041 恋愛マスターの教え
「【貢ぐ者】に、カリーナ先生……。なるほど」
こうなったらもう隠し通すことはできなかった。
惚れ薬も手に入らずに、俺はもう手詰まりでもあった。
藁にもすがる思いもあって、メルにすべての事情を話したのだ。
「にわかには信じられませんが、でも、クランク先生のおっしゃる事です。嘘じゃないんでしょう。とすると、お話のとおり、カリーナ先生にクランク先生を好きになってもらう必要があるんですが……。今お聞きした話だと、まっっっっったく脈はありませんね」
ぐはっ、心に傷が……。
「じゃ、じゃあどうすれば……。時間だってそんなにない」
「時間? 先生は恋愛を舐めてるんですか? そもそも一発で恋仲になろうなんて、童貞の考えです。恋は一日にしてならず。童貞の先生は、恋愛マスターの私のいう事に従ってもらいますよ」
「あ、ああ」
「返事は「はい」か「イエス」だけですよ!」
「イエス、マム!」
なんて心強い助っ人なんだ。
「とにもかくにも恋愛は刷り込みから。先生はいままでどおり、カリーナ先生に毎日会いにいってください」
「わかった」
「ですが、それはただの下準備です。一つ、アクションを用意しましょう」
「アクション? どういうことだ?」
「異性との接触は相手を意識するのに効果的です。とはいえ、急激な接触は逆効果な上、へたをすれば訴えられます」
「じゃ、じゃあどうすれば」
「マッサージですよマッサージ。あ、エッチなやつじゃないですからね。軽微なスキンシップを可能にするマッサージ、それはハンドマッサージです!」
「ですがマム、いざハンドマッサージをやるとなると、しり込みしてしまいそうであります!」
「なるほど。じゃあ練習が必要ですね。はい」
手の平が差し出された。
メルの小さな手の平。女の子の手の平。
「私で練習しましょう。さあ、どうぞ」
その瞬間、スキル【緊急時感覚遅延】が発動する。
俺の感覚が引き延ばされ、命に係わる事項に対して通常よりも余裕を持った対応が可能となる。
メルは自分の手を差し出した。つまりそれは俺にマッサージをしろっていうことであって、【貢ぐ者】の存在を認識して以来、触ったことのない女の子の手を触るっていうことだ。心臓の鼓動がドクドクと早打ちし始める。もちろん感覚が引き延ばされているため総合的に速くなっている気がするだけで、今は一回一回が強く打っていることしかわからない。手から汗がにじみ出ている気がする。そんな手で触ったなら嫌がられるに違いない。そもそも俺はメルとは同年代ではない。そんな男の手が触れるだけで嫌悪感を抱かせてしまうに違いない。メルだって、かっこいい男子に手を触られるほうがいいにきまっている。俺のような大人に触られるのは思春期の女子にとって嫌なはずなのだ。でも、メルはこうやって手を貸してくれた。煮え切らない俺のために自らの手を使わせてくれるのだ。感謝しかない。その好意を無にするわけにはいかない!
ここまで僅か2秒程度。
俺は表情を消すと能面のように無表情となる。そしてスキル【表情筋固定】を使う。
これは次のスキルを使う前提条件だ。そのスキルとは【極集中】と【外界隔絶】。
その二つを使い、俺は極限まで集中力を高める。
そして、すっと両手を伸ばしてがっしりとメルの手を掴んだ。
「○△□!?」
そんな俺に驚きの表情を浮かべるメル。
なにか言ったかもしれないが今の俺には聞こえない。
手に意識を戻す。
ちっちゃい! それになんか柔らかいし、触ってると心臓がすごくうるさい。脈が速く打ちすぎて恥ずかしい! 俺の心臓の鼓動が手からメルに伝わってたりしないだろうな。
あっけなく片方の【極集中】の効果が切れてしまう。
臆するな! マッサージだ。
俺はまずメルの小さな右手を両手で持つ。4本の指をメルの手の甲にあてて、親指だけを手の平に残す。そうして、まずは優しく手の平全体を親指で押していく。柔らかな手の肉が俺の指を押し返してくるが、その反動をいなすようにして内側から外側へ、外側から内側へと親指を移動させて、表面の張りを取り除いていく。
「□□○○△!」
俺の意識の遠くの果てでメルの声が聞こえた気がする。まだまだだ、そんなもんじゃだめだ、と言っているに違いない。
手の平の次は指。メルの細い指を俺の手で包み込んで、一本ずつ、指の関節を意識しながら押していく。
小さい! 細い! 柔らかい!
