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045 酒宴の後、ベッドで。

「シャワーありがとう。助かったよ……」


 カリーナ先生が脱衣所から戻ってくる。

 ここは学園内の俺の部屋。


 あの後、落ち着いたカリーナ先生を着替えさせなくてはならなかったのだが、都合が悪いことに先生のロッカーにおいている着替えは洗濯中で、代わりに着るものは全く無かった。

 そこでサイズはあわないが俺の着替えを貸すことになり、濡れたまま着るわけにもいかないため、シャワーをお貸ししたというわけだ。


「カリーナ先生、コーヒー飲みますか? シャワーでは体の芯まであったまっていないかもしれませんからね。8月とはいえ油断は禁物です」


「ん。いただくよ」


「安物ですが、どうぞ」


 俺は小さな丸テーブルにコーヒーを二つ置く。

 そして片方を手に取ると、味見のためにごくりと喉に流し込む。


 カリーナ先生も椅子に座るとカップを手に取り、ふーふーしてから口に付けた。


 さて、今の俺はひどく落ち着いている。

 手を伸ばせば届く距離に、学園内の憧れ女性ナンバーワンのカリーナ先生がいて、シャワー上がりで僅かに湿った銀色の髪が艶やかに輝いていて、サイズの合わない俺のシャツを着ていて、頬をすこしだけ赤らめているとは言え、だ。


 いつもの俺なら【貢ぐ者】の効果に怯えて、過剰な反応をして距離を取るところだ。でも今は【貢ぐ者】はない。とはいえ、そんなに心構えがすぐ変わるわけでもなく、怯えちらしていることに変わりはないはずなのだが……だけど今は違う。


 冷静じゃない人を見ると、自分は冷静になるという現象。まさにそれだ。


 だから、カリーナ先生にコーヒーを出すという大人な行動もとれているのだ。


「クランク先生は優しいね……」


「まあ、その、あははは」


 会話力は変わらないままだけどな!


「普通はここまでしないよ。婚約者に愛想をつかされて、酒に悪酔いした、どう見ても厄介ごとしかもってこないような人の世話なんて……」


「びっくりしたのは確かですけど、放っておく選択肢はありませんよ」


「君らしいと言えば君らしいのかな。それにしても迂闊だとは思わないのかい?」


「どういうことですか?」


「仮にも婚約者のいた女性を自室に招き入れて、シャワーを浴びさせて、二人きり。こんな事が知れたらどうなるかな」


「そ、それは、カリーナ先生が着替えが無いって言うからですし!」


「知ってるよ。でも、着替えだけなら、渡してくれたら更衣室で着替えたんだけどね」


「そ、そう言われるとその通りです!」


「つまり、そういう事だと考えていいのかい?」


 すっと体を横に寄せてくるカリーナ先生。


「そ、そういうこと!?」


「悪い男だな。女の口からそれを言わせるの?」


「えっ、えっ!?」


 ぴったりと真横につかれる。そしてその手が俺の腕をなぞるように指を滑らせていく。


「わ、た、し、を、だ、き、た、い、ん、で、しょ?」


 俺は身震いした。

 耳元で、エッチな声で囁かれた。

 きゅっと、俺の手がカリーナ先生の手に掴まれる。


「ち、違います! そんなやましいこと考えてませんから!」


「ほんとうに? 私、クランク先生なら、いいのよ?」


 再び耳への攻撃が来た瞬間、俺はガタリと立ち上がるとカリーナ先生から距離をとった。


「どうして逃げるの?」


 逃げ腰の俺をゆっくりと追ってくるカリーナ先生。

 よくわからないが、目が怪しい光を湛えている。


「どうしてって、俺はそんなつもりじゃ……っ!」


 後ずさりながら距離を取っていたら、膝をベッドにとられて、ドサリと後ろ向きにベッドに倒れ込んでしまった。


 その隙を逃すまいと、俺の上に覆いかぶさるようにベッドに手をついてくるカリーナ先生。

 俺の服のままだったら絶対に圧力がかからないような部分、胸が重力に引っ張られてシャツが張っている。


「お互い子供じゃないんだから、楽しみましょ」


「だめですって! 俺は経験ないですし、先生だってそうなんでしょ。お互い子供なんですから」


「やっぱり、私、魅力無いの? だから浮気されるの?」


「そ、そんな事ありません! カリーナ先生は魅力的ですよ。綺麗な銀色の髪の毛も、凛々しい目も、つややかな唇も、大きな胸も、肉付きのいい太ももも、全部素敵ですから! だから浮気したやつが悪いんです!」


