053 第3の儀式
「最後の儀式は、初めての共同作業(エアステ・ツザムナハバイト)よ。今回はメルさんと挑戦してもらうわ」
「それで、母上、なぜ俺とメルは高台に登らされて、二人して体をぐるぐる巻きにされて、天井から吊るされたロープに吊るされているんでしょうか?」
地下なのに第3の儀式の部屋もやたらと広い。そして天井も高い。
そんな部屋の中で、5mほどの高さのある台の上に乗っている俺たち。向き合ったまま密着して、そのままロープで腹のあたりを巻かれているのだ。
この準備の際に、すでにいくつかのスキルをメルに貢いでしまっている。
背が低くて子供と言われても信じてしまうようなメルの体だが、それでも気にしてしまうものであって、面と面を向かってこれだけ密着していたらやむなしだ。
だって、顔がめっちゃ近い!
俺の息、匂わないだろうか。さっき豆食べたし!
背の高い俺と背の低いメル。身長差があるため、普通に腰のあたりで引っ付くと頭三つ分くらいメルの顔は下にあるはずなのだ。
だが、そうではない。なぜか顔が同じ高さに来るようにロープで巻かれているのだ。
だから今まで見たことないくらいにメルの顔が近くにある!
思った以上に小顔! 子供だと思うようにしていたのに、女の子を意識してしまう!
だから、なるべくメルの方を見ないように顔を横向けて母上に向かってしゃべっている。
メルのほうも同じようで、俺の顔を避けるように横を見ている。
「せっかちね。せっかく教え子と一緒に挑戦できるのだから、もう少し楽しんだらどうかしら」
「そんな余裕はありませんよ!」
「はいない。じゃあ儀式の内容を説明するわ。目の前にケーキがあるわよね。あなた方はそこから飛び降りて振り子の原理でロープに引っ張られてケーキに近づいていくことになるけど、うまくタイミングを計ってナイフでケーキに入刀してもらいます」
「あの、お義母様。ナイフで、と申されましても、手もロープで結ばれていて使えないんですが……」
「そうね。ナイフは口で扱ってもらいます」
「口ぃ?」
「そうよナオ。一本のナイフを二人が同時に咥え、タイミングを合わせてそれを首の力で射出してケーキに命中させる。それが、初めての共同作業(エアステ・ツザムナハバイト)よ!」
はぁ!? 正気か!? 振り子運動をして移動している最中に、口でナイフを放ってケーキに命中させろと? 普通に難易度高いんだが!
そして、それ以上に問題なのは、二人でナイフを咥えるというところだ。
それはつまり、今避けている『真正面での近距離顔見せ』をせざるを得ないという事と、ナイフの形状にもよるが、口と口がすれすれまで近づくことになる。
「め、メル、棄権しよう、な。ちょっと俺たちには無理だよ」
「ダメです。やります。あの二人はやり遂げたんですよ? 私だけできないなんてそんなの許されません」
「でもさ、口が。嫌だろ?」
「嫌なんですか? 先生は。私とするの。私はかまいませんよ」
「えっ!? いやじゃないのか?」
「私はいいって言ってます。先生はどうなんですか? 先生が嫌ならやめておきます。先生に嫌われたくはありませんので」
【貢ぐ者】の事を考えれば、ここは嫌だと否定すべきだろう。
でも、俺が嫌だと言ってしまえば、メルの心は傷ついてしまうかもしれない。
「でもほら、スキルが……」
俺は小声でメルに呼びかける。メルは【貢ぐ者】の事を知っている唯一の人物だ。
だったら危険も承知だろうに。
「知っています。それを踏まえたうえで、私はOKを出しているんですよ。恥をかかせないでください」
「わ、分かった……。こんなことになってすまない」
「そんなに申し訳なさそうな顔をしないでください。心が痛みます。先生には、わーい、若いぴちぴちの教え子と、あわよくばちゅーできるぞ、という喜びようを見せて欲しいですね」
無茶を言う。そんなの顔に出していたら教師として失格、むしろ犯罪者じゃないか。
「相談は終わったかしら? じゃあナイフを咥えなさい」
いつの間にか台の上に上がっていた母上が大きめのナイフを持っている。
大きめでよかった。これなら二人の間に隙間ができて、口が接触する事故も減らせるはずだ。
正面を向いて、二人してナイフを咥える。俺はメルの真正面で咥えないように、少し首をずらして少し前側を咥えた。
それが良くなかった。
「それじゃあ行きなさい!」
そのまま母上に台から押し出された。
落下の力が天井から斜めに伸びたロープに伝わり、体に遠心力がかかる。
声を出して驚きたいものの、そうすると口に咥えたナイフを落としてしまう。
そんな事を考えているうちに、みるみるケーキが近づいてくる。
メルにアイコンタクトを送り、タイミングを合わせて
「んっんんんーん!」
いっせーのーで、とかけ声をしたつもり。
そして、二人して首を振って、ナイフをケーキに向かって射出する!