やましい心と戦いながら、必死に指をマッサージしていく。
右手の指が終われば左手の指へ。丁寧に優しく、一本一本に感謝と真心を込めて。
そうしてなんとか両手の指を終えた。
「お、おわり、ですか?」
いつの間にか【外界隔絶】の効果が切れていた。
メルの目がいつもと違う。いつもは優しくキラキラした目をしているが、今はトロンとして、挑発的な目だ。きっと今は恋愛マスターとして振る舞っているのだろう。
今の言葉もまた、その程度では話にならないという意味に違いない。
「まだまだだ!」
俺はそこまで協力してくれるメルに全力を見せることを誓い、懐に入れてある細いガラス瓶を取り出す。
これは触媒だ。中には蒸留した純水が入っている。
それを手で握ると、スキル【ローション作成】を使う。
その名の通り、ぬるぬるでねちねちな液体であるローションを作成するスキルで、触媒である水はすぐに粘度をもった液体へと変化する。
「せ、せんせい、それは」
「ああ、心配しなくていい。ちょっと冷たくてぬるぬるするが、終わったあとは肌もすべすべになる」
俺は自分の手にローションを広げて、ねちねちと音をさせる。
これで準備は万端だ。いくぞ!
メルが引っ込めようとした手を、逃がすまいとつかみ取り、手の平全体へ俺の体温を伝えるかのようにローションを塗り込んでいく。
「んっ、んんっ!」
声を我慢しているな。別に出しても構わないんだが、俺の練習の邪魔にならないようにしてくれているのだろう。
ローションが小さな手全体に広がったら次は一本一本の指だ。
先ほどと同じように俺の手でメルの指を包み込むようにして、筒のようになった俺の手を上下に動かす。
俺の手の中でメルの指がにゅぷにゅぷと音を立てる。
「あっ、あっ、あっ!」
10本の指を終えるころにはメルも声を出してくれていた。
さあ、フィニッシュに移るぞ! メル、これが俺の秘奥義だ!
俺はメルの手の平に自分の手の平を当てる。メルの右手と俺の左手、メルの左手と俺の右手。そして5本の指の隙間に俺の指を滑り込ませる。
「せ、んせ、い」
いわゆる恋人つなぎ。そして!
俺は指を密着させたまま上下に手を動かす。
じゅぷじゅぷと合計20本の指が音を立てる。
じわじわと俺の手に快感のフィードバックが返り始める。【感覚平準化】の効果が弱まってきているのだ。このままではいけない!
俺はフィニッシュとばかりに動きをさらに早める。
「あっ、あっ、あっあっ、ああぁぁぁぁーっ!」
一際高い声を上げて、そこでメルがぐったりと力尽きた。
力の抜けきった手。ローションでぬめぬめになった手を、布で綺麗にふき取っていく。
どうだったのか答えを聞きたいが、ぐったりしているメルにそれを問うのもかわいそうだ。
それにこの様子を見れば満足してくれたと分かる。
「これなら、カリーナ先生にも気に入ってもらえそうだ」
自信がついたのか、口から言葉が出ていた。
だが慢心するのは時期尚早だ。
今だって練習だというのに、メルに心を動かされかけた。【貢ぐ者】を持っていたらとたんにスキルを貢いでいたレベルだと思う。
そんな不純な気持ちを持っていたら、大人であるカリーナ先生にはすぐに見破られるだろう。
「やっぱりもう一回練習しておいたほうが……。どうだろうかメル」
「はあっ、はあっ、だ、だいじょうぶ、だと、おもいますよ。はあっ、はあっ、それどころか、ちょっと、やりすぎ、です、はあっ、はあっ」
確かに。いきなりローションまで行くのは駄目だった。今は練習だから最後までやらせてくれたけど、実戦はそうではない。
「わかった。忠告ありがとう」
「はい。でも、安心、してください。もうひとつ、仕掛けを、用意しておきますから……」
「あ、ドワド君、大丈夫か!」
そうして、ふらふらとした足取りで部屋を出て行こうとするメル。スカートの股辺りを掴んで、不自然な歩き方をしている。
「だ、大丈夫。それでは先生、健闘を祈り、ます……」
そしてそのまま部屋を出て行った。
「ありがとう、メル……」
俺の事を嫌がらずに協力までしてくれたメルに感謝して、カリーナ先生から【貢ぐ者】を奪い返して見せることを誓ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
とうとう【貢ぐ者】の情報が洩れてしまいました。ナオが自分でお漏らししたのですが。
そうしてでも戦わないといけない恋愛という難敵!
次回、ナオはカリーナ先生に勝てるのか!(恋愛