「じゃあ、抱いて」


 俺の腹の上に柔らかいものの感触を感じる。それは重さを兼ね備えた胸の重み。


「できません! 今のカリーナ先生は冷静じゃない。婚約者の事もあるし、アルコールも残ってる。だからそんな事できません!」


「優しいのね。でも、本当に嫌なら、力づくで退ければいいんじゃない? クランク先生の力なら簡単なことよね」


 確かにその通りなんだが……、そうすると余計にカリーナ先生が傷つきそうで……。


「さぁ……」


 ゆっくりと近づいてくるカリーナ先生の顔。

 見つめられるだけで心臓がどきどきするのに、この距離での美顔。

 ぷっくりとした唇がいやらしくて、避けなくてはならないのに、受け入れたと思われてはいけないのに、脳は拒否しろと指令を出しているのに……体がそれを受け入れてしまっている。


 ――ピロン


 『カリーナ・シェコワにスキル【回転耐性(弱)】を貢ぎました』


 えっ!?


 貢いだ? 今、スキルを貢いだのか!?


 すぐさまカリーナ先生のスキルを確認する。


 『カリーナ・シェコワ所持スキル:【基本国法】、【基礎運動能力(疾駆)】、【正しい心】、【指導の心得】、【警護(緊急防衛)】、【暗算】、【初期消火】、【王国史】、【爆発物知識】、【決断力(判断力)】、【達筆】、【子供好き】、【棍棒術】、【水魔術】、【霧作成】、【無音歩】、【重圧】、【粉末測定】、【海辺の岩石知識】、【風読み】、【紐巻き】、【回転耐性(弱)】』


 消えてる! 【貢ぐ者】が消えてる!

 そして、【自己スキル確認】で俺の中に【貢ぐ者】が戻ってきていることも確認できた!


 ――チュッ


 えっ!?


 音を立てた赤い唇が俺の唇から離れて行く。


「キス、してしまったね。初めてだったかい? そうだと嬉しいな。私は初めてだったからね」


 ぬああああああああああああああああああああああああああ! 奪われた? 俺の初キッス奪われたの? いや、別に大切にとっておいたわけじゃないし、してみたいと思ってたのは思ってたけど、今、終わったの!? 【貢ぐ者】に気を取られていたから、全然なにも覚えていないんだけど!?


 って、そうじゃない! 腑抜けるな!

 俺はいつも通りに戻ったんだ。


 この距離、この雰囲気、死の感覚が(よみがえ)ってくる!

 思い出せ、これまでの事を。忘れろ、この数日間の事を!


