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044 大人たちの酒の席

 今日もまたメルの恋愛マスター講座を受けた後、明日の準備をして、夜ご飯を食べて……そしてゆっくりしようかなという時間になったので、いつものとおり職員室を覗きに行く。


 おそらくカリーナ先生はまた残業をしているはずだ。

 俺も授業があるので、カリーナ先生の普段の授業の様子を見ることはできないが、毎日そんなにどこから湧いてくるのかと思うくらい仕事の量がある。

 きっと通常スペックのカリーナ先生ならものともせずこなしていた量なんだろう。

 そうなってくると学園長もノーマル教師のスペックに仕事を合わせてあげればいいのに、なんて思うが、理不尽な雇われ人であることを思うと文句を言うこともできない。


 廊下を歩いていると案の定、職員室から光が漏れている。

 連日と変わりなくカリーナ先生が一人残業をしているのだと思って扉に手をかけて開いたが……それは間違いだと気づかされることになった。


「うわっ、酒臭い!」


 職員室に入った瞬間、香るはずのないアルコールの匂いが鼻に入ってきたのだ。

 いつもならカリーナ先生の香水(パワーダウンしているけど)の匂いがするから、俺は無意識のうちに息をしたのだろうが、そうではなくて代わりに鼻につーんとくる匂いが抜けていった。


 辺りを見渡して原因を探る。

 原因の追究はそれほど難易度が高くはなかった。

 なぜなら、俺が様子を見に来た人、つまりカリーナ先生が酒樽に口をつけて豪快に喉へと酒を流し込んでいたからだ。


「か、カリーナ先生、いったいどういうことですか!?」


 職員室は飲酒は禁止されている。それを知らないはずはないのに。

 カリーナ先生の机へと近づくと、さらなる惨状が明らかになった。


「ひっく、男なんてなぁ、ひっく、ばかやろー」


 辺りに転がる酒樽。酒樽と言っても、片手で持つことができるほどの小さめのタルだ。それが何個もカリーナ先生の足元に落ちている。数からして相当前から飲んでいるようだ。

 それも、カリーナ先生が前に飲んでいた、アルコール度数の高いアリュバータだぞ。


「ちょっと、カリーナ先生、どうしたんですか」


 机に突っ伏して独り言を言っていたカリーナ先生に再び呼びかける。


「なんら、くらんくせんせいじゃぁないか」


 顔を上げたカリーナ先生の顔は赤く、相当酒が回っている様子が見て取れる。

 挙句、目も赤くはれており、水滴が頬にとどまっている部分もある。


「なんだ、じゃなくて、いったいどういうことなんですか。なんで酒なんか飲んでるんですか」


「きいちゃうの? それきいちゃうの? あまりにかなしーおはなしを、きいちゃう?」


 うおあ、完全に出来上がった酔っ払いだ。

 大変そうだが、とりあえず理由を聞いておかなければならない。


「きいちゃいますから、とりあえず酒を置いてください」


「ら、らめ! おさけ、わたさない!」


 これ以上飲まないように、手に持った酒樽を奪い取ろうとしたら激しい抵抗にあった。

 酔っているからなのか、すごく力が強くて、絶対に酒を離さないぞという意思が伝わってくる。


「わ、わかりました。もう取りませんから、訳を教えてください」


「わけぇ?」


「そうです、なんでお酒を飲んでるんですか」


「なんれって、りすとんが、うわきしてたんら! これがのまずにいられるかー」


「りすとん? もしかして婚約者の方ですか?」


「はぁ? りすとんはもうこんやくしゃじゃーないから!」


「えっと?」


「おきゃくをくどいてまろわせて、らぶやどでねたって。さいてーなやつらよ!」


「カリーナ先生という婚約者がいながら浮気してたっていうことですか?」


「そう! わたしはらまされてたの! あんなおとこらとはおもわなかった! ういー」


 酒樽に直接口をつけて、酒を豪快に飲むカリーナ先生。


「ちょ、ちょっと、先生、飲みすぎですよ……」


「これがのまずいいられるかー。あんなにわらしのころしゅきっていっておきながらぁ、うられはうわきしてらなんて、ばかやろー! それをといつめたら、ぎゃくにひらきなおって、あらしがいつまれもけっこんしようとしないかららって!」


 完全に痴情のもつれだこれ。


「あらし、あたまにきて、こんやくはきしてやったんら。あいつ、こっちこそねがいさげらっていったんらよ。ろうせおとこのことあくせさりーかなんからとおもってんらろって、ひどいこといわれるし。おとこなんて、おとこなんて、うわーん」


 さめざめと泣き始めた……。

 でも大体の事情は分かった。

 婚約者が浮気して、それを咎めたら言い訳されて、婚約破棄に至ったのだ。

 それがショックで酒を買って来たんだろうなぁ。


 とりあえずは介抱しなくては。

 こんなべろんべろんのまま放置しておく訳には行かない。


「カリーナ先生、とりあえずお酒を置いてください。飲みすぎですよ。これ、お水ですからこれ飲んで、ちょっと落ち着きましょう」


 俺はカリーナ先生がいつも使っている私物のコップに【アクアクリエイト】のスキルで水を作り出して注いだ。


「おみず……。ありがろう」


 コップを受け取ると、猫がするように水をぴちゃぴちゃと舌で舐め取りだした。

 なんかすごくかわいい生き物に見える! 酒臭くさえなければ!


 などと思っていると、じれったくなったのか、ぐいっとあおるようにコップを持ち上げたカリーナ先生。


 残念なことに、アクションに意識が追い付いていないのか、口に飲み込まれるはずの水を、ぶばーっと、顔へ浴びてしまった!


