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021 グロリア王国の至宝

 リクセリアが屋敷に軟禁されてから数日が経った。

 バルバッハはまだ王子とは面会できていないこと、ゴシップ紙の出版社は記事を間違いだったとしたが、世間のざわつきが収まっていないことをメイドから伝え聞いた。


「姉上、ただいま戻りました」


 そんなおり、野外学習のため数日間家に帰ってこなかった弟のカルツが帰ってきたのだ。


「おかえりなさいカルツ。野外学習はどうでしたか?」


「楽しかったよ。牛って実在したんだね。でも生きてるのはあまりおいしそうじゃなかったかな」


「そう……。見聞を広めなさいカルツ。そして立派な紳士になりなさい」


「はい! あの……姉上。元気がありませんか? そんな風に見えます。やはりあのことが……」


 リクセリアはドキリと心臓が跳ねた。

 いつもどおり愛しいカルツに接して愛情を与えているはずだったのに、内心の不安が漏れ出していた不甲斐なさと、それを弟に気づかれてしまったという悔悟の念が襲ってきたのだ。 


「別になんともないわよ」


「そうですか。あの、僕、立派な紳士になるね。姉上の先生みたいに」


「へっ!?」


 素っ頓狂な声を上げた。


「姉上の先生、すごくかっこよかった。僕を助けて姉上が落ちていったとき、躊躇せずに穴に飛び込んだんだ。その時すごい真剣な表情でさ。そんな人になりたいなって」


「や、やめておきなさい! あの人はそんなに立派な人間ではなくってよ? ほら、結局溺れてしまうし、挙動不審だし、強引なところもあるから、紳士とは言い難いわ」


「姉上、好きな人ができたんでしょ。ダニルちゃんが僕を見る時と同じ目をしてる」


「ばっ! ばか言いなさいな! 誰があの変態教師なんか!」


「僕は相手については何も言ってないよ? でも、あの人が兄上になるんなら、歓迎するよ」


「も、もうっ! 違うって言ってるじゃないの!」


「でも姉上、王子の事は好きじゃないんでしょ? 王子の話するとき、そんな顔しないもん」


「す、好きよ! ケーリッシュ王子の事は大好き。あの方の妻になれるなんて最高の名誉だわ」


「姉上……。僕の事は大丈夫。僕は姉上に笑っていて欲しいんだ」


「カルツ?」


「姉上が僕のために王子と結婚しようとしてるのは知ってるよ。姉上が王子と結婚すれば父上は満足するから、僕が男爵家のダニルちゃんと結婚することに何も言わないだろう、って考えてるでしょ。

 でも僕の事は大丈夫。一生懸命父上を説得するから。だから姉上も自分の好きな人と結婚して欲しい。好きな人と一緒にいるとぽわぽわってなってふわふわってなって、すごいんだ。多分それが幸せっていう気持ちなんだ。それをね、姉上にも知って欲しいんだ!」


「カルツ……」


 今まで庇護する対象であり愛を注ぐべき愛しい存在だった弟。そんな弟がこんなに成長しているとはリクセリアは思ってもいなかった。


「この姉を心配しようなどと、100年早いですわ。ほら、服の裾が折れてるわよ」


 リクセリアはカルツに近づくと服を整えてやる。


「何も心配する必要はありませんわ。だって、あなたの姉はリクセリア・ラインバートなのですから」


 そのままふわりと弟を抱きしめて、一言そう呟いた。


 ◆◆◆


 ――ザワ、ザワ


 会場内がざわついている。

 ここは大人数が入れる王都内にあるホール。

 学会や公演会などが開かれる有数規模の大きさを誇る建物のホールに何人もの記者や市井の人々が集まっている。


 その理由は、これからリクセリア・ラインバートが会見を開くという事に尽きる。


 少し前の事。


「お父様、わたくし会見を開きたいですわ」


 リクセリアは足繫く王宮に通っているが王子と面会できない父に向かってそう言ったのだ。

 バルバッハもこのままではらちが明かないと考えており、当人から説明することで王子との関係を打開しようと、会見を許可したのだ。


 ――カツカツカツ


 演台にリクセリアが現れる。

 あの日以来、公に姿を現さなかったグロリア王国の至宝。下賤なゴシップに世間が揺れていたとしても、その美しさはなんら陰ることもなく、凛とした姿を現したのだ。

 これからの言葉を一言も聞き漏らすまい。そう思った聴衆たちのざわめきがピタリととまり、耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。


「わたくし、リクセリア・ラインバートは――」


 リクセリアが話始める。静かなホール内に鈴の音のような綺麗な声が響き渡り、その次の瞬間――


「ケーリッシュ王子との婚約を破棄します」


 辺りがどよめきに包まれた。


「リクセリア! 何を!」


 舞台脇に控えていたバルバッハがガタリと立ち上がり、娘の戯言を封じようと演台に向かおうとしたとき――


「旦那様。お嬢様の晴れ舞台です。見守ってあげるのが親の役目ですぞ」


 一人の老執事がバルバッハの行く手をさえぎる。


「ジョンストン、邪魔をするな!」


「いいえ、ここはお通しできません。そうだな?」


「ええ!」

「はい!」

「そのとおりです!」


 近くにいたメイドたちもバルバッハの前に立ちふさがる。


「お前たちっ!」


 そんないざこざをやっているうちにもリクセリアの発言は続いていく。


「婚約破棄の理由は簡単ですわ。王子が一度もわたくしに会いに来てくださらなかったことです。

 夫婦となれば支えあうのは当然の事。誓いの言葉にも入っていますわよね。婚約中だとはいえ、そうあってしかるべきですし、そうではないという事は夫婦になったとしても、そうはならないということですわ。つまるところ、わたくしが愛するには、そしてわたくしを愛するには至らない。

 もう一度いいますが、わたくしリクセリア・ラインバートは第1王子ケーリッシュ様との婚約を破棄しますわ!」


「それはあの記事が本当だったということですか!」


 会場から声があがる。


「どんな記事かは存じ上げませんが、そうですね。彼は忠節熱い教師ですわ。命を顧みず私を救ってくれたのだから。できる事なら騎士の称号を与えたいものですわ」


「相思相愛ということでしょうか!」


「ほほほ、面白い質問をしますわね。確かに彼は立派に忠義を尽くす人よ。ですが、それが恋愛関係かと言いますと、違いますわ。

 わたくしはあの男の事をなんとも思ってはいませんし、それが理由で王子との婚約を破棄したわけではありませんもの」


 会場がざわつき始める。


「このわたくし、リクセリア・ラインバートは今フリーですわよ。我こそはと思う殿方がおられるなら、ぜひ婚約者に立候補してくださいませ。

 もちろん、それ相応の振る舞いをお見せしていただくことが前提ですわよ」


 立候補の条件はあるのか、貴族ではなくてもよいのか、などという質問が無造作に会場から上がっていたが、それを背に受けてリクセリアは会場を後にしたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

リクセリアちゃん婚約破棄しちゃうの巻。そして、いままで登場したことのない第1王子様は、かませ犬だった件。

さてさて、大ごとになりましたが、次回は第2章エピローグとなります。

お楽しみに!

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