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031 アゼートとの逢瀬 後編

 いやちょっとまて、それはいろいろまずい。どうしてこうなった!


「……んっ、……下着が周りに見えたら恥ずかしいから。……これなら、私の下着を見てるのは先生だけ……」


 下着ぃ!? 何か勘違いしてないか!? そもそも真っ暗で何も見えないんだが!?

 いや、見えても困るんだが、そもそも教師が教え子のローブの中に入ってるってどういう状況なの!?


「……どう、ですか? ……見たかったから、努力したんですよね? ……」


 やっぱり盛大に勘違いしてる!! そんな馬鹿な。アゼートほど賢いなら俺が望んでいることが違うことなんか分かっているはずだ。

 からかわれている?

 多分そうだ。真っ暗で見えないことも織り込み済みなんだろ?


 だったら、大人をからかうなんて悪いことだと教えてやる!


「……あっ、せ、せんせい、暴れないで、たおれちゃう……」


 ローブの中から脱出しようとするが生地は分厚く長く、俺が慌てれば慌てる程に沼にはまっていく。

 その上、俺の動きを押さえようとローブの上からアゼートが俺の頭を押さえるもんだから――


「アゼート、だめだ! 触れてしまうから!」


 力のかかり具合が危険だ。見えないけどこの角度は太ももの付け根。顔が熱源に近づいている気がする!


「……先生、息が、足に……」


「す、すまん、おわっ!」


 俺の体が前のめりになる。ローブ布に体が引っ張られているぞ!?

 これは、アゼートが後ろに向かって倒れているのか!?

 後ろは固い地面なんだぞ!?


 そこで【緊急時感覚遅延】が発動する。

 このまま倒れたらアゼートは背中や後頭部を地面に打ち付けてしまう。俺が先に地面に手を付いたとしても、彼女の体を支えているわけではないのでアゼートは頭を打ってしまう。彼女の背中の後ろに手を回して地面とのクッションにしようにも、ローブの腹の部分は紐でくくられていてスカート状になっているため、頭がそこから上に行けないから手も届かないし、そもそも手をローブの外に出せない。ええい、こうなったら!


「きゃあっ!」


 可愛い声が聞こえたがそれどころじゃない。すまんアゼート!


 俺は目の前のアゼートの足を両腕で抱え込むと、力を入れて斜め後ろへと引っ張り、そして同時に俺の体をアゼートのいた場所へと持っていく。つまり、アゼートと俺の体の位置を入れ替えたのだ。


「うぶっ」


 ドンっと背中に衝撃を感じるのと同時に、顔に押し付けられる柔らかな感触。

 こ、これは、暗くてよく見えないけど、もしかしてあれか!? つまり非常に良くない状態だ!


「……せ、先生、大丈夫ですか? ……」


 だ、大丈夫じゃない。


「ん-、ぐぐ」


「ひゃあっ、しゃ、しゃべらないでください! 感触が」


 そういうなら回答を求めないでくれ!

 ああもう、もう一度言う。俺は武芸教師、力技はお手の物だ!


 俺はスキル【怪力】を発動させ、倒れたアゼートの足を抱きしめたまま体を起こして立ち上がる。

 そしてそのまま直立した体勢でアゼートの体を真上へと高くに放り投げる。


 思惑通り、すぽんと俺の頭はローブから抜けだして……そして上昇したアゼートは重力の影響を受けて落下を始める。

 何か起こったのかと驚きの表情を浮かべているアゼートの体を、すっぽりと腕の中へ、お姫様抱っこでお迎えした。


「ふぅ、なんとかなった」


 ほっと一息。

 アゼートが大丈夫なのかの確認のため顔を見ようとしたら、ぷいっと顔を背けられてしまった。

 だが、見たところ怪我はないようだ。


「……あの、クランク先生……」

「どうした、痛いのか?」

「……いえ、おろしてください……」

「ああ、すまない……」


 俺はゆっくりとアゼートの足を地面におろして、立たせてあげる。


 ここで気づいてしまった。

 俺は今とんでもないことをしていたという事を。


 俺はとっさにアゼートから距離を取る。

 だが遅かった。


 ――ピロン


 『アゼート・クームにスキル【脚絆作成】を貢ぎました』


 気づいてしまったらこうなる!

 視覚では理解しえなかった内容を脳内が俯瞰して再生を始めたからだ。

 教え子のローブの中で、あんなことやこんなことや、柔らかかったりだの、暑かっただの、匂いがどうだっただの、五感からの情報を集約して!


 ――ピロン


 『アゼート・クームにスキル【杭打ち】を貢ぎました』


 あわわわわわ!


「……クランク先生、今のは……痛み分けにしましょう。……記憶から消して今後一切忘れましょう。……ですが、約束は守りましたから……。……それでは……」


 慌てる俺を尻目に淡々と言葉を紡ぐアゼート。

 そして、その言葉を最後にくるりと踵を返した。


「ちょ、ちょっと待った! まだ傷の理由を聞いてない」


 俺はとっさに手を出して、去り行こうとするアゼートの左手を掴むが――

 

 ん? 何か違和感が……。

 いったいなんだ?


「……クランク先生、手を離してください……。痛いですから……」


「あ、ああ、掴んでしまってすまない……」


 俺がアゼートの手を離すと、手袋をしたその手は元の位置へと戻る。

 

「……やり通せると思ったのですが……やはりダメでしたか……」


 か、確信犯!

 どこからどこまでが演技だったんだ?


「……先生は……この傷の話が聞きたいんですよね……」


 アゼートは再びローブに手を伸ばすと、少しだけ上に上げる。

 足首から上の部分が少しだけ、日に焼けていない肌があらわになる。


 そしてやはりそこには無数の傷跡があったのだ。


「そうなんだが……どうしてそんな傷が……。もしかしていじめられているんじゃないのか? だとしたらひどすぎる」


「……心配しなくていいですよ。……この傷は虐めなんかではありません。なぜなら……この傷は全て私が自分でつけた傷ですから……」


「なっ! 自分でだって!? どういうことなんだ!」


 そこでスッとローブが下ろされて、傷は見えなくなる。


「……これ以上は踏み込まないでください。……プライバシーの侵害です……」


「だが!」


「……この話はこれで終わりです。……私が要求したのは、本物のルビオン・バイブル……。先生は条件を満たしていません……。ですが、その頑張りを認めたので、お話したのです。……これ以上は話しません。……それでは……」


 明確な拒絶。これ以上詮索するなと目も訴えている。


 俺が何も言えずにいると、アゼートはくるりと向きを変えて歩き出した。


「……クーム君! 悩みがあれば相談にのるから! 教員室で待ってる! いつでもきてくれ!」


 小さくなっていく背中に向けて俺はそう呼びかけた。

 だが、アゼートは振り返りもせず、返事も無く、そのままいずこかへと消えていった。

お読みいただきありがとうございます。

ラブコメからのシリアス展開。

なかなかアゼートちゃんは手ごわい。まだ婚約者もちだったリクセリアのほうがちょろかった感はあります。

さてさて、どうするナオ先生!

次回もお楽しみに

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