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019  飛べ、その先へ! その3 心を開く

「あ、ちょっと! なにやってるのよ!」


 俺は僅かに開いている隙間に体を入れると、ロッカーのドアを閉める。

 視界が急に暗くなる。ロッカー内はそもそも人が入ることを想定していない。僅かに開いた空気穴から光が漏れこんでくるだけだ。


「なんで入ってくるのよ!」

「え、だって早く閉めろって」

「別の場所に行けって言ったのよ! 早く出て行って!」


『クランク先生! どこですか!』


 廊下から記者の声がする。

 俺は、がなり立てるリクセリアの口に手を当てて、言葉を封じる。


 頭のいい子なのでその意図を察しておとなしくなる。


 ――ピロン


 『リクセリア・ラインバートにスキル【円形物投擲】を貢ぎました』


 そうなのだ!

 この状況でこうならないわけがない!


 緊急事態とはいえ、リクセリアに触ってしまったのだ。それも顔に。


 ――ピロン


 『リクセリア・ラインバートにスキル【郷土伝承マルワグ】を貢ぎました』


 考えてはだめだ。俺の手の平に彼女の唇が触れたことなんて考えたらだめだ。

 もう手は放しただろ? いつまでも幻影に囚われるんじゃない。


 ――ピロン


 『リクセリア・ラインバートにスキル【タックル(下半身)】を貢ぎました』


 違う事を考えなくては。

 このロッカー内は人一人が入るには十分だが、二人となると無茶がある。つまりは狭い。

 そこに人が二人、しかも体躯のデカイ俺が入ろうものなら、もちろん体は密着し、引っ付きあい、心臓の鼓動が聞こえてしまうかもしれないという距離になる。

 それはつまり俺の体は当然のようにリクセリアの胸とも接触しているわけで――


 ――ピロン


 『リクセリア・ラインバートにスキル【天空跳躍】を貢ぎました』


 うおお、おれの節操無し!

 バチが当たったんだ。俺のアイデンティティでもあるスキル【天空跳躍】が! 


 ――ゴンッ


 驚きのあまり腕が扉に当たってしまったが、それどころじゃない!

 俺が生み出したオリジナルスキルで、習得難易度もめちゃくちゃ高いんだぞ!?


「な、何をしてるのよ、おとなしくしなさい。わたくしが我慢してるのよ?」


 小声でしゃべるリクセリアの吐息が首元にかかったことで、記者達に見つかるわけにはいかないという今の状況を思い出したものの……。


 ううう、俺の【天空跳躍】……。


『音がした? 部屋の中に誰かいるのか?』


 ガラリと教室の扉が開かれた音がした。

 記者が教室内に入ってきたのだ。


 息を殺し、気配を殺す。

 いつもなら何のことのない動作だ。


 ――ピロン


 『リクセリア・ラインバートにスキル【初級調剤】を貢ぎました』


 だけど今は違う。

 いい香りのする女の子と密着しているのだ。小さくて、柔らかくて……。


 やめろ、考えるな、犠牲になった【天空跳躍】の事を忘れたのか?

 無心だ無心。俺は今、天界をゆったりと流れる川のほとりにいる。温かくて、心が落ち着く、そんな場所だ。あ、死んでしまったおばあちゃんの姿が見える……。


『気のせいか……。他の奴らが見つけてるかもしれないな。だとしたら出遅れたらことだぜ』


 ガラリと扉が閉められる音がして、気配が遠く去って行った。


「…………」


 記者が出て行った後、少しだけ時間を置く。


 なんでリクセリアがここに居たのかとか、お互い言いたいことは山ほどあるが(特にリクセリアにはあるだろうが)、今は声を出している場合ではない。


 俺は無言でロッカーから出ると、教室の壁へと近づき、外の様子をうかがう。

 人の姿も気配もないのを確認し、ロッカーの影にいるリクセリアへ手でサインを出して、ロッカーから出るのを促す。


 いつまでもここにいるわけには行かない。

 絶対に見つからない場所。有事の際の秘密の避難場所へと目標を定める。


 それをリクセリアに小声で伝え、警戒しながら二人して教室を後にするが……廊下を少し歩いたところで背後の階段から人が上がってくる音がする。


「走るぞ!」


 この校舎の構造では階段は二か所にある。背後と、そして前方の突き当りだ。

 俺たちは一目散に前方の階段を目指す。


 すると視界の先から――


「あ! いたわ! 先生よ! それにリクセリア嬢も! 二人が一緒にいる写真を取れば大スクープよ!」


 なんてこった、前方の階段からも記者が!


