024 アゼートの秘密
「クロノはミーガスの値をラクレン指数で乗算して指定し、アリオンは内径と魔法係数を利用して導き出し、二つの値をハルツの定理を使って人体中の魔素指数を求める……」
難易度が本当に高いな、この問題……。
「っと、これで終わりだ!」
導き出した答えを眺める。他の解法からも何度も導き出した値と一致しているので、間違いないとの確信を得た俺は、大きく背伸びをした。
時刻は真夜中。
俺は学園の教科範囲を超えた問題を解いていた。
それは先日、アゼートが問うてきた問題。
あのときはマル・カルタカス理論の応用問題だと思っていたが、あれから知識を積み重ねた結果、クロノ・アリオンルールの一種類であることがわかった。
もちろん教師としてマル・カルタカス理論の応用問題も解けるようにした。
「これで胸を張って彼女に指導することができるぞ。ふあぁぁ~」
あれ以来ずっと睡眠時間を削って勉強してきたのもあり、安心からが睡魔が一気に襲ってくる。
「明日、アゼートに会いに行くか……」
寝ぼけた頭でそう考えて、そこで意識が途切れた。
というのが数日前の夜中の事。
「あの時の俺の大間抜けっ!」
俺は校庭に立ち尽くして、空を見上げ、盛大に声を上げた。
確かに知識は得た。アゼートに教える準備は整った。そう言えるのだが、それを伝えたい肝心の彼女の行方が分からないのだ。
元々彼女の居場所は分らなかった。
あの時はアゼートから会いに来てくれたから会えたのであって、こちらから会いに行こうとするとその問題が立ちはだかる。
そんな事も忘れて、問題を習得した翌日は睡眠不足のままのハイテンションで図書館に向かい、絶望に打ちひしがれて帰ってきたのは言うまでもない。
その次の日も図書館を探したがアゼートは見つからず。
そもそも図書館にいないのでは? と思ったので、じゃあどこにいるのかとなると、やはり女子寮の彼女の部屋で勉強している可能性も捨てきれず。
そこに突撃しようと考えたけど、そもそも男子である俺は女子寮に入ることも近づくこともできない。
伝言を伝えようにも、相部屋の生徒が誰かは秘匿されており知りようがない。
また、アゼートが女子寮から出てきた時か帰ってきた時にアタックする方法も考えたが、男性の、しかも教師である俺が女子寮の前で女子待ちをして張り込んでいるのは大問題である。
だからその心配のない図書館前で張り込んでみたが……俺が張り込みに掛けられる時間はわずかであり、なんの効果も無かった。
そういうわけで、それからずっと放課後はアゼートを探している。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
「フードを深くかぶった長身の女生徒……。上から下まですっぽりとローブを着た女生徒……」
もはやそれだけしか考えていない。
フードでローブの女子、フードでローブの女子。
「あっ! いたっ!」
校舎の脇を曲がったのは間違いない、アゼート・クームだ!
俺は見失うまいと急いで駆けだす。
見かけた場所を曲がると、彼女は先を歩いており――
「クーム君!」
その背中に向けて呼びかけるも、彼女は振り向きもせずスタスタと歩き続けている。
ぐぬぬ、無視を決め込むつもりか。だけどようやく見つけたのだ逃がすものか!
武芸教師の足をなめるなよ!
力を入れた脚は地を蹴ってぐんぐんと加速する。
ほら、捕まえたぞ!
俺はアゼートの肩に手を置いて、力を込める。
「きゃぁっ!」
急に肩を引かれて振り返り、可愛い声を上げるアゼート……。
アゼート?
ち、違う!? この子はアゼートじゃない! 後姿は似てたけどまったくの別人だ!
「ご、ごめん! 人違いだった!」
不審者を見ておびえた目をしている女子生徒。なんとか誤解を解かなくてはと頭を回すものの、俺の頭もしっかりとは回らない。
「ひ、ひえっ! へ、へんたい……」
「ち、違う、誤解だ。俺は教師。先生だから怪しいものでは」
「いやぁぁぁぁぁ!」
声と共に、ばしゃりと何かの液体を顔にぶっかけられ――
「ぐあぁぁぁぁ!」
め、めがー! これは護身用の不審者撃退催涙液!
俺は目の痛みで膝を着いて、必死に液体をぬぐう。
さ、さすがは聖ブライスト学園。不審者対策の教育も行き届いているな。
うぐぐぐぐぐ!
