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027 譲歩の条件

「先生、ただいま戻りました」


 教室の机で事務仕事を片付けていた俺の元に、元気な声が聞こえてきた。

 声の主はメルで、どうやら身体測定が終わったようだ。


 声の主に対してねぎらいの言葉をかけようと、ペンを止めて視線を向けると――


「ぶーっ! ドワド君、なんでまだ運動着なんだ!」


 半袖ハーフパンツ姿の少女がそこにいたので、驚きで吹き出してしまった。


「それは着替えてこなかったからです。男の人ってこういうの好きなんですよね?」


「それは偏った情報だ! 俺はそうでもないから早く着替えてきなさい」


 俺はすぐに視線を逸らして、視界内に健康的な腕や太ももが入らないようにする。

 あと1秒でも遅かったらスキルを貢いでいたに違いない。


「ちぇー。喜んでくれるかと思ったんですけどね」


 そう言って教室を出ていくメル。

 もういっそのこと男色で通そうかな……。

 あんな格好でからかわれると命がいくつあっても足りない……。


 俺に男色疑惑があることを学園は公表していないので、そのことを生徒たちは知らない。

 とはいえ、偽情報を本当だと認めるのは癪だ。


 そんな事を考えているうちに、メルが着替えて戻ってきた。


「先生、ご依頼の件ですが……」


「どうだった?」


「特に変わった点はありませんでしたよ」


「そうか……。ありがとう」


「あれ? それだけですか?」


「それだけとは? 報酬なら先払いしただろ?」


「いえ、もっとこう、証拠を見せろとか、口だけでは信じられないとかありません?」


「そんなことか。ドワド君が嘘をつくとは思っていないよ」


「うぐっ……。どうしてそういうことさらっと言いますかね……」


「ドワド君? 何か言ったか?」


「いいえ。ですが、私にも情報屋としてのプライドがあります。こちらをご覧ください」


 メルって情報屋だったのか、などと訝しんでいると、カバンからなにやら取り出すメル。

 それはどうやら写真のようで。


「こ、これは!?」


 机の上に置かれた数枚の写真。そこにはアゼートのあられもない姿が映っていたのだ。


 準備体操の際に前屈している姿を後ろから撮影したもの。二人一組で背中合わせになって一人が体を曲げてもう一人がその上に乗って柔軟するシーンを撮影したもの。おそらく持久走直後でへばって地面に倒れ込んで死体のようになった姿。走り幅跳びの着地に失敗して頭から突っ込んで尻だけ出している姿、などなど。


 写真によっては顔が映っていないものもあるが、特徴的な胸からアゼートであることは明白である。

 

「もちろん証拠ですよ!」


 胸を張って、してやったり、という顔をしているメル。

 しかしなぁ、これ……。


「盗撮じゃないだろうな……」


「あ、嘘はつかないって信じてくれてるのに、盗撮は疑うんですか? かなしーです」


「そ、そうは言ってもだな、このアングルは許可しないだろ。ほら、意識が無い時の写真もあるぞ」


「あぁ、先生からの信用がない私……。

 冗談ですよ。ちゃんと許可は取ってます」


「それならいいんだが……」


 改めて写真を手に取るが、ちょっと直視できない。

 狙って卑猥なポーズを激写してあるこの写真。さすがの【貢ぐ者】も写真では反応しないのだが、過去の例からすると、実は俺の中でモヤモヤが溜っているらしく、次に本人に出会った時の【貢ぐ者】の発動ハードルがやたらと低くなるのだ。


 会う事のない人だったら問題ないのだが、教え子となるとそういうわけにもいかない。こんな写真を見てしまったのなら、声を聞いた瞬間にでも貢ぐことになるだろう。


 念のためにもう一度だけ傷が無いことを確認したらすぐに処分しようと思ったところ――


「ん?」


 写真に何かの違和感を覚えた。


 俺は写真の違和感を確かめるため目に力を込める。


「先生、どうしたんですか、目が光って……」


「スキル【調査眼】だ。簡単な違和感ならこれで気づくことができる。ええと……」


 俺は一枚の写真を手に取る。アゼートがバテて倒れ伏している写真だ。

 写真の上に手をのせる。この手は【調査眼】に必要ないセンシティブな部分を隠すためのものだ。つまり、アゼートの太ももから上の部分に手を当てて見えないようにすることによって、太ももだけを【調査眼】で見るのだ。

