表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/89

034 命の分岐点 前編

 どこだ、アゼート!


 夕暮れの森の中を疾走し続けること数十分。未だ俺はアゼートの姿を見つけられずにいた。

 気持ちばかりが焦ってくる。

 学園の傍のため比較的弱い魔物しか出ないとはいえ、奥まで行けばそうではない。これから日没に入るし、そうすると夜行性の魔物が活動を始める。狂暴な魔物に遭遇する可能性も高くなるというものだ。


「邪魔だ!」


 くちばしを突き立てようと襲ってくる鳥形の魔物を手で払いのけつつ、アゼートの痕跡を探す。

 足跡でも見つければ後を追うだけで楽なのだが、【観察眼】で注意深く見ながら走っているものの、その痕跡を見つけることはできていない。


 最初に学園と森の境界部分からしらみつぶしに足跡を探せばよかったと思っても後の祭り。今から戻っている時間すら惜しい。


「手遅れになる前にっ!」


 力強く大地を蹴り、速度を上げて木々の間を駆け抜ける。


 ――グォォォォォォォッ


 そんな中、魔物の咆哮が響き渡る。


 大型の魔物の咆哮! まさか、アゼート? 遠いぞ! 間に合うか!?


 足元の大岩を蹴って跳び、急な方向転換を行う。


 無事でいてくれよ!


 ツツーッと冷たい汗が流れる。

 心臓は鼓動の速度を増し、俺の全身に血液を大量に送り続ける。体の筋肉は熱を持ち、体温が上がっているはずなのに。ただ一筋の汗がゾクリとするほど冷たく感じられる。


 足の回転数をさらに上げる。


 一度きりの咆哮。あれ以来、魔物の声は聞こえてこない。

 アゼートの悲鳴でもあればまだ安心できるものの、彼女は悲鳴を上げるたちではない。

 彼女は一人で山に入ったことを理解しており、声を上げても無駄であると知っているのだから。


 大声で名前を読んでくれるほどに親交を深めておけばよかった。今更言ってもしかたのないことだが、もしそうであれば、彼女が裏山に入ることも無かっただろうに。


 そんな焦りの中、スキル【熱源感知】が反応し、およそ150m先に人間と思われる体温を感知した。

 

 人間の女性と、それと、4mはあろうかという大型の魔獣の体温。

 女性は動くことはなく、その小さな熱源に近づくように大型の熱源が移動している。


「アゼートっっっっ!」


 腹の底から叫ぶ。

 一瞬でも魔物の注意が逸れれば、と思ったからだ。


 そのわずかな一瞬さえあれば、俺がそこにたどり着くから!


 だが、それは希望的観測に過ぎなかった。


 俺が現場に到着した時。それは目の前のクマ型の大型魔獣が鋭い爪の腕を振り下ろした瞬間。


 その爪は目の前のローブの人間を襲い……ローブの人間から赤い血の花が咲いたのだ。


「アゼートっ!」


 血を噴き出しながら後ろに倒れ込む人間。

 もはやこの距離で間違うことはない。魔獣の爪を受けたのは、アゼート・クームその人だった。


 俺は倒れ込む彼女と地面の間に入り、彼女を腕で受け止める。


「アゼート! しっかりしろ!」


 大きな声で名前を呼びかける。

 ローブは斜め上から下に向けて裂け、胸元から腹にかけて深い傷を負っている。

 えぐれた傷からはドクドクと血が流れ続けており、僅かな時間もかからず失血死に至ってしまうほど。


「……せ、んせ、い……」


 アゼートの目が僅かに開き、力なく言葉を紡ぐ。


「ああ! もう大丈夫だ。無理にしゃべらなくていい。痛いだろうがすぐに助けてやるからな」


 アゼートの意識はある。

 あとは時間との闘いだ。


 ――グルルルルル


「うるさい、黙ってろ!」


 アゼートの傷に目を向けたまま、後方で唸るクマを一括する。


 これだけの傷を今ここで治療はできない。応急処置をして学園に連れ帰って治療を施す必要がある。学園に連れ帰るには、まずは傷を塞がなくてはならない。血が流れ続けば学園に連れ帰るどころではなく、ここで命を落としてしまう。


 ――ガオォォォォォォゥ


「黙ってろといったよな。いいか? お前を殺すのに5秒もかからない。だが今はその5秒が惜しい。これ以上騒ぐというのなら、2秒以内に殺してやる」


 アゼートの傷の確認をしながら、【殺気放出】を使い、クマへと向けた。


 ――ガァァ


 ズシン、ズシン、と後ずさる音が後ろから聞こえ、それが脱兎のように逃げる音に代わったところで俺は意識をそちらに向けるのを止めた。


 アゼートの傷は深いが、幸いにも内臓まで達してはいないようだ。とはいえ、完治するとは言えず大きな傷跡が残ってしまうだろう。

 この傷の周りにある小さな傷の跡のように。


「ええい、今は傷のことより命の事だ! 【中級治療術】っ!」


 俺は自分が使える回復スキルの中でも一番効果の高いものを選択し、治療を試みる。


 だが――


「効果が無い? 傷が深すぎるのか!?」


 刃物で切られた傷程度なら治すことができるスキルだが、まったく効果が見えない。

 一概に一つの傷といっても端から端まで同じ症状ではなく、中央の深い部分もあれば、一番端の浅い部分もある。そのため、深い部分には完全に効かなくても浅い部分には効果が出るはずなのだ。


「……せ、んせい……」


「しゃべらなくていい。喋る力を生きる力に回してくれ」


「……きかない……の。……もう、わたしに……回復スキルも、……ポーションも……」


「どういうことだ?」


「……なんども、なんども……きずつけて……なおした。……だから……私の体は……回復限界に、たっした……。だから……ちりょうは……できない……」


 俺は声を失った。

お読みいただきありがとうございます。

アゼートの口から初めて語られた真実。その内容はナオの言葉を失わせるのに十分な内容だった。

命の灯が消えゆくアゼート。ナオは担任として何をしてやれるのか。

次回をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