 ええい、逃げれる場所はこの教室だけだ!


 前方と後方を挟まれた俺たちは真横の教室に入らざるを得なかった。


 だが入ってみたものの逃げ場はない。

 隠れられそうなロッカーもなく、目の前に広がるのは3階から見える景色だけ。

 窓から見える隣の校舎に設置された大時計は、授業前の朝の時間を告げている。


 このまま記者に捕まってしまうのはまずい。

 俺一人ならまだ言い訳も経つだろうが、今はリクセリアと二人だ。こんな場面を見つかれば、それこそ『授業開始前から熱い逢瀬か!』とかいう記事がまた出ることになってしまう。

 前回は偽記事だけど今回は言い逃れはできないぞ。

 なんとしてでもリクセリアだけは逃がさないと!


 でもどうやって。

 教室の出入口は二つ。でもそれは廊下に繋がっていて、廊下には記者たちが追ってきているから出た瞬間アウトだ。つまり逃げ場はない。


 俺はとっさに背後を見る。


「これだ……」


 この方法ならあるいは。


「リクセリア! 向こうの校舎だ。あっちへ逃げるんだ」


「向こうの校舎ですって? そんなの不可能にきまってるじゃない。空でも飛ぼうっていうの?」


「そうだ。君が飛ぶんだ」


「何を馬鹿なことを。あなたならともかく、わたくしは飛翔系も跳躍系もスキルは持っていませんわよ」


「いや、できる。俺には分かる。君にはその力が、跳べるスキルがある」


「何を根拠に。それに並みのスキルでは向こうの校舎まで飛べたりしませんわ。あちらまでおよそ30m。よっぽどのスキルでなければ」


「できる。君なら。短かったがこれまでの授業で【天空跳躍】の取得条件を混ぜ込んでいた」


「まさか……」


「俺の事が信じられないのならそれでもいい。でも、自分の事なら信じられるだろ。己のこれまでの努力を、これまでの研鑽を、リクセリア・ラインバート自身を信じるんだ!」


 リクセリアの肩をつかみ、しっかりと目を見て、言葉を伝える。

 言っている内容は正直胡散臭い。それでも彼女の心に伝えなくてはならない。

 教師となって日は浅いが、生徒である彼女たちに伝える熱意だけは持ち合わせている。


 リクセリアの視線と俺の視線がぶつかる。

 綺麗な青色の目。そこ宿っている強い意志を感じる。


 信じてくれ。君は必ず飛べる!


「いいわ……。あなたの……()()()()の言葉を信じますわ」


 ガラリと窓を開けるリクセリア。

 吹き込んだ風が、サラサラのポニーテールと赤いリボンを揺らす。


 ダダダという足音が近づいている。

 もはや一刻の猶予もない。


「最初は俺が【剛腕】で投げる。空中で【天空跳躍】を使ってさらに跳ぶんだ。君ならぶつけ本番でもできる。なぜなら優秀な教え子だからだ」


 言葉も途中に、リクセリアの体を抱え上げる。

 右手を彼女の靴に、左手で体を支えて――


「【剛腕】っ! いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 スキルの力を解放し、リクセリアの体を窓の外へと向かってぶん投げる!


 これで半分は距離が稼げるはずだ。

 思った通り、徐々に勢いが弱くなっていくが、リクセリアの体は隣の校舎まで半分ほどまで飛んでいる。


 さあ、跳ぶんだ。できるはずだ。君なら。


「【天空跳躍】!」


 空を白鳥が舞った。

 リクセリアは見事に空中の何もないところを蹴って跳んだのだ。


 その姿はまるで優雅に羽ばたく鳥の様。

 俺だけが間近の特等席で見ることができる、空での公演だ。


 (だけどっ! 足りないっ!)


 確かにリクセリアは【天空跳躍】を使いこなした。だが、僅かに距離が足りない。

 俺だったら確かに届いた距離だ。でも俺よりも小柄な彼女の踏み込みでは届かなかったのだ。


 このままでは隣の校舎に飛び移るどころか、落下して大けがを負ってしまう。


 (教え子に怪我なんか追わせられるか! 俺を信じてるって言ってくれたんだ! その期待を裏切るなんてできるわけがないっ!)