 調査個所を限定しながら【貢ぐ者】のモヤモヤ値が高まることも防いで一石二鳥というわけだ。


 手で覆っていない部分を凝視し、目に力を込める。


 まったく日焼けしていない真っ白な肌だ。そこにどうやら日焼け止めの液体が塗りこまれているらしい。それと……。


「巧妙に隠された傷が見える。これは……何かの魔法薬か? もう少し精度を上げて……」


 俺が片目を閉じて、開いたもう片方の目に力を集中した瞬間――

 写真の中のアゼートの脚に、光り輝く筋のようなものが浮かび上がって見えてくる。

 その正体は足全体を覆いつくすほどの傷。


「やはり……。見間違いでは無かったか。彼女、アゼート・クームの脚にはおびただしい程の傷がある」


「そんなっ、私には見えませんよ!」


「それはそうだろう。これだけ巧妙にカモフラージュされていたら、普通に見ただけでは看破することはできないさ。

 ありがとうドワド君、これで確信を持った。あとは動かぬ証拠を見つけてクーム君から話を聞くだけだ。この写真では証拠とはならないからな」


 ――ガチャリ


 ふとドアが開いた。

 そして現れたのは渦中の人、アゼート・クーム。

 だが、写真と違って今はもう着替えていつもの格好。足元まで隠すほどの厚手の長いローブに深くフードをかぶり込んで、マスクをつけた完全防備の姿。


 ごくり、と唾をのむ。


 ――ピロン


 『アゼート・クームにスキル【二連撃】を貢ぎました』


 って、ああああ! いわんこっちゃない。写真の姿があのローブの中にあるって考えてしまったら! 【貢ぐ者】のハードルが下がってるから――


 ――ピロン


 『アゼート・クームにスキル【水切りのコツ】を貢ぎました』


 ああああ、考えるな! 彼女は教え子。大切な教え子。やましいことは無いし、禁断の関係もない。今後一切、日焼け止めを塗ることもないし、って――


 ――ピロン


 『アゼート・クームにスキル【トルネード投法】を貢ぎました』


 とっ、止められない!

 これ以上はっ!


「……クランク先生、どうして変な顔をしているんですか? ……私が来たら迷惑、なんですね……」


「ち、違う。断じて違うっ!」


 勢いが収まらないスキル貢ぎを止めたのは意外にもアゼートの言葉だった。


「……そう、ですか……。ですが……一つ言っておきます。……もう私にかかわらないでください。……私だけではなく他の人にも迷惑をかけますから……」


「そ、それは」


 確かにこの件に関してはアゼートと同室の子にも迷惑をかけたし、メルも巻き込んでしまった。俺の置かれた状況から今後誰にも迷惑をかけないとは言えない。


「……卒業はします。だから先生は先生でかまいません。……言っている意味は分かりますよね。……私を教えたことにしてかまいませんから。……秀才と呼ばれる私。そしてその私を教え、導いた先生。……何もせずに評価が高まるんですよ? ……だから関わらないでください……」


「そんな事、だめだ」


「……最初はどの先生もそう言うんです……。……だけどそのうち言わなくなる。……波風立てずに卒業してくれるのならそれでいいと……」


 つかつかつかと歩いてくるアゼート。

 そして机の上に置いた写真を手に取る。


「……これは返してもらいます。……それでは……」


 踵を返して教室を出て行こうとするアゼート。


「待ってくれ、クーム君! 俺は君の担任だ。だから絶対にあきらめない。今までの先生はそうだったのかもしれない。でも、俺は今までの先生じゃない。だから、君が迷惑だと言おうとも、これからも君の事を追い続ける。君が根負けするまで続けるから、最後には君は授業に出ることになる」


「……」


 向こうを向いたまま立ち止まるアゼート。

 その背中にさらに思いをぶつける。


「これは俺の評価のためじゃない。俺は教え子が悩んでいるのなら、救ってあげたい。苦しんでいるのなら助けてあげたい。

 だからもし、君が何かを抱えているのなら、君が抱えていることを解決したい。だから話してくれないか?」


「……人の事情に深入りしないでください……。……先生でも一線は引くべきです……。

 ……と言っても、聞いてはくれないんでしょうね……。

 ……わかりました。……私が譲歩しましょう……」


「本当か!」


「……はい。ただし、条件があります……。……ルビオン・バイブルを手に入れてください……。……それを私にくれるのなら、先生のいう事を聞きましょう……。

 ……ですが、ルビオン・バイブルを手に入れるまでは、私には関わらないでください……。それが条件です……」


「わ、わかった……」


 俺はそう言わざるを得なかった。

 ルビオン・バイブルの入手なんて不可能に近い。

 譲歩という形をとった無理難題であることは間違いなかった。

 だが、彼女が譲歩と言う形をとる以上、俺の方から条件に文句を言う事などできない。俺の熱意を試されているのだから。


 マスクで口元は見えないのだが、振り返ったアゼートがニコリとほほ笑んでいる気がした。


「……それでは先生、約束をたがえませんように……」


 そう言うと、今度は本当に教室を去っていった。


「先生……」


「あぁ。ドワド君は心配しなくていい」


「でも、その……何かあったら言ってください。先生の力になりますから」


 力なさげなメルの言葉。

 さすがのメルも今の俺におふざけをぶつけてくることは無かった。

お読みいただきありがとうございます。

ラブコメなのかシリアスなのか。

混ぜると頭が混乱しますよね(しない

さて、アゼートの言う、ルビオン・バイブルとはいったいなんなのか。

ナオとメルは知っているが我々は知らない!

次回をお楽しみに!

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