――カラン、カランカラン
だが、ナイフは目標を外れ、地面に落下した。
つまりは俺たちは儀式に失敗したのだ……。
「す、すまんメル。俺がもっとうまくやってれば」
「いえ、私こそ。ちゃんとかけ声とか決めておけばよかったです……」
重苦しい空気が流れる。
前の二人は成功してきた。でもメルは失敗してしまった。これがクラスの雰囲気に影響を与えてしまうのではないかと、悪い考えが頭をよぎる。
「さあ、どんどん行くわよ。ほら、二人とも、次の準備をしますよ」
「えっ!?」
1回キリじゃないの?
「何よ変な声だして。チャレンジは無限回よ。むしろ成功するまで終わらないわよ?」
「先生!」
「ああ!」
俺とメルは顔を見合わせた。
――ピロン
『メル・ドワドにスキル【アースシェイク】を貢ぎました』
メルの笑顔は素敵だ。
裏表があるものの、それを隠しきれていないため、おおよそ素で感情を表現してくれる。
素朴だと言い換えてもいい。
妹がいたらこんな感じなんだろうな。
などといらないことを考えてしまったことを反省して、しっかりと作戦を練る。
主にタイミングの合わせ方だ。
いっせーのーで、の「で」でタイミングを合わせて射出する。そう決まったものの――
「失敗」
二人のタイミングを合わせるというのは簡単ではなく
「残念、もう一度」
何度も何度も失敗を重ねてしまう。
「22回目の挑戦よ。そろそろ観客も飽きてきたから、決めて頂戴な」
あれからたくさんの失敗を重ねた。
俺はまだ大丈夫だが、メルには疲労の色が見える。高いところからつられて振り子運動させられるのだ。疲れるに決まっている。
「メル、大丈夫か?」
「大丈夫です、先生と一緒なら頑張れますから」
口では言えるが、もう何回も投げれるわけではないことは明らかだ。
「スタート!」
俺たちは22回目の振り子運動に入る。
これまでと同じく遠心力がかかり、溶けかけの生クリームのケーキが近づいてくる。
行くぞメル。気合を入れろ! これで決めるぞ!
アイコンタクトをする。疲れているメルも力強く返してくれる。
「んっんんんー」
かけ声を始める
「ん!」
何度も何度も放ってきたタイミング。
そこでお互いが首を振り、ナイフが射出される。
これまでは僅かにずれていた感覚が、今は完全に一致した。
これなら!
ナイフは直進し、ケーキに向かって吸い込まれていく。
――トスッ
と音がした気がした。
俺たちの放ったナイフは見事にケーキへと命中したのだ。
「やったぞメル!」
「やりましたね先生!」
――むちゅっ
うかつだった。
メルの方を向いた俺。そして、メルも俺の方を向いた。
喜びのあまり、お互いの近さを忘れていた二人の唇が触れ合ったのだ。
――ピロン
『メル・ドワドにスキル【読心の基礎】を貢ぎました』
お互いすぐに顔を離したものの、その感触は残っているわけで。
無言のままロープがほどかれて、そして第3の儀式も終わったのだった。
◆◆◆
夕暮れ時。
3人が屋敷を後にするので、父上と母上、そして俺でお見送りをする。
「ナオの教え子と言うからどんな子たちかと思っていたけれど、予想以上だったわよ3人とも。クランク家の儀式も乗り越えるだなんて、素敵だったわ」
俺の評価低いな。
でもまあ、彼女たちの事を分かってもらえてよかったよ。
彼女たちもまんざらではなかったようだし、名残を惜しんでいるようだ。
「やはりナオを学園に行かせて良かったな。3人に加えて、同僚のカリーナ先生も来てくれたしな」
「えっ、父上、カリーナ先生が来たって本当ですか? 聞いてないですけど」
「ああ、言ってないからな。先日、カリーナ先生がやってきて、同じように儀式を乗り越えていったよ。その時は一人用の儀式だったけど、10個ほど乗り越えたから文句はない。いつ嫁いでくれても問題ない」
その発言に何故か3人が色めき立った。
「あなた方も女を磨きなさい。カリーナ先生は手ごわいわよ」
そんな騒がしい中、さらに母上が発破をかけていた。
三人も結婚を夢見る女の子なんだ。そこに注がれた油。
明日からの授業が大変そうだ……。
お読みいただきありがとうございます!
これで第5章は終わりとなります。
いかがでしたでしょうか。生徒二人の家庭訪問かと思いきや、ナオの家庭訪問がはじまりーの、家庭訪問だと思ったらイチャラブ試練がはじまりーの。
面白かった! 続きが読みたい! 応援してる! という方はぜひ応援ポイントとブックマークとをよろしくお願いいたします。
作者はとても喜びます。
さて次回から新章となります。
第6章 メル・ドワド
何を意味するか分かりますね? 次回もお楽しみに!




