038 飲み屋で貢ぐ者
「いらっしゃーせー」
入口のドアを開けると威勢のいい声が聞こえてきた。
中はガヤガヤとしており、多くの客がいることが分かる。
「ヘルマーで予約していると思うんだが」
出迎えにやってきた店員にそう告げる。
ここは飯屋。今日は久しぶりに同僚と飯を食う予定なのだ。
現地集合なので、同僚の名前を伝えて席へと案内してもらう。
「こちらへどうぞー。すぐにお水をお持ちしますね」
こじんまりとしたテーブル席へと案内される。
どうやらまだ同僚は来ていないようだ。残業でもしてるのかな。
上着を脱いでいると店員がお水を持ってきたので、ぐいっと喉に流し込む。
いやー、あいつと食事とか久しぶりだな。俺が特進クラスの担任になって以来かな。積もる話もあるので、今日は楽しむとするか!
「こちら、前菜のサラダになります」
「あの、まだ連れが来てないので、もう少し待ってもらえますか?」
いきなり料理が持ってこられた。
まだ注文もしてないのに……。
コース料理にしてるのか? そうだとしても、そろってから始めないといけないだろ。
「それが、お連れ様からの連絡で、少し遅れるから先に食べ始めておいて欲しいと承っています。こちら、なんこつのからあげです」
「あ、そうなんですね。あいつ、仕方がないな……」
「飲み物はいかがされますか?」
「とりあえずエールで」
「承知しました」
俺を待たせるなんて。ここはあいつの奢りだな。
運ばれてきたエールにサラダとなんこつのからあげをつまみ始める。
単品も欲しいな。ポテトフライは外せないからな。他には何があるんだろうか、と思いながらメニュー表をめくる。
「やあ、クランク先生」
そんな俺に声をかける女性の声。
聞き覚えのある声に俺はバッと視線を上げると、そこには、この飯屋には似つかわしくないシルバーブロンド美人の姿があった。
「か、カリーナ先生!?」
「なんだ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。ここ、いいかい?」
「えっ!? い、いや、今からヘルマーの奴が来るんで」
ナチュラルに相席しようとしてきたぞ。すごいコミュ力だ。だが、そうするわけにはいかないし、そもそもそこは同僚の席だから。
「まあまあ、そんなに邪険にしないでさ。ヘルマー君なら今日は来ないから」
「え!? どういうことですか? あいつ、そんなに残業が?」
「うーん、彼は今頃家に帰ってると思うよ」
「あいつ、俺との約束をすっぽかしたのかよ!」
「あぁ、違う違う。彼は悪くないんだ。私が彼に頼んで、代わってもらったのさ。クランク先生との食事をね」
「仕組んだんですね」
「それは人聞きの悪い。ただ君と一緒にご飯を食べたかっただけだよ」
スッと座席に座ろうとするカリーナ先生。
正直なところ、この距離でカリーナ先生と向き合うわけには行かない。
「……帰らせてもらいます」
「そう言わないでさ、もう食べ始めてるんだしさ。もちろん今日は私の奢りでいいよ。ほら、私だけじゃあ食べきれないよ」
「ですが……」
「君、武芸系だろ? ほら、先輩のいう事には逆らっちゃいけないってやつ。この私、シェコワ先輩からの命令だ。それならどうだい?」
確かに俺は武芸系。スポーツや武技を通じて縦社会をしっかりと教え込まれた出でもある。
どんなに嫌でもこれは断れない、そういうシーンだこれは。
「あ、こっちに、アリュバータを一つ」
流れるように強い酒を注文してる。
こうなったら、なんとかこの場を乗り切るしか。
「わかりましたよ。カリーナ先生の奢りですからね。あと、食べたらすぐに帰りますから」
「それでもうれしいよ、ありがと」
そんな塩対応の俺に笑顔を向けてくれるなんて――
――ピロン
『カリーナ・シェコワにスキル【粉末測定】を貢ぎました』
こうなることは分かり切っていた。
「じゃあ、かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
普通に乾杯してるが、俺とカリーナ先生は、ほぼ初対面である。
「いやぁ、仕事の後のアリュバータは最高だね」
などと言っているが、アリュバータはこんな飯屋で飲むものではない、おしゃれで度数の高い酒だ。
「あの、カリーナ先生、婚約者がいるんですよね。なのに他の男とサシで酒を飲むなんて、大丈夫なんですか? 婚約者におこられるんじゃ……」
「なーに、彼はそんなことに嫉妬するような器量の狭い男じゃないよ。それにクランク先生は男色なんでしょ。つまり女の私は友達みたいなもんだって」
先生方にはそう伝わってるんだよなぁ。だからって女に興味が無いって勘違いされてもこまるんだが。
「そうは言いますけど、お酒つよいんですか?」
「そうだなぁ、普段はあんまり飲まないかな。今日は特別さ。だってクランク先生と飲むんだからね」
――ピロン
『カリーナ・シェコワにスキル【海辺の岩石知識】を貢ぎました』
これがコミュ力強者の会話力!
お世辞だと分かっていてもドキッとしてしまう。すでにちょっと頬も上気してて、色っぽくて!
