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020 リクセリアの憂い

今回はリクセリア視点で始まります。

 ――ガガガガガガ


 車輪が削れてしまっているのではないかという程の音。道に付いた(わだち)を無視して一台の馬車が疾走する。

 車体には金色の鷹のマークが彫り込まれており、王都の者なら一目でそれが財務大臣であるラインバート家の馬車であることが分かる。


 馬車の中には浮かない顔をした一人の令嬢が乗っていた。

 青色の目はどこを見ているのか定まらず、ただ馬車内をさまよい続ける。

 こころここにあらず。そんな状況でも美人は美人。吸い込まれそうな唇が、一つため息を吐き出した。


 深窓の令嬢、リクセリア・ラインバートは先ほどの出来事を思い出していた。

 ゴシップ紙であるとはいえ、流出した写真は本物だ。あのシーンを誰が撮ったのかも問題であるが、それ以上に問題なのがこの顛末が王子の耳に入ることだ。


 (ケーリッシュ王子はあまりわたくしの事を気に入っておられない様子。多少なりともスキャンダルがあれば、すぐにでも婚約破棄に動くかもしれませんわ……)


 担任の教師には王子の事を気に入っていると伝えた。気弱そうな部分はあるが、それが儚さを醸し出しており、同い年であるが年下のような感覚がある。


 (弟に似ているのよね)


 好きか嫌いかを問われると、好きだと答えるだろう。好きか嫌いかを考えている時点で好きではないのかもしれないが、嫌いではない。 


 王子は我を無理やり通すような性格ではない。それゆえ気の強い自分とは反発しあうことが少なく、恋愛感情はともかく、うまくやれているという感覚は持っている。


 (だけどあまり笑顔を見た記憶はないわね……)


 首からかかるレッドミスリルの鎖を手の平に取る。王子からのプレゼントであり、常日頃から身に着けるようにと言われている。


 (プレゼントと言うよりも、お仕置きなのかしら。鎖で縛ることで、気の強いわたくしを屈服させていると思いたいのかもしれませんわね)


 ネックレスというには太い鎖。それが左右に二本。

 リクセリアがそう考えるのも仕方がない。


 そして、屈服させたいと思われているとしたら、あまり好感度は高くないと考えられる。

 今回のスキャンダルは致命的。


 (それもこれもあの教師のせいですわ!)


 元をたどれば自分と弟が引き起こした所業なのだが、先ほどの出来事がリクセリアの彼に対するイメージを悪化させている。


 (あからさまにわたくしを避けているかと思えば、大胆にも密着するためにロッカーに入ってきたり……、熱血教師ぶって目で熱意をぶつけてきたりする……。それに……)


 彼女は気づいていた。

 隣の校舎にたどり着くため最後に踏んだ赤い部分。あれは彼、ナオ・クランクが自らの血で作ったものだ。

 つまりは自らの体を傷つけて生み出したものであり、普通の教師であればそこまではしない。


 (大丈夫かしら……)


 校舎と校舎の間を飛び越えた後すぐにラインバート家特別室に戻り、メイドに馬車を出してもらった。

 そのため記者たちは振り切ったが、元々逃げ切れない想定だった先生は捕まって質問攻めにあっているだろう。


 (なんで先生の心配なんかしているの! 2回もわたくしの体に触れた変態教師なんだから! ケーリッシュ王子にだって触れられたことなどないのに! 変態! 変態! 自業自得よ!)


 ふつふつと湧いていた怒りに身を任せるリクセリア。

 先ほどまでとは違い、目には光が戻っていた。


 そうこうしているうちに、馬車はラインバート家の屋敷に到着した。


 屋敷の敷地内に入ってしまえば記者たちは追ってはこれない。

 学園と違い、貴族、それも超高位貴族の屋敷に侵入しようものならその場で切り捨てられても文句は言えない。


 つまり記者達という憂いは断ったわけではあるが、リクセリアはそれ以上の問題に対処する必要があった。


「お嬢様。旦那様が書斎に来るようにと仰せです」


 恭しく頭を下げたメイドの言葉。

 彼女の言う旦那様とはもちろんこの屋敷の主。ラインバート家の当主でありこの国の財務大臣、そしてリクセリアの父である、バルバッハ・ラインバートその人だ。


 その権力は家の中でも絶対。娘であるリクセリアも彼の言う事には従わなくてはならない。

 そして、この呼び出しが、リクセリアの抱える今一番の問題なのである。


「お父様、リクセリアです」


 書斎の扉をノックし、訪れたことを伝えると、中から低く重厚な声で一言「入れ」との言葉があった。


 リクセリアは書斎の中に入ると、正面にどっしりと構えて椅子に鎮座している父親と対面した。

 武人のように武骨な顔。口の周りに生やしたひげは力強く、いかつい男性であるさまを伝えてくる。

 いつになく眼光は鋭く、娘であるリクセリアでさえ身震いを感じそうになるほどだ。


「リクセリア。なぜ私がお前を呼んだかわかるな?」


「はい……」


「お前の口から聞かせてもらおうか」


「はい……。今朝から世間を騒がせているゴシップ紙の件につきまして、ラインバート家の娘でありながら、未だ喧騒を収束できてはいないことについて謝罪いたします。つきましては今後――」


「そうではない」


「っ!」


 リクセリアの発言を低い声が遮った。


「言わねば分からぬか? そうではなく事の真偽を問うておるのだ」


 もちろんリクセリアは分っていたが、触れずに済めばそれに越したことはないと思っていた。だが、それは甘い考えだった。


「はい。……あの写真は本物です。……ですが、世間やお父様が思ってらっしゃることとは違います!」


「この私の目を愚民どもと同じだと言うか?」


「い、いえ、そういうつもりは! あの者はわたくしを助けて、結果溺れたのです。命を救われて置いて礼も尽くさずに見殺しにするなど、ラインバート家の者としてはふさわしくありません!」


「それで? 口は付けたのか?」


「……はい。で、ですが、欲情に任せて口づけをしたわけではありません!」


「愚か者が! 口を付けたかつけてないかが重要なのだ! そこに理由も言い訳も存在しない!」


 目を見開いて大声で叱責するバルバッハ。


「お前の口はケーリッシュ王子に捧げる大切な供物。いや、口だけではない。その顔、その体、その髪の毛一本までが供物なのだ。よもやそれを忘れたか?」


「い、いえ……。常に心得ています……」


「ならよい。

 このことは無かった。お前はまだ誰とも口づけをしていないし、あの写真は捏造。そうさせるし、そうなる」


「はい……」


 うつむくリクセリア。

 バルバッハの言葉は、リクセリアではこの騒動を御しきれないと結論付けたことの現れである。

 言い訳を、挽回のチャンスを、と発言する気概は生じてこない。


「私は王子と面会してくる。お前は屋敷で謹慎しておれ。それと、学園は退学させる。今後二度と行くことはない」


「退学っ!? お父様、それは!」


「外に出すからこうなったのだ。そもそも、お前も学園に通うのは本意ではなかっただろう。平素の様子もメイドから聞いておる。まさかとは思うが、あの男に未練があるのではなかろうな」


「……いえ……」


 リクセリアは、それ以上言葉を発することはできなかった。

お読みいただきありがとうございます。

リクセリアちゃん家の事情と彼女の心の内のお話でした。

さてさて、リクセリアはこのまま退学となってしまうのか。

次回をお楽しみに!

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