006 君には男色の疑惑がある その6
教え子の一人、メル・ドワド。
彼女が何故俺の部屋に居たのか。その理由を学園長に問いつめに行った。
学園長から語られた内容。
資料にも書いてあるとおり、それは彼女が特進クラスを希望した理由、「いじめ」が関係していたのだった。
メルの実家は遠方の町にある。実家から毎日通学するのは不可能なので、そういう学生のために学園には学生寮が用意されている。そのためメルは学生寮に入っていたのだが、クラスでのいじめが飛び火し、ルームメイトからもいじめられるようになったのだ。
「他の空き室が無いから君の部屋で一緒に住んで。男色なら大丈夫でしょ」などと学園長は言っていた。問題はありまくりだが、苦情を言う間もなく「忙しいから出ていきたまえ」と学園長室を追い出されたのだ。
もちろんメルの同居に同意することはできない。
彼女をどうするのか。それに特進クラスをどうするのか。
そんなことを考えながらソファに横になると、今日一日の疲れが出たのか意識はすぐに落ちていった。
――――――
――――
――
「う、うーん」
腕を伸ばす。体が痛い。どうやらソファで寝てしまっていたようだ。
「服がしわになるから脱がないと……」
俺は回らない頭で服を脱いでいく。俺が着ているのは学園の男性教師用の制服だ。紺のスラックスに白いシャツ、赤く短いネクタイと、ジャケット。そして背中の真ん中ほどまでしかないマント。軍服を模したものだが、デザイン的にも俺は気に入っている。
ネクタイを外して……スラックスを脱いで……
――ガチャリ
ん?
未だ覚醒しきらない頭に入ってきた音。その方向へと視線を向ける。
「きゃぁーーっ!」
悲鳴を上げる少女がいた。頭が瞬時にフル稼働する。あの子は間違いなくメル・ドワド。
なんでこんなところに? って、あれだ! 一緒に住めって言われたたからだった!
――バタン!
ドアが閉められる。そして……
『先生! お金!』
「えっ?」
『お金払ってください! 着替えを見てあげたんですから!』
ドア越しにお金をせびられた。
俺は見られたんだよ? 普通は逆じゃない!?
このあと事情が落ち着くまでしばらくの時間を要した。
結局お金は支払ったのだ。
◆◆◆
「いつもこんなに遅くまでバイトしているのか?」
今の時刻は23時。一日は24時間で、あと1時間で日付が変わる。
「はい。学費を稼がなくてはならないので」
遠くに座ったメルがそう答える。
今、俺とメルは同じ部屋の中にいる。会話をしているが、対面で顔を見ながらしているわけではない。
俺はメルと距離をとり、さらには明後日の方向を見ながら口を開いているからだ。
「親は学費を出してくれないのか? この聖ブライスト学園は貴族しか入ることはできない。学費を払うのは簡単なはずだが」
「私の家は貴族といっても下級の下級。底辺なんですよ。それにそもそも私が学園に通う事をよしとしてはいません。学費は自分で出すことを条件に、私は入学したんです……」
「奨学金は……」
おれはそこまで口にしてやめる。
学園では成績優秀者には学費を免除する制度もある。貴族とはいえ様々な事情で学費を支払うことができない場合もあり、そう言った事情のある優秀な学生を確保するためだ。
そしてなぜそこで言葉を止めたかと言うと、彼女は成績優秀者には程遠いからだ。入学試験の成績もギリギリ。お世辞にも頭が良いとは言えない。
「はい……。空いた時間はアルバイトに回しているので……」
勉強する時間を削ってアルバイトをしているのだ。成績がよくなろうはずもない。
「先生、私、ここを追い出されるんですか?」
追い出される。確かに言語化すればそうなる。ここは俺の部屋であり、俺は教師、彼女は生徒。
そして一番問題なのが、彼女が女性であることだ。もちろん世間体的なものもあるが、俺の場合は命がかかっているということだ。
「先生! お願いします。ここを追い出されたら住むところがありません。貧乏な私は安宿にも泊まるお金が無くて、野宿することに……。女の子が一人野宿。そんなことをしていたらどうなるか……。先生ならわかりますよね!」
ううう……もちろんどうなるかは手に取るように分かる。
ここは王都だとはいえ、治安の悪い場所もある。さすがに最悪の事態まで行くことは無く、大体が治安維持のために巡回する王国兵に見つかってしまって補導。野宿などできないだろう。
とはいえ、このまま俺の部屋に住まわせるわけにはいかない!
