004 君には男色の疑惑がある その4
「勤務時間中だっていうのに学園を飛び出してしまった……」
特進クラスの教室では意図せぬ形で3人の女子生徒と邂逅してしまった。
幼いころに自分のスキルの正体を知ってからずっと、母を含めて女性から距離を置いていた。つまり俺には女性免疫が極端に少ない。少ないというかほぼ無いと言っていい。
そんな自分としては先ほどの出来事は息の根を止めるものと言っていい。実際に彼女たちにいくつものスキルを貢いでしまい、何もしなければ心臓が止まるまでまっしぐらだった。
「だから仕方がないとはいえ……これはクビもあり得るか……」
ただでさえ男色疑惑でクビに手がかかっているのだ。それに加えて問題なんて起こしたら……。
「ん、いつの間にか書店まで来ていたのか。そうだ、こうすればいい。俺は今、教材を探しているのだ。決してさぼっているのではない。そう、出張、出張だよ。ちょうど依頼していた本が届いたっていう連絡もあったしな」
独り言を言う痛い人だとは思われたくないが、自分を鼓舞し言い聞かせるためには口に出して言霊とするのも良い方法の一つ。
理由が出来上がったので、さっそく書店の中へと足を踏み入れる。
この書店は個人商店であるため一軒家ほどの広さしかない。だけどそんな狭い中にぎっしりと本棚に並んだ本たちがお出迎えしてくれる。
平日の昼間のため、それほど客はいない。
うちの国は識字率が高く、平民でも文字の読み書きができる人はたくさんいる。とはいえ、世間の出来事を記したニュースペーパーを読むなら記事屋が届けてくれるので、それ以外の文字好きターゲットとなるとこんなものだ。
いつもどおり店内をぐるりと一周しようかと思った矢先のこと。
「い、いつものオヤジじゃないぞ……」
店内の様子を見渡せるように設置されたカウンター。いつもなら中年オヤジの店主が居座っているのだが、今日はその場所に若い女の子がいるのだ。
「!!」
目が合いそうになったのでとっさに顔を逸らして、不審者よろしく店の外へと駆け出す。
「どういうことなんだ。これじゃあ本が買えないぞ。いや、落ち着け。ただ店員が女性に代わっただけだ。いつもどおりだ。いつもどおりでいい。店員が女性なのはこの店だけじゃない。そうだ。いつもどおり」
跳ねた心臓の動きを整えながら、冷静に頭を回していく。
そして意を決して、もう一度そーっと店内の様子をうかがう。
どうやら女性店員は俺の事は気にしていないようだ。他の客の会計を行っている。
でもそれは付属の情報であって、店内の様子をうかがった目的はそれではない。
「おっと、いたいた」
見つけたのは都合のよさそうな少年。
彼にお使いをしてもらうのが目的だ。
こっちこっち、と手招きして少年を呼び寄せる。
「なんだよ兄ちゃん、知らない人にはついて行ったらいけないんだぜ」
「そのとおりだ。だけど君と俺は今から仲間だ。君に特別なミッションを頼みたい。もちろん報酬は出すぞ」
「報酬! 本当かよ! やるやる!」
少年のチョロさに頭を抱えながらも、書籍の注文書と金を渡し……あの女性店員から見事に本を入手してくるとミッションが完了であることを説明する。
さらに、彼女が何者なのかを突き止めてくるよう追加ミッションを与えた。
「任せときなにーちゃん!」
元気のよい返事をしてミッションに向かう少年。頼んだぞ!
こっそりと様子を見守る俺。
よしよし、無事に書籍を手に入れたな。あとは追加ミッションだが。
「あのにーちゃん、ねーちゃんの事好きみたいだぜ」
「ぶーっ!」
な、何を言ってるんだあの子!
「なんか、ねえちゃんの名前? 聞いてくるように言われた」
ってー、違う、違うだろ! そう言うことが知りたいんじゃなくて、どうして店主のオヤジじゃないのかを聞き出して欲しいんだ。どこでミッション内容が食い違ったんだ?
すぐに手招きして少年を呼び寄せる。
ああもう、これじゃあ不審者丸出しじゃないか。店内のお客さんにも、女子店員に恋をしてるのに自分では声すらかけられないチキン野郎と認定されてしまう!
「なんだよ兄ちゃん、ミッションを中断するのか? 依頼者からの中断だから報酬はきちんともらうぜ?」
ちゃっかりしているが、大切なのはそこではない。
かくかくしかじかこれこれ、と詳細にミッションを説明する。
子供を懐柔する大人。そんな様子を不審に思ったのか、女子店員がこちらに向かって来た!
ちょ、ちょっと、それは困る!
何のためにこの少年を実行者として担ぎ出したのか。
そ、そんなことよりも女の子が! どうする? 逃げるか!?
「なんだ、不審者がいると思ったら、クランク様じゃねえか」
ふと、背中から声が聞こえてきたので振り返った俺。
おっ、おやじー!
現れたのは俺が渇望してやまない店主のオヤジ。
「お、オヤジ、ほら、あの子をまずカウンターに、お客さんがね」
焦った俺の要領を得ない説明に疑問符を浮かべながらも、オヤジは女性店員を遠ざけてくれて。
結局、彼女はオヤジの姪で、用事で店を留守にする間、店番をしてもらっていただけだったことが判明した。
「兄ちゃん、これでミッションコンプリートだな! これでスキル覚えるかな! 俺、明日誕生日なんだよね! 父ちゃんが言ってたんだ。依頼を成功させると覚えられるスキルがあるって」
「明日誕生日なのか。君が一年間頑張ってたんならきっと明日その結果がわかるさ」
そうか、誕生日か。自分の所持スキルが分かる唯一の日だからなぁ。一年間の頑張りが明確に文字になって分かるのは誕生日だけだ。
でもそれが分かるのは自分だけだから、対外的に証明するには他のめんどくさくて時間のかかる方法を取らなくてはならない。でもまあ、子供のころはそんなの必要ないしな。
「ほら、兄ちゃん、報酬くれよ。追加報酬もな!」
追加ミッションは成功したかどうか微妙だが、報酬をもらうことがスキル取得の条件でもあるし、ここは色を付けておくか。
「じゃあな! 報酬をはずむんだったら次も依頼を受けてやるぜ!」
などというセリフを残して少年は走り去っていった。
「ふぅ……」
俺は一息ついて立ち上がる。
何とかお目当ての書籍を手に入れることはできたが、なんだか疲れてしまった。
今回も何とかなったが、こんな風に女性と距離を置くのはとても大変なのだ。
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鳴り物入りで登場した女子は!? とお思いの皆さま。大丈夫です。次話をお読みください!