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058 別れ話

 だが、俺の楽観的な考えのようにはならなかった。

 次から次へと襲い来る婚約者行事。それに備えるメル。

 メルは日に日に疲弊していくのが見て取れ、それと同時に勉強をする時間が目に見えて減り、挙句は授業を休みだしたのだ。

 本当ならアルバイトを辞めるように言うべきだろう。だけど、それは学費を稼ぐために必要なこと。それ以上に彼女の心の支えとして必要なもの。

 仮に俺が学費を出したとしても、彼女はアルバイトを辞めないだろう。


 そうはいっても事の終焉までは時間の問題だ。遅かれ早かれ破綻する。

 このままではメルは卒業も出来なくなる。彼女は留年を考えているのかもしれないが、若い彼女たちにとっては1年という時間はとても大切だ。それを余分に費やすなんてとんでもない。


 だから俺はメルを呼び出した。

 ()()()()をするために。


 ――コンコン


「クランク先生、私ですよ。愛しい婚約者のメル・ドワドがやってきましたよ」


 いつもどおりご機嫌な挨拶をしてくれるメル。

 それは作られた理想の姿であって、本来の彼女の姿ではない。


 俺の部屋に現れた彼女は、金色の刺繍の入った重厚な緑色の制服を着ていて、数か月前までは付けていなかったイヤリングや指輪をして着飾っている。

 それは主に俺の両親が彼女にいい身なりをするように送ったものだ。もちろん彼女はとても喜んでおり、今ではいくつもの着替えを持っている。


「どうしたんですか先生。珍しく私の事を凝視しちゃって。見とれちゃいました?」


「いや、そうじゃないよ」


「という事は……もしかして私じゃ欲情しなくなったってことですか!? いつもだったら【貢ぐ者】がっ、てギャアギャア言うはずです!」


「落ち着いて、メル。そこに座って」


 俺はメルを椅子へ誘導する。

 これからする話の内容を考えて、紅茶もいれてあるし、お菓子も用意してある。

 普段俺はそこまで気を回すことはない。

 だから、メルがそれを()()()()()()()()()のも仕方のないことだ。


 こんな話をすることを考えない場合、今の着飾ったメルは可愛いと言える。

 近寄れば【貢ぐ者】は発動するだろうし、じっくりと見ただけでもそうなるだろう。

 だけど、俺だって時と場合は考える。だから今はそうならないのだ。


 さてさて、話を始めるとしよう。


「メル。もうやめよう」


 話の展開も準備も全部すっとばしてしまった。

 経緯から心情から将来のことから、順番に話すつもりだったのに、すっとばしてしまった。


「……」


 メルは無言だ。

 それはそうだろう。メルからしたら俺が何を言い出したのか分からないはずだ。


「もう、仮面婚約者は終わりにしよう」


 だから、はっきりと口に出した。


「私の事に飽きてしまったんですか?」


「そうじゃない。そうじゃないんだ」


 メルの反応は早かった。


 俺は理由を説明した。両親を騙していること。そして教師としてメルを導けていない事、それを懇々と語った。


「……だから君から婚約を破棄して欲しい」


 そこまで俺が一人で話していた。

 メルはただ、真剣な目をして俺の話を聞いているだけ。じっとこちらの目を見て俺の言葉の意図を理解しようとしていた。


「なるほど、思いのほか早かったですね」


「えっ!?」


 返ってきた言葉は俺の予想とは違うものだった。


「でも早かろうと遅かろうと、もはや後戻りはできないのですよ。先生は私と婚約すると言い、それを世間は認めた。今更それを無かったことにはできませんし、私も無かったことにするつもりはありません。つまり私から婚約を破棄することはありません。ですから、全てを決めるのは先生です。私が言っていることは分かりますか?」


「でも、俺から婚約破棄すると君にダメージが。それにまだ婚約して数か月だ。こんなに短期間で破棄すると、ダメージは計り知れない。俺はそれを望んじゃいない」


「だから私から破棄して、ダメージは先生が全部引き受けると」


「そうだ。元々は俺の家の事情だ。君は巻き込まれただけ。だから俺がダメージを受けるのが筋だ」


「話はそれだけですか? 今も言ったように、私から婚約破棄するつもりはありませんから。こんなに甘い汁を吸える生活、手放すと思います?」


「でも、商人になるんじゃ……。このままの成績じゃあ商人にはなれないぞ」


「分かっていますよ。でも商人になれなくても、生きてはいけます。私が卒業したあとも、先生が婚約破棄しなければね」


「そんなことは認められない! 俺は教師だ。君の将来を導く責任がある!」


「本当の婚約者にはなってもらえないんですね……」


「いや、その……」


 急にメルの声のトーンが弱くなった。

 その様子に俺はたじろいでしまう。


「もう一度言いますが、私から婚約破棄することはありません。だから先生から婚約破棄してください。それで終わりにしましょう」


「メル……」


「3年後に破棄するのも、今破棄するのも変わりませんよ。さあ、今ここで言葉にしてくださって結構ですよ」


「すまないメル。俺はメル・ドワドとの婚約を、は――」


 その瞬間、俺の体から黒いもやが吹き上がった。

 それに……、この先が、先の言葉が言えない!

 破棄する、と口に出そうとしているのに、喉が、舌が、唇が動かない! 


「どうしたんですか先生、婚約を破棄するんじゃなかったんですか? 口に出してくれないとわかりませんよ?」


「ぐ、い、いったい何をしたんだ」


「先生はね、もう婚約破棄できないんですよ。古代エルフの秘術によってね」


「どういうことだ!」


「この秘術は簡単にかけれるものではありません。いくつもの条件を満たした上で、最後のトリガーは先生が婚約破棄を口にすること。その秘術が、今、完成したのです。

 残念ですよ先生。順調なら()()3()()、甘い婚約者生活が送れたのに」


「仮面婚約者だと言っておきながら、最初から婚約破棄するつもりなんて無かったのか! どうしてだ。なぜこんなことをするんだ!」


「ふふふ、言ったでしょ。お金ですよ。

 さあ、これからも仮面婚約者を続けましょう。()()()()()()()()()()、ね」


 今まで見たことの無いような、怪しく妖艶で、ゾクリとするような目。

 そんな目を浮かべたメルは、クスリと笑って、部屋から出て行ってしまった。


 俺の中で、真面目で頑張り屋で、ちょっとお金に汚いけど、優しくて気を回すのがうまい、魅力的な子だったメル・ドワドのイメージが崩れる音がした。


 その後に残ったのは、何とも言えない、どす黒く、目をそむけたくなるようなイメージ。

 不快で、お世辞にも魅力的だとは思えない、メルの姿だった。

お読みいただきありがとうございます。

人畜無害(?)だと思っていたメルがとうとう本性を現した!

婚約破棄できなくなったナオはどうなるのか。

次回をお楽しみに!

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