003 君には男色の疑惑がある その3
「おや……?」
教室のドアが僅かに開いているぞ。ここからなら中の様子をうかがうことができる。
俺はそーっと、隙間に近づき中の様子を覗く。
小さな教室だ。会議室と言ってもいい大きさで、10人程度が座れるほどの広さしかない。
その中に女子生徒達の姿が見えた。
えーと、中にいるのは……3人か。
!!!!
まさかあれは!?
赤いリボンを付けた金髪の女子生徒。あの子には見覚えがある!
リクセリア・ラインバート。王宮で財務大臣を務めるラインバート侯爵家の娘!
確か高飛車な性格で、彼女がいると授業にならないって生徒たちの噂で聞いたことがある。
もう一人は、フードをかぶってマスクをしているから顔が分からないな。もしかしてもらった資料に情報があるのでは?
そう思い、学園長から渡された資料をめくる。
この子か。アゼート・クーム。なになに、学園始まっての秀才と言われるが、教師の授業はレベルが低いから自習の方が効果的だと言い授業に出席しない。
問題児じゃないか! まさか最後の一人も……。
メル・ドワド。ひどいイジメを受けており、イジメから逃れるために特進クラスを希望した。
って、な、な、なにが特進クラスだ! 問題児を集めた問題児クラスじゃないか!
――ギィィ
「あ……」
目の前のドアが開いた。
「アナタが担任? このわたくしを待たせるなんていい度胸ですわね」
眼前にはがっしりと胸の前で腕を組んだ金髪の女子生徒。
そんな彼女が俺を見上げているわけだが、その表情はきつく、怒りをはらんでいる。
「あ、あ、あ……」
冷静に、冷静に。余計なことを考えるな。冷静に彼女を分析するのだ。
前髪を後ろに流してポニーテールにして赤いリボンで束ねている。腰のあたりまであるそれは流れるような美しさを放っている。怒っているとはいえ、彼女の目も鼻も口も、顔を構成するパーツ全てが均衡がとれた芸術のようであり、誰もが見惚れる美しさを……、し、しまった!
――ピロン
最近は耳にしていなかった音が脳内で鳴った。
『リクセリア・ラインバートにスキル【王国法】を貢ぎました』
やってしまった! これが俺のスキル【貢ぐ者】の効果だ!
ちょっと女の子を意識しただけでスキルを貢いでしまう!
意識しないようにと頭の回転を違うことに回したのが逆効果になってしまった!
「ちょっとアナタ、聞いてるの?」
鈴の音のような綺麗な声が間近で発せられる。
――ピロン
『リクセリア・ラインバートにスキル【火耐性(中)】を貢ぎました』
やっ、やばい! は、離れないと!
足を動かす。とりあえず後ろへと動かす。正しく動いているのかは分からない。だけど、目の前の少女の姿は少しずつ遠ざかっていっているので、動いているのではあろう。急げ、もっとだ。もっと距離を取らないと。もっと、もっと――
――ドンッ
背中に圧を感じた。ゆっくりと後ろを振り返るが、人ではなかったことにまずは安堵する。ここで女子生徒と接触すればそれこそもう詰んでいる。だけどそうではなく、背中にかかったあつは固い物。つまりは廊下を挟んだ逆の教室の扉であって、俺の命を脅かすようなものではない。俺の命を脅かすのは目下、眼前の女子生徒。俺のスキルが枯渇すればそれはすなわち死に直結する。すでに2個のスキルを貢いでしまった。ただ近くにいただけでこれだ。声を投げかけられただけでこれだ。あれ以来ずっと女の子を見るのを、会うのを、話すのを避け続けてきた結果がこれだ。女の子に対して極度に免疫が無くなっているのだ。そんな俺がこうなるのもしかたがないことだ。相手はこの国の王子様と婚約するほどの美少女。この国、グロリア王国の至宝とも形容されるほどの子だ。だからだ、そんな危険な子からはすぐにでも離れるべきなんだ、そうだ思い出した、俺は今、死地にいる。
どれくらい思考にふけっていたのか分からない。
俺は使命を思い出して顔を正面に向けた。
「なっ、なんで!?」
いつの間にか正面にリクセリアの姿があった。
そしてそれだけではない。その横にはフードをかぶったままの女子、アゼート。
逆側にはいじめられっ子女子のメルがいたのだ。
「はぁ? なんで、じゃないわよ。アナタやる気あるの? わたくし達を待たせた挙句、その態度! 担任としてふさわしいのかは疑問――」
「どいたどいたー! 後ろ通るよ、どいたー!」
突然あらわれた運送屋さんが大きな荷物を担いで無理やりに廊下を通り過ぎようとして――
「きゃっ!」
「うわっ!」
とたんに全ての動きがスローモーションになる。スキル【緊急時感覚遅延】の効果だ。
運送屋さんが無理やり廊下を通ったことで……女子たちが俺の方に押されて体勢を崩して……俺の体は倒れてくる3人の体重を受け止めるのだが……いわんや逃げ腰の体勢だったことと、実は背中の後ろのドアが半開きだったことで……俺の体はゆっくりと後方へ倒れ込んでいく。