100以上ある俺のスキルも今日だけで10個以上減ったのだ。
これが同棲などとなると、考えるのも恐ろしい。
「住み込みのアルバイトを探すとか。うーん、そうだな。例えば近くの貴族の屋敷でメイドをするとか?」
「貴族のお屋敷で住み込みでメイド……。下賤は私は味見程度に犯されて、初めてを散らしてしまうんだ……」
「あわわ、わ、分かったよ……。普通の家! 賃貸! 家賃は俺が出すから! だから探してきて」
「本当ですか! 分かりました! 明日は学園がお休みなので探してきますね」
俺の提案からメルの返事までがすごく早かった。
まるで、誘導尋問を受けてそう言うのが分かっていたかのように。
そんなこんなの展開だが、背に腹は代えられない。
幸い俺は宿舎暮らしで居住費がかかっているわけではない。給料から彼女の家賃を出せばなんとかやれるに違いない。
「話もまとまったことですし、夜も遅いので寝ましょう。ちょうどベッドも大きいので二人でもゆったりと寝れそうです」
「ぶーっ!!」
な、なんて言った?
俺は後ろを振り返ると、メルの視線の先にあるベッドを見る。
ベッドは一人用としてはやたらデカかった。確かにメルが言うように二人で寝ても問題のない広さだ。
「何を言ってるの! 一緒には寝ません! 俺はソファで寝るから、ドワド君はベッドで寝てくれ」
「えっ、でも悪いですよ」
「いいの」
「あぁ、分かりました。無料というのがいけないんですね」
「無料?」
「今なら3万ファニーいや、お安くして2万でいいですから! タダより高いものは無いという思い、私も分かります。でも私はタダをうまくいただく派ですけど」
「俺が金を払う側かよっ! いや、そもそも金を払って生徒と寝るってどういうことなの! 一発アウトだよ!」
「冗談ですよ。今日は先生の厚意に甘えさせていただきますね。おやすみなさい」
じょ、冗談か……。どこまでが冗談だったのか……。メルの事はまだよく知らないけど、かなりの本音が出ていた気がする……。
はぁ、疲れた。
「あ、先生、シャワー貸していただきますね。その……お金をいただけるのなら覗いてもかまいませんので……」
「覗きません!」
結局俺は部屋から出て外の木の上で寝ることにした。
後から知ったのだが、あの大きなベッドは両親の差し金だった。「生徒を部屋に連れ込んでにゃんにゃんしやすいように大きなベッドを置いておくわね」などという手紙を見つけたからだ。
大きなお世話だ!
◆◆◆
「先生、ここに決めました」
翌日のこと。メルは家を探してきたからと言って家賃を要求してきた。
教え子を疑うのは良くないが、念のために確認に来たのだ。
高額物件を探してきたのではないかと怯えたものの、一階が食堂になっているきちんとした家だった。
家賃だけ俺からせしめて野宿するんじゃないかって疑ってごめん!
「それでは家賃、お願いします。あ、契約のために契約金が別途かかるのでそれもお願いしますね。保証人は先生で。お金さえいただければ後の手続きは私がやっておきますので」
「あ、ああ」
家を借りるのに契約金が必要なのか。もうすこし王国法を勉強しておかないとな。
「ありがとうございます」
「あー、なんだ。その、すごくうれしそうだな」
必要なお金を渡したメルは、とてもいい笑顔をしていた。
あまりにいい笑顔なので、逆に怪しさを感じるのは気のせいか。
心臓はドキドキしているが、【貢ぐ者】が反応していないのは、「好き」<「怪しさ」のせいだろう。
となるとこのドキドキは投資詐欺に引っかからないかどうかのドキドキか?
「はい! お金っていいですね。お金は裏切りませんし!」
「あ、あはは……」
闇が深い発言が帰ってきたぞ。
「メルちゃん、手が足りないから今から入ってくれるかい?」
食堂からエプロンと三角巾をつけたおかみさんが出てきてそう言った。
「わかりました! お給料弾んでくださいね! じゃあ先生、また明日!」
そう言ってタタタと駆けていくメルの背を見送った。
また今度、様子を見に来るついでに食べにくるかな。
こうして俺の新しい生活は始まった。
【貢ぐ者】、男色疑惑、3人の問題児。
頭を悩ますことは多いが、とにもかくにも俺は先生なのだ。
しっかりと生徒を導いていこうと、天で光り輝く太陽を見ながらそう思ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
これで第1章は終わりとなります。
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第1章あとがき
ヴァルキュリアの担任であるナオ・クランク先生は、事情により女性の事を直視できません。よって、ナオ先生視点の本文中にはなかなか生徒達の描写が出てき辛いです。そこで学園長から渡された資料に記載された生徒写真から得られる情報を載せておきます。
【生徒情報】
リクセリア・ラインバート
金髪、青目、ポニーテール、大きな赤いリボン、ドレスのような白制服、胸で交差する赤い鎖
アゼート・クーム
栗毛、緑目、髪型はベリーショート、激しい天然パーマ、左目の下になきぼくろ(通常時はモノクルで隠れている)。黒ローブ、黒手袋、黒マスク。左目にモノクル。
メル・ドワド
黒毛、茶色目、ウェーブのかかったボブヘア、前髪ぱっつん、茶色の制服。