「つべたい」


 水は服まで達していて、びしょ濡れになってしまったカリーナ先生。

 8月とはいえ、このままだと風邪をひいてしまうかもしれない。


「カリーナ先生、これで拭いてください」


 俺は急いでハンカチを取り出し、カリーナ先生に渡そうとするが……そこで気づいてしまったのだ。

 服が透けてる! という事に。


 8月であり元々薄手の生地のワイシャツを着ていたみたいで、それが水で濡れて下着が透けて見えている!

 もちろんマジマジと見るのは失礼にあたるので良く見た訳ではないけど、黒い色のブラジャーがっ!


「ふいてちょーらい」


 何を言い出すのか。

 あまりに酒を飲みすぎて幼児退行してしまったのか?

 濡れた部分を早く拭けと言わんばかりに、両手を横に広げたのだ。


「だ、だめです、自分で拭いてください!」


 俺は慌てて目を逸らすが、ふっくらとした胸が詰め込まれた黒色のブラジャーの漆黒が目に焼き付いてしまった。


「はーい」


 えっ? なんか、腕を掴まれた? 引っ張ってどうするっていうの?


 ふよん


 そう言い現わすのが正しいだろう。そういった感覚が反動として俺の手に返ってきたのだ。

 脳内では理解しようとしているが、思考が追いつかない。

 そして追いつかない部分を補うために、反射的にそれを見ようとしたのだ。


 俺の想像は間違いなかった。


 引っ張られた手、つまりハンカチを持った手ごとカリーナ先生に掴まれて、そのまま濡れた服を拭かされていたのだ。


 俺はバッと手を引いた。


「あああ、なんれはんかち、いっちゃうの」


「なんで、じゃありません! 何を考えてるんですか!」


「ふいてもらおうとおもって。もう、いい。きがえるからいい」


 そういうと、手をシャツのボタンに向けたのだ。


「ちょ、ちょっと待って! だめ、それはだめ! なんで脱ごうとしてるんですか!」


「らってちべたいから」


 ええい、この酔っ払いが!

 これ以上はらちがあかない。


 最初からこうすればよかった!


「【アルコール分解】」


 俺はカリーナ先生の額に指を当てて、解毒スキルの一種【アルコール分解】を使う。

 基礎解毒スキルであるため効果は弱く時間もかかる。それに本当はべったりと手の平を相手の体に着けて行うスキルなんだが、許可なく女性に触れるのはためらわれたため、指先だけ。


「なんらぁ、気持ちいい」


 カリーナ先生は俺の指を受け入れて、目を瞑ってしまった。

 このままおとなしく解毒されておいてくれよ?


 しばらく解毒をしていると、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。

 目を瞑っているうちに寝てしまったのだろう。


 椅子から転げ落ちると大変なので、どこかに寝かせておきたいんだけど……、そんなに都合よく寝る場所なんかない。

 職員室の外なら長椅子があるんだけど、この格好で外に寝かせておくのも危ない。


「カリーナ先生、移動しますからね、触りますよ」


 寝ていて返事はないだろうが、一応断っておく。

 俺はカリーナ先生を移動させるために、その姿を見ざるを得なかったのだが……その美しさに、ごくりと唾をのんだ。


 流れるような銀色の髪は、かいた汗のせいで、いくらか肌に引っ付いている。

 先ほどまで酒を飲んでいた唇は閉じられていて、瞑った目と相まって艶めかしい色気を放っている。

 濡れたシャツの下は言わずもがな黒色のブラジャーが透けていて、子供はもちろんのこと、大人も見てはいけない代物だ。


 無論寝ているからといってジロジロと見てよいものではない。

 俺はすぐに視線を外すと、椅子にもたれたカリーナ先生の背中とひざ下に腕を入れて、ぐいっと持ち上げる。

 成人女性とはいえ、鍛えた武芸教師である俺にかかれば軽いものだ。

 なるべく体の感触を頭から追い払うようにして、立ち上がって歩を進め、打ち合わせ用のデスクの上に寝かせる。


 服が濡れたままなので早く着替えさせなくてはならないが、少しだけここにいてもらうことになる。

 8月で暑いとはいえ、俺は念のため横たわったカリーナ先生の上に俺の上着をかけておく。


 さーて、誰かに見つかる前に酒盛りの痕跡を消さないとな!


 全ての窓を全開にしてから、散乱した酒樽を集めて袋に詰め、水をこぼした床の上を拭きとる。

 文字にすると簡単だが、実際やるのはそれなりに時間がかかる。


 俺が袋の口を閉めるころ、カリーナ先生が目を覚ました。


「えっ、えっ?」


「起きましたか。まだアルコールは残ってると思いますので、無理はしないほうがいいですよ。着替えは持ってますか?」


 閉じ終えた袋をガシャリと壁側に置き、カリーナ先生の方をちらりと見る。

 俺の言葉が聞こえているのかどうか、上半身だけ起こした状態で俺がかけた上着をじっと見て固まっている。


「っ~~~~~~~!」


 そして突然声にならない声を上げて、俺の上着の中に顔を隠してしまった。


「カリーナ先生?」


「合わせる顔が無い、しばらく放っておいてくれ」


「いや、でも、着替えないと……」


「あーあーあー、聞こえない。クランク先生の声なんか聞こえない!」


 しばらくやり取りを続けたが、取り付く島もななく、ずっとこんな調子が続いた。

お読みいただきありがとうございます。

VSよっぱらい! 幼児退行したかりーなちゃんかわいい。

と思ってもらえればよいのですが、体は大人、頭脳は子供。その名は。

次回もお楽しみに!

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