「【麻痺のツボ】っ!」


 俺は未だに上にいるカリーナ先生の肩を指で突く。


「なっ! ちからが入らない……」


 たった一突きで一時的に体を痺れさせて無力化するスキルだ。もはや四の五の言ってられなくなった。

 つっぱった腕で体を支えていたカリーナ先生だったが、力が抜けて体を支えられなくなり、俺の体の上へと落ちてきた。


 それを甘んじて一度体で受けて、いなすようにベッドの横にごろりと転がす。


「すみませんカリーナ先生。数時間もしたら痺れは消えて動けるようになるはずです。俺は外に出て宿に泊まってきます。朝になったら家に戻ってください」


 カリーナ先生の方を見ずに、俺はそれだけ伝えると、服を着て部屋を後にした。


 ◆◆◆


 一晩の宿を借りて、寝ころんだベッドの上で俺は今日の出来事を振り返る。

 はたしてあれでよかったのか。それとももっと良い方法があったのではないか。

 力づくで拒否したことで、カリーナ先生を傷つけてしまったかもしれない。


 ぐるぐると思考は回って出口は見えない。


「でも、【貢ぐ者】は戻ってきたんだ……。それだけは正しかったに違いない」


 とはいえ、結局俺のせいでカリーナ先生の人生を狂わせてしまったことになる。

 【貢ぐ者】が移動しなければ、婚約破棄することも無かったし、カリーナ先生の教員能力も下がることは無かったはずだ。


 その償いはしなくてはならない。


「でも、どうやって……」


 答えの出ない問に、俺の意識はいつのまにか闇に沈んで行った。


 ◆◆◆


「よし、授業は終わりだ。昼からは武芸だぞ。ちゃんと着替えておけよ」


 俺は午前中の授業を終わる。


 朝、部屋に戻ったらカリーナ先生はもういなかった。

 ちゃんと家に帰ってくれたようだ。

 どんな顔をして会えばいいのか分からないから職員室には行っていない。ちゃんと出勤してるだろうか……。


「クランク先生、ごはんおごってください」


 メルが唐突に提案してきた。


「仕方ないなぁ。今日だけだぞ」


 恋愛マスターメルのおかげで事なきを得たのだ。これくらいは仕方があるまい。


「……先生、私も。……今日はお弁当忘れたから……」


「えっ?」


「ならわたくしにもおごってくださる? たまには庶民の食べるものを食べてみようかしら」


「えっ!?」


 なぜかアゼートとリクセリアからも昼飯をたかられてしまった。


「だ、駄目ですよ。先生は私とランチするんですから」


「……順番にランチすると非効率。……一緒にする……」


「メルさんは、わたくしの特別室の食堂にご招待しますわ。かわりにクランク先生はわたくしをエスコートしてもらおうかしら」


 なんだか、やいのやいの言い出したぞ。

 それよりも、なんで俺が全員に奢ることになってるんだ?


 ――コンコン


 ドアがノックされた音。


「やあ、クランク先生。借りていたシャツを返しにきたよ」


「かっ、カリーナ先生っ!?」


 そこに現れたのはカリーナ先生。

 なんの躊躇いもない自信に満ち溢れた姿のカリーナ先生がそこに居たのだ。

 俺を見るなりウィンクしてくるおまけ付きで。


「借りていたシャツ? クランク先生、どういうことなんですの?」


 リクセリアに睨みつけられる。

 グロリア王国の至宝に睨まれるなんてご褒美か?


「あぁ、昨日クランク先生の部屋でシャワーを借りてね。その時に一緒に借りたものさ。

 あ、きちんと洗濯はしたよ。もしかして洗濯しない方がよかったかい、クランク先生?」


 ああああ、なんていう爆弾を投げ込んでくるんだ!


「先生!」

「……先生……」

「クランク先生!」


 怒り顔で詰め寄ってくる3人。

 これはやばい、逃げなくては確実にスキルを貢いでしまう!


「誤解だ! 昼からは自習! 俺は出張に行ってくる!」


 そう言って、窓から教室を出て……俺は行方をくらましたのだった。


 でもカリーナ先生が元気そうでよかった。

 それに、もう俺には構ってこないかと思ったから、そこは嬉しい。


 そして明日の俺よ、後の事はよろしくな!!

お読みいただきありがとうございます。

これで第4章は完結となります。

今回もいろいろありましたね。

飲み屋で貢ぐ者を貢いでしまったり、惚れさせようとしたけどムリゲーだったり、媚薬を買おうとしたところを見つかったり、とうとう生徒に貢ぐ者の存在がバレたり。

大人なカリーナ先生のアタックは教え子たちとは違って直線的でした。

この後、台風の目になるのかどうか!


面白かった! 続きが読みたい! 応援してる! という方はぜひ応援ポイントとブックマークとをよろしくお願いいたします。

作者はとても喜びます。


次回、第5章はとある学園のイベントが行われます。

お楽しみに!

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