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017 飛べ、その先へ! その1 嵐の前の静けさ

 俺はナオ・クランク。聖ブライスト学園の教師で特進クラス(ヴァルキュリア)を担当している。


 先日俺は、特進クラス(ヴァルキュリア)の生徒の一人であるリクセリア・ラインバートたっての望みである学園見学会に参加した。

 その途中、穴に落ちたリクセリアを助けようとして逆に気絶してしまい、気づいた時には水で濡れてスケスケのリクセリアの姿が目の前にあった。


 水に濡れた美少女と透けて見える下着は、俺がスキルを貢ぐには十分すぎる効果があって……そこでいくつものスキルを貢いでしまった。

 中でも【鉄拳】を貢いだのが致命的で、彼女の拳は俺の意識を奪うのに十分な威力が乗ったのだ。


「先生が無事でよかったです。本当に災難でしたね。顔から地面に落下して酷い怪我を負ってしまうなんて。可愛い顔が台無しですね」


 フリフリと黒いウェーブボブヘアが揺れる。


「おいおい、大人の男が可愛いなんて言われて喜ぶわけないだろ」


「冗談ですよ。でもカッコイイって言うほどの顔じゃないですからね、先生は」


「それはそれで言われると傷つく……」


「その傷は男の勲章じゃないですか。私は好きですよ」


「はいはい。傷好きのドワド君ね。人の好みはいろいろだって覚えておくよ」


 休日の保健室。俺はあれからずっと治療のためにここにいる。

 見舞いに来たメルの話のとおり、顔の傷はリクセリアを助けるために落下した時に負ったものだということになっている。きっとリクセリアがそう説明したのだろう。

 それはお互いにスケスケ惨殺未遂事件は無かったことにしようというメッセージだ。


「そうだ先生、こちらどうぞ」


 メルが肩から下げたカバンから小さなガラス瓶を取り出す。


「ポーション?」


「そうです。こちらはアゼートさんにも好評な特注品のポーションです」


「気持ちだけもらっておくよ。タダでもないんだろ?」


「おっと、先生が私の事をどう見てるのか分かってしまって悲しいです」


 目元に手を当てて、ヨヨヨと泣きまねを始めるメル。


「すまない。でも実際のところはどうなんだ?」


「形だけの謝罪、いただきましたぁ。まあいいですけど。それだけ私の事を見てくれているっていうことですからね。はい。

 あっと、ポーションですけど無料でいいですよ。さすがにけが人を目の前にして吹っ掛けるほと落ちぶれてはいませんからね」


 そういってぐいっと、ガラス瓶を押し付けられる。

 無料でいいですよの後に小さく「初回は」とつぶやいたのを聞き逃してはいないぞ。


 さてさて、透明なガラス瓶の中に満たされているのは紫色の液体。

 明らかに毒々しい。市販されているポーションでこのような色をしたものはない。特注だというが何が入っているんだか……。


 俺はスキル【目視成分分析】を使う。視覚だけで行う成分分析のため、精度はそれほど高くないものの、ある程度のめどは付けられる。


「ん? ニコリル酸とケルマーノンが入っているな。回復効果を上げるためかもしれないが、この組み合わせは良くないぞ。依存効果を生み出すからな」


「すごいですね先生、見ただけでわかるんですね。でもおかしいですね。危険な物質は入ってないはずなので、生成過程のどこかで混入してしまったのかもしれません。不良品ですのでそちらは回収します」


 俺の手から紫色のポーションがむしり取られる。


「アルバイトがあるのでもう行きますね。それじゃあ先生、お大事に!」


「ああ! ドワド君もあまり根詰めて働くんじゃないぞ」


「はい! ありがとうございます」


 騒がしかったメルが保健室を出ていくと、途端に静けさが戻ってきた。


 俺は再び学園見学会の事に思考を戻す。

 俺が保健室に運び込まれた後、リクセリアは二度目のお色直しを行って、中等部の子たちの案内を完遂したらしい。

 あんなことがあった直後なのに、すごい精神力というか願望というか。彼女が弟のカルツ・ラインバートにかける想いや情熱のすごさを思い知らされた。


「でも残念だ……」


 もう彼女は授業に出てはくれないだろう。

 ここ数日、授業に出てくれていたのは学園見学会の準備のためだ。弟君のためならどんな嫌なこともするし、なんでもできるのがリクセリアだった。

 そのイベントが終わってしまったのだ。


「はぁ……」


 俺はため息を一つつく。

 特進クラス(ヴァルキュリア)の担任として彼女を授業に参加させなくてはいけない。

 だけど参加させるどころか、俺は弱みを握られている身。


「ゼロどころかマイナスなんだよな……」


 俺は痛む体につられて頭も痛くなってきて……。

 そうして完治するまで丸二日間。貴重な休みを潰してしまうのだった。


 ◆◆◆


「そういえば、ずっと保健室にいたからフルーツ牛乳を飲んでいないな。買いにいくか」


 月曜の朝のこと。

 俺はさっきまでいた保健室を後にして教室横に併設された自室に帰ってきていた。


 あと数時間後には授業が始まるのだが、休みの間にいつも飲んでいるフルーツ牛乳を飲んでいないことに気づいたのだ。

 あれをのまないと一週間を乗り越えられない。そんな俺のソウル飲料だ。


 ちなみにフルーツ牛乳とは、牛乳の中に果物が入っているわけではなく、ドクヤメ草とガナリ葉の汁という2種類の苦みを混ぜて打ち消しあい、舌が微妙に甘く感じる現象を利用した庶民の乳飲料である。

 そういう出自の飲料であるからして、貴族たちが通うこの学園の購買にはおいておらず、いつも学園の外に出て街の飲料屋で買っている。


 さっとシャワーを浴びて着替えると、さっそく街へと繰り出した。


 休み明けの街はせわしない。

 皆が昨日まで謳歌した自由への未練を振り切って仕事や学業に向かうために移動しているからだ。


(だけどなんだかいつもより慌ただしい? いや、なんか見られている?)


 気のせいだろうか、待ち行く人々の視線が俺に向いている気がする。

 視線を感じた方向を見れば、ぱっと視線を外される始末。いったいなんなんだ?


「あの! ナオ・クランクさんですか?」


 サングラスをかけてシャツを着崩した男性。手には手帳とペンを持っている。

 そんな人に声をかけられた。


「はいそうですが……あなたは?」


「私は週刊紙迎春の記者です。早速ですが、あのことについてコメントお願いします!」


「あの事? どのことですか? あ、もしかして学園の特進クラス(ヴァルキュリア)のことですか?」


「違う違う、これですよこれ! あなたですよね?」


 せわしない記者が手帳に挟んでいた写真を俺に見せてくる。

 仕方なくその写真に目を落とすが、そこには目を疑う光景が映っていた。


「こ、こ、これ、なんですか?」


「とぼけないでください! あなたがあのグロリア王国の至宝とキスしてる場面ですよ!」

お読みいただきありがとうございます。

市中に危険な写真が出回ってる!?

いったいどうなるのか。次回をお楽しみに!

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