もちろん体勢を崩した女子たちも……3人ともが一緒に俺の上へと倒れ込んでくる。
ちなみに感覚がゆっくりになっているだけで……素早く動けたりはしない。
だから……俺の体の上に倒れてくる女子たちを避けたりすることなんてできない。
じきに俺の体は地面に倒れて……女子たちのクッションになるだろう……。
――ドサササッッ
そこで感覚が通常に戻り、痛みが体を襲ってくる。
「つっ……」
鍛えているので背の痛みはそれほどではない。むしろ圧迫感のほうが強い。
「も、もう、なんなのよ……」
「ご、ごめんなさい」
「…………」
耳に声が入ってくる。二人の声と、一人の吐息。
小さなはずのその声が、ほんの僅かな距離から聞こえてくる。
それもそのはず。俺の体の上には3人の女子生徒が乗っているのだから。
いいか、へんなことを考えるな。今は緊急時。この子たちに怪我がないかが大切なのだ。
幸い俺がクッションになったことで、床に打ち付けられることからは回避されているだろう。俺の方も、彼女たちの体が柔らかいことで大してダメージにはなっていなくて助かった。なんていうか、マシュマロのような柔らかさ? 特に体の右側、この年代の女子にしては身長の高いアゼートの方からはそれをとてもよく感じる。次いで中央のリクセリア。左側のメルは……あまりそうは感じない。って、また思考が逸れて――
――ピロン
『アゼート・クームにスキル【初級発酵知識】を貢ぎました』
『リクセリア・ラインバートにスキル【浄水】を貢ぎました』
『メル・ドワドにスキル【中級片手斧技】を貢ぎました』
ああっ! 俺のスキルが! このままじゃだめだ!
俺は立ち上がろうとして手を動かす。
だけど思うように動かない。教室のドアの所に倒れているのだ。左右は扉の枠があって、そもそも3人が並んで寝転がれるようなスペースが無い。大人二人が寝ころべるくらいだ。その横幅の中に子供とはいえ女子3人が倒れて密着しているのだ。そしてその体重が全て俺の体と腕にのしかかっている。
とはいえ諦めるわけにはいかない。命がかかっているのだ!
「あ、あの、先生、そこを触られると……」
「……そこ……お尻……」
「すまない! 悪気があったわけでは!」
反射的に謝罪する。正直なところ手がどこに当たったのかはよくわからない。柔らかい感触はあったが、ガサゴソとしている過程で彼女たちがいう部位に当たってしまったのだとしたら、それはもう謝罪しかない。
「この変態教師! さっさと離れなさいよ!」
3人の中央のリクセリアから罵声が浴びせられる。
「そ、そう言うのなら俺の上からどいてくれ……」
そうだ。その方が早い。無理やり俺が動いてこれ以上被害を広げるよりも。
「わ、分かってるわよ! ちょっと、メルさん押さないでくださる?」
「す、すみません。でも起き上がれなくて」
「……ん……」
三人が三人でもぞもぞと体を動かすものだから、力を抜いた俺の体はその感触を全て受け止めてしまう。それに加えて、きゃあきゃあと言う声は耳元でするわ、なんだかいい匂いはするわで……
――ピロン
『リクセリア・ラインバートにスキル【初級毒作成】を貢ぎました』
『リクセリア・ラインバートにスキル【音感知(水中)】を貢ぎました』
『アゼート・クームにスキル【呼吸診断】を貢ぎました』
『アゼート・クームにスキル【木炭作成】を貢ぎました』
『メル・ドワドにスキル【粘土の知識】を貢ぎました』
「って、もう駄目だ!」
俺は全身に力を込める。瞬間的に自らの力を増加させるスキル【瞬間筋力爆発】を発動させる。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
筋肉の力だけで3人の体重を押し戻し、俺が立ち上がるその勢いで三人が倒れてしまわないように腕をしっかりと回して3人の体を抱きとめて、そして……なんとか力技でその窮地を乗り切り、起き上がる。
「はあっ、はあっ!」
視界がぼやける。発動後の反動だ。
三人を腕から解放すると、下を向いたまま肩で息をしながら反動に耐える。膝に置いたまま、はあっ、はあっ、と大きく息をし続ける。
床がぼんやりと揺れて見えたが、それもつかの間の事。床の模様がピシリと一体となって戻り……反動に耐えきった。
ふと顔を上げる。
目の前には3人の女子。
瞬間、俺は考えることをやめ脊髄の反射に従った――
「き、今日は自習! 各自、教室で自習しておいて!」
そんな捨て台詞を残して、脱兎のごとくその場を逃げ出したのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ついに3人の問題児が登場!
面白い、続きが気になる、応援するよ、と思っていただけたなら、ブックマークやポイントを入れていただけると大変嬉しいです!