ぼやける視界には走り去る女子生徒の姿。完ぺきな対応だった……。
「……なにをやってるんですか……」
不意に声をかけられた。
涙が流れ出る目で声のした方を見ると、そこには長身の女子生徒の姿があった。
「……クーム君?」
溢れ出す涙が邪魔してはっきりとは分からないが、前回対面した時と同じくマスクにモノクルを身に着けている。
「……これを……」
なにやら布を差し出された。
「これは?」
「……目をふいて。緩和剤を付けてある。……痛みは柔らぐと思う……」
彼女の手から布を受け取り、未だ痛みの引かない目に当てる。
すると、徐々に痛みは引いてきて、しばらくすると涙が止まったのだ。
「ありがとう、クーム君」
「……お礼は必要ない……。それより……ここ数日、学園内に不審者がいるという情報があった……」
「なんだって? それは危険だな。俺も警戒をするようにするよ」
「……その必要はない……。もう正体がわかった。……犯人は、クランク先生……」
「お、俺っ!?」
「……そう。……どう見ても、先生……」
そ、そういえば、心当たりがないこともない。というか、アゼートを探すのに必死過ぎて、不審な行為をしてたともいえる……。
「そ、そうか……。俺が不審者だったか」
「……これで、同室の子も、怯えなくていい……」
怯える程の不審者振りだったのか……。
まあ、不審者の正体がわかって、これから女子生徒が怯えないのなら、それで、いいか。
と、と。
「そうだ、クーム君、君を探していたんだ。これを見てくれ! この前の問いの解法だ」
不審者扱いはされたものの、探し人が見つかるなんて僥倖だ。
俺は懐からこれまでの勉強の成果を取り出して渡す。
彼女はそれを受け取ると、ピクリと一度眉を動かし、そして目を通し始める。
まだ彼女のことはあまり分かっていないが、勉強に関してはしっかり対応してくれると思っていた。
真剣な目をして俺の渡したペーパーを読んでいるアゼート。
目以外は覆われていて、表情をうかがい知ることはできないが、その真剣な目は引き込まれそうなほど美しい。
おっと、駄目だ駄目だ。いくらアゼートには【貢ぐ者】が発動しにくいとは言え、それは、たまたま女性を感じにくい恰好をしているからだ。必要以上に意識しては元も子もない。
「……クランク先生……」
おっと、お眼鏡になかったかな?
「……これ、違います……」
「えっ!? そんなはずは」
「……この前の問題はエルク・ハルツ関数。これはクロノ・アリオンルールです……」
「そうか、すまん。間違った」
「……それに、エルク・ハルツ関数の問題はもう解いてしまいました」
「そうか……」
声のトーンが落ちる俺。
残念であることは間違いない。彼女に教える方法を一つ失ったのだから。
「……ですが……クロノ・アリオンルールの問題は来週解く予定です。まだその段階に至っていないから……」
「それじゃあ俺が教える! だから授業に出てくれないか」
「……考えておきます。……ですので、もう不審者になるのは止めてください……」
前向きな反応だ!
その時、校舎と校舎の間を突風が吹き荒れた。
俺の教員服のマントがぶわりと風にあおられて逆向くほどの風。
「なっ!」
逆向いたのは俺のマントだけではなかった。
俺の前にいるアゼートの長いスカート。例にたがわずその鉄壁の守りを崩すほどの大きな風だったのだ。
一瞬の事だが、俺はその出来事に呆然となる。
「……見ましたか? ……」
アゼートが鋭い目を向けてくる。
どう答えればいい?
「……見ましたね? ……」
「見、見た。白だった。……すまない」
「……最低ですね……」
そう答えた彼女の目は、先ほどまでの睨みつけるような眼光ではなく、まるで笑顔を浮かべているかのように幾分か和らいでいたのだった。
そして、アゼートは去って行った。
「白、だった……か……」
俺は独り言ちた。
白いものが目に映ったのは間違いない。だがそれがパンツだったのかどうかは定かではない。
パンツをじっくりと見ていたとしたら、有無を言わさず【貢ぐ者】が発動しているはずだ。
だが、俺が返答に困ったのはそれが理由ではない。
彼女の足には無数の傷があったのだ。
切り傷なのか擦り傷なのか、それとも縛り跡なのか。それをじっくり確認する時間は無かった。風が吹いてスカートがめくり上がったのは一瞬だったのだから。
「あの傷はいったい……」
尋常じゃないことは分る。普通に生活している上で付くような傷の量ではない。
彼女は何かを隠している。
パンツを見たと答えた後、彼女の気配が僅かに和らいだのはそれが理由だろう。
肌を全く見せないのも関係があるのかもしれない。足だけではなく、全身に傷があり、それを隠しているというのなら辻褄が合う。
もしかして彼女が学生にふさわしくないほどハイレベルな勉強を求めていることにも関係があるのかもしれない。
いろいろな推測が沸き上がってくる。
だが、何があったとしても、どうであったとしても俺がすることは一つだ。
彼女が何かを抱えているというのなら、教師として力になるべきだ。
そう改めて決意したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
アゼートの抱える問題は単純なものじゃない?
クランク先生は気持ちを新たにする。




