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043 メルの策

 職員室で酒におぼれているカリーナをナオが見てしまった数日前の事。

 夕暮れの王都を一人歩くメル・ドワドの姿があった。


 学園の制服を着たままの彼女は手に映写機を持っている。

 写真を撮ることを生業としている職業映写人ならそれを持ち歩こうものだが、そうではない人は早々持ち歩くことのないものであり、珍しい姿であるといえる。

 しかしながら人通りの多い通りでは、誰が何をもっているのかを気に留めている人はほとんどいない。

 結果、人の流れは彼女の存在をそれほど目立たせずにいるのだ。


「案外簡単でしたね……」


 人ごみの中でメルは独り言ちる。

 多くの人が行きかう通りの中、メルの視線は並んで歩く一組の男女に向けられている。


 20代くらいの眼鏡をかけた背丈の低いスーツ姿の男性と、その隣にいる10代後半くらいの若い女性。男と親し気に話す女性は彼と同じくらいの身長で、スーツ姿の彼と対照的に、可愛らしい私服を着ている。男は女性の腰に手を回し、エスコートするかのように軽快に歩を進めている。


 兄妹というようには見えない。

 明らかに恋人の装いだ。


 (ディストン・クロウ。王立裁判所の若き検事。王国法のすべてを熟知したエリートであり、そして、カリーナ・シェコワ先生の婚約者……)


 目の前を歩く男性の素性を思い浮かべるメル。

 メルは距離を取りながら二人の後を追いかけているのだ。


 なぜそんなことをしているのか。それはメルがナオに授けた恋愛指南による。


 ナオのハンドマッサージで腰砕けになったあの日、メルは「もう一つ仕掛けを用意する」と言った。


 (カリーナ先生の心を強く掴む婚約者の存在。それがある限り、ナオ先生がいくら素敵だったとしてもカリーナ先生の心はなびかない。じゃあ、その存在が揺らいだとしたら? 婚約者への愛が揺らぐようなことがあれば……。カリーナ先生はどうなるんでしょうねぇ)


 メルの授けた恋愛指南。それはナオの頑張りとメルの策の二本の矢で構成されている。

 そのうちの一本の矢。婚約者の不貞を突き付けるためにメルは行動しているのだ。


 (あのカリーナ先生とお付き合いするほどのお堅い検事。相当にまじめで穴も無いはずだったんですけどねぇ)


 二人の足の向く先は宿屋街。愛し合う男女が人知れず夜の営みを行うための宿、通称ラブ宿が多数構えられている場所だ。


 案の定、二人はその中の一つへ消えていった。


「さて、あとは待つだけですね」


 メルが狙うのはラブ宿から出てくる二人を激写することだ。

 古今東西あらゆるスクープはラブ宿から出てきた写真が証拠とされている。由緒正しい不倫の暴き方なのだ。


 おあつらえ向きの激写スポットに身を隠すメル。

 ラブ宿に似つかわしくない制服姿のメルは人に見られれば悪目立ちしてしまう。

 だが大通りに比べてさすがに人通りは少なく、情事を行う場所であるため死角が多く存在していることが彼女の姿を隠すのに功を奏している。


 (最初は体を張って『女子生徒とラブ宿に入るエリート検事』の写真を撮る予定だったんですけどねぇ)


 事前の調査ではカリーナ一筋のディストンに付け入る隙はなく、メル自身が浮気相手に見えるような写真を無理やり撮る想定だった。


 だが、詳細な調査を行うにつれて、ここ最近怪しい行動をとるようになったとの情報を掴んだのだ。


 メルは知らないが、それはカリーナからディストンにいくつかのスキルが貢がれた後の事。


 (相手の女性はディストン検事のクライアントだってことは突き止めてますよ。お客さんと関係を持つなんて、職業意識のかけらもないクズですね)


 相手の女性は日ごろからディストンに法律相談をしていた客。婚約者のいる彼としては歯牙にもかけない相手のはずだったが、彼は変わってしまった。


 自身の誕生日の前日。仕事の都合で前日にカリーナとの誕生日デートを行って……そして次の日。彼はこの一年間で自分が会得したスキルの情報を知ることになった。

 そこには前日にカリーナから貢がれた様々なスキルが含まれていた。

 【ファッションセンス】や【後光】だけではなく、【フェロモン】や【幻惑術】、【誘導話術】を取得していることに気づいた彼は、己の内に秘めていた欲望を密かに解放したのだ。


 そこまでの詳しい事情はつかんでいないものの、メルは彼が客をたぶらかした事は知っている。


 (体を許さない婚約者が相手だったら、こうなってしまうんですかねぇ)


 ディストンとカリーナは婚約しているものの、カリーナがまだ教師を続けたいがため、結婚に待ったをかけている状態だ。

 それに加えてキスやハグも行わない完全に清い関係を求められていて、それでもディストンはカリーナと結婚するまではと我慢を重ねていた。


 カリーナが素敵な女性であることが逆に彼の我慢に拍車をかけているのは明白であり、会うたびに生殺しとなるわけだが、法の守護者のプライドもあって、なんとかそれを押さえていた。

 いつ崩れるかという軟弱な蓋が、圧倒的なスキルの力という要因に負けて壊れてしまったのは宿命だったのかもしれない。


 そしてその結果が今。二人でラブ宿でしけこんでいる状況だ。


「はぁ……」


 ため息を一つ。

 つまらない仕事だがナオのためなら仕方がない。

 まったくの脈なしの状態から逆転させるとなると、こんな大技を使うしかない。


 (脈なしね……。どの口が言うんだか……)


 メルは自分の手の平を開いてまじまじと見る。

 つい先日ナオのローションハンドマッサージでぬめぬめにされたところだ。

 ナオの言うとおり、肌はすべすべになっており、血のめぐりも良い。


 (なんの躊躇(ためら)いもなかったよね……)


 男性が女性の手を触るとなると、なんらかの戸惑いが発生するはずなのだ。

 でもナオはノータイムでメルの手を取って、ハンドマッサージを始めた。

 つまり、メルは()()()()()()()()()()のだと感じているのだ。


 (ナオ先生のバカ……。お人よし。そんな危険なスキルのこと誰にも言わずに放っておいたらいいのに……。

  ……()()()から変わってないんですね……)


 ただ待つだけのため、脳の思考は加速し、ぐるぐると渦を巻いていく。


 そうして待つこと一時間ほど。


 ラブ宿の入口から出てきたディストンと女性の姿を映写機に収めていくメル。

 その痴情を撮られているとも知らない二人はそのまま夜の街に消えていった。


「さて、材料はあつまりました。あとは種まきを……」


 その翌日。カリーナの机の上には怪文書が置かれていた。

 メルが撮った写真と、その解説が記されているものだ。


 そしてそれを手に取ったカリーナ。

 場面はナオが酒におぼれたカリーナを見つけたシーンへと移っていく。

お読みいただきありがとうございます。

今回のキーワード『ラブ宿』。らぶやど(らぶしゅくではありません

大人たちがえっちな事をするために泊まる宿のことですけど、18歳未満の人は気にしなくていいですよ。(このお話は全年齢対応です

次回もお楽しみに!

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