 俺は自分の指の腹に歯を立てて噛みちぎる。

 痛みが襲ってくるが、そんなことは関係ない。目的は、血。この噴き出した血だ。


「うおおおおっ!」


 血の滴る手を窓の外に向かって振り抜く。

 指から流れ出た血が、外に向かって飛び散っていく。


「リクセリア! それを踏むんだ! 踏んで、再び舞えっ!」


 リクセリアの落下コースには俺の血が飛んでいる。

 【液体射出】で飛ばした血を【座標固定】でそこに固定したのだ。

 あの赤い踏み台は、たとえ俺が乗ったとしてもびくともしない。


「やぁぁぁぁぁっ!」


 リクセリアは狙い定めたように、赤い踏み台へと降り立ち、その足でもう一度跳躍した。


 再び舞った白鳥は、なんなく開いた窓から隣の校舎へと入ることに成功したのだった。


 リクセリアが振り返りこちらを見る。

 俺は親指を立てて、彼女の成功を称えるが、彼女はプイっと顔を背けてしまった。

 ならば声援を、と思うが、その時間もない。


「ナオ・クランク先生! もう観念してもらいますよ」

「あれ? ラインバート嬢は一緒じゃないのか?」


 がやがやと記者たちが教室へと踏み入ってきた。


「ラインバートさんならあちらにいますよ。俺と彼女が一緒にいるですって? 見間違えたんじゃありませんか?」


 窓からリクセリアの姿を見た記者たちは、キツネにつままれたような顔をしている。


「こ、こうなったら先生だけでも!」


 二人一緒での会見は諦めて俺だけに的を絞った記者達。


「いいでしょう。お話しましょう」


「ありがとうございます。それではさっそく――」


「その前に……皆さまのネームカードをいただけますか? 学園内で取材を受けたら報告しなくてはなりませんから」


「なるほど、私はチュウビイ社のオットーです」


 集まった記者たちが次々に自分の社名と名前、それに連絡先のかかれたネームカードを俺に渡してくる。


 全員からカードを受け取った俺は声を発する。


「それでは皆様……」


 多数の記者がこの教室の中にいるもんだから、ガヤガヤするのは仕方ない。

 だが、俺が口を開いたことで、一言一句聞き逃すまいと、ピタリと私語を止めて静かになる。


「ここは学園内です。早々にお立ち去りください。あなたたちの情報は今、私の手の中です。どういうことかわかりますか? 法的手段に訴えてもいいんですよ? 今なら穏便に学園を去るだけですませます。そうではない場合は……本学の誇る法律教師と一戦交えることになりますが、それでも続けますか?」


「は、諮ったな! 汚いぞ!」

「横暴だ! ジャーナリズムへの侮辱だ!」


 次々と文句が飛んでくる。

 どうやら痛い目を見ないとわからないらしい。


「ちなみに、俺も【訴訟法】を習得していますよ。もう一度警告しましょうか? 裁判になったら二回目の警告の意味は重いですよ?」


「くっ! ここは引き下がりますが、外に出たときは遠慮しませんからね」

「夜道に注意するんだな!」


 俺の脅しにより、記者たちは捨て台詞を残して去って行った。

 あんな捨て台詞を残すとさらに不利になるという事はジャーナリストであれば常識だというのに。


 こうして騒動は何とか収まりをみたのだった。

お読みいただきありがとうございます!

今回はリクセリア編の山場も山場、一番書きたかったシーンでもあります。


(しばらく読み飛ばし推奨)


ナオから貢がれたスキルを使って難局を乗り切る。それも協力して、というシーン。少年漫画(ちがう)の醍醐味ですね!

【天空跳躍】はもっと前に移動させたかったのですが、移動の重みをもたせたかったので、結局直前となってしまいました。思い付きで移動させたわけじゃないんだからねっっ!

正直ほんとにカッコイイので、ぜひ評価ポイント入れておいてください。

作者が喜びます!


(読み飛ばしここまで)


さて、窮地を脱したリクセリアですが、お話はまだ続きます。

次回はリクセリア視点で始まります。

お楽しみに!

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