兵士たちを引き付けるために。
「カリーナ先生、ありがとうございます! この借りは必ず返しますから!」
その返答として、カリーナ先生は背中を向けたまま片腕を上げた。
俺はそれを見届けてから踵を返してその場を離れ、全速力で学園へと向かって駆け抜けるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ナオ君はガタイの良いムキムキの武芸系教師。残念ながらスリムなお嬢様のお気に召さなかったようです。でもそれはそれ、それが好みだと言う人はたくさんいますから悲しまないでもいいですよ!
さて、カリーナ先生の感じた学園での不穏な空気とはいったい。
次回をお楽しみに!