「あの、先生、水も飲みながらで」
「ありがとう、優しいんだねクランク先生は」
瞬間、俺はバッと視線を外した。
またあの笑顔がくる。正面から受け切れようはずもない。
だが、今回はうまく避けた。よし、このまま、カリーナ先生の方を見ずに食べ物に視線を合わせ続けよう。
そんなこんなで俺の作戦は功を奏して、しばらくの間はしのぎ続けていたのだが……。
――――――
――――
――
「やっぱり筋肉だよね!」
「そうですね! 鍛え上げられたパワーは裏切らないっていうか? 信じられるのは己のスキルのみっていうか?」
「いやあ、すごいすごい、だって100以上のスキルを覚えてるんでしょ? すごいよ。私もがんばってるけど、20行くか行かないかだからね。いよっ、赤毛のスキル開拓者」
「えへん、それほどでも」
なんだか楽しくなってきた。
カリーナ先生、すごく会話が面白くて、話の幅も広くて、俺の事も褒めてくれるし、俺が何を言ってもニコニコして聞いてくれるんだよね。
――ピロン
『カリーナ・シェコワにスキル【紐巻き】を貢ぎました』
いくつもスキルを貢いじゃったけど、こんなに楽しいならしかたないかー。
「私も、やり投げはかじったことあるんだよね。今度勝負しないかい?」
「いいですね。でも負けませんよ、なんたって俺は【やり投げ名人】を持ってますからね」
「おおー、さすがだねぇ。約束だよ、絶対やろうね!」
――ピロン
『カリーナ・シェコワにスキル【貢ぐ者】を貢ぎました』
「はい、約束しましょう!」
……ん?
今、スキルを貢いだよな。
……。
え、なんのスキルを貢いだって!?
記憶を遡ってみると、酔いがスッとさめた。
……【貢ぐ者】って言ったよな!? え、まじで!? どういうことだ!? ありえない! あのスキルは最後まで残るはずじゃないのか!?
「あれえ、クランク先生、どうしたんだい? あっ、暑くなってきたんだね。服を脱ぎなよ。私も脱ぐからさぁ」
「ちょ、カリーナ先生! 何をやってるんですか!」
いきなり服を脱ぎだすカリーナ先生。
止めようにも先生に触れるわけにも行かず。カリーナ先生が白いシャツの前ボタンを四苦八苦しながら外すと、下着に包まれた胸の谷間が見え隠れする。
そんなの見てしまったら!
……。
身構えていたが何も起こらない。
いつもならスキルが貢がれるはずだ。それが起こらないなんて……。
確認のため、もう一度カリーナ先生の胸の谷間を凝視する。
大きくてふかふかそうで、包まれたくなるような素敵な谷間だ。
だが、恒例の音は聞こえず、スキルも移動しない。
まずい、これはまずいぞ。本当に【貢ぐ者】がカリーナ先生に移動してしまったのか!?
俺は【自己スキル確認】で自分の所持スキルを確認してみるが、【貢ぐ者】は存在しなかった。
まだ俺のスキルから消えただけ、という可能性も残されている。
でも、万が一カリーナ先生に【貢ぐ者】が移っていたら……。
見るしかない……。カリーナ先生のスキルを見るしかない。
だけど……いや、しかし……。
これは一大事だ。一大事なんだぞナオ・クランク。
俺の誓いを曲げてでも、俺のトラウマになったスキルを使ってでも確認しないと……
そのスキルとは【スキル看破】。相手の所持スキルを見ることができる珍しいスキルだ。
だけどある時以来、俺はこのスキルを使う事を禁じてきた。その理由は俺が女の子が苦手になったトラウマにたどり着くからだ。
「くらんくせんせい、どうしらんらい、そんなむずかしいかおしれさぁ、おなかいたい? あ、そうら、ちゆしたげようか? いたいのすぐになくなるよ」
「い、いえ、大丈夫です!」
事情を知らないとは言え、自分の事よりも俺の事を気にかけてくれるなんて……。
そうだぞナオ・クランク。そんな先生をお前は害するのか?
お前自身が【貢ぐ者】の辛さを一番知っているはずなんじゃないのか?
そこで覚悟を決めた。
本当ならずっと使うつもりはなかったスキル【スキル看破】をカリーナ先生に使用した。
『カリーナ・シェコワ所持スキル:【基本国法】、【基礎運動能力(疾駆)】、【ファッションセンス】、【正しい心】、【指導の心得】、【警護(緊急防衛)】、【暗算】、【初期消火】、【王国史】、【爆発物知識】、【刑罰法】、【勝負勘】、【決断力(判断力)】、【後光】、【フェロモン】、【教授】、【達筆】、【子供好き】、【棍棒術】、【水魔術】、【霧作成】、【幻惑術】、【無音歩】、【重圧】、【誘導話術】、【粉末測定】、【海辺の岩石知識】、【片足ケンケンのコツ】、【風読み】、【紐巻き】、【貢ぐ者】』
やっぱりだ!
カリーナ先生に俺の【貢ぐ者】が貢がれてしまっている!
喜ぶ? 馬鹿を言え、カリーナ先生が死んでしまうんだぞ!
「ふえぇ、なんか、せかいがまわってきた」
本人は事態の深刻さを知りえない。
それはそうだ。全ての原因は俺なんだから。
「しょろしょろおひらきらよ、くらんくせんせー。もうかえりゅ。てんいんさーん、おかんじょー」
その後、俺はカリーナ先生を自宅まで送っていったはずなのだが、【貢ぐ者】の事がきになって、どうやって送ったのか、どうやって自室まで帰ってきたのかをよく覚えていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
物語始まって以来の大ピンチ! お話の根幹を揺るがす出来事が起こってしまいました。
あれほど女には気を付けろって言ったのに!(言ってない
とんでもない事態に、ナオは一体どうするのか。
次回をお楽しみに!




