016 学園見学会 その6 奮闘するリクセリア 後編
「げほっ、げほっ!」
待ち望んだ空気。それを肺に行き渡らせる。
(図書館の……中? 出られたの?)
水と一緒に勢いよく排出された先は石造りの広場。
通路があって、開けていることから通常に人が利用する場所のようだ。
壁の上、二人が流れ落ちてきた場所からはまだまだ水が勢いよく吹き出していて、広場を超えて用水路のような溝へと流れて行っている。
やっと水から解放されたとリクセリアは安堵したものの、意識のない連れ人の事を思い出す。
「先生! しっかりしなさい!」
体をゆすってみるが返事はない。だがこれ以上振動させるわけにはいかない。なにぶん全身を床に打ち付けてひどいダメージを追っているからだ。
しかも水攻めを受けたせいで呼吸まで止まってしまっている。
確か呼吸が止まると脳に酸素がいかなくなり数分で死に至るはずだ。リクセリアは己の記憶を引き出す。これはかつて【初級救護方】スキルを取得したときに覚えたこと。
そしてその対策も身についている。
(心臓マッサージと人工呼吸……)
時間が経てばたつほど蘇生は難しくなる。ここには自分しかいない。
(わたくしがやらなければ、だれがナオ先生を助けるというのか!)
唇の初めては第1王子に捧げる予定だった。王子もそれを望んでいたはずだ。
だけど今そのようなことを考えている場合ではない。ここに倒れているのは命の恩人なのだ。
彼、ナオ・クランクがいなければそもそもリクセリアはここにはいなかったし、リクセリアを助けに来なければ、彼はこんなことにならなかった。
(先生、息を吹き返して!)
気道を確保し、ナオの口を手で大きく開くと、その口に自分の口を合わせるようにして大きく深く息を吹き込む。吹き込んだ息で肺が膨れたのを確認し、息が吐き出されるのを待って、同様に息を吹き込む。
(先生! 先生! 先生!)
2回息を吹き込んだら、次は胸部に手を置いて体重をかけて胸を強く押す。力強く、そして速くリズミカルに何度も押す。30回押したら、また口をつけて息を吹き込む。それをひたすら繰り返す。
(先生! 先生! 先生! 先生!)
ナオの事を思いながら必死に。力の続く限り。
先の事は考えない。続けて続けて続ける。続けていればきっと誰かが来るはずだ。
(先生! 先生! 先生! 先生! 先生!)
必死にナオの命をつなぐために、全力を尽くして、リクセリアは心肺蘇生を試み続ける。
周囲の様子など気に掛ける余裕などない。
だから気づかなかったのだ。
パシャリと言う音と、「こんなところで、不注意ですね」という小さなつぶやきが聞こえていたことには。
心肺蘇生を始めてからどれくらいの時間がたったのか、リクセリア自身には分からなかった。
「げほっ、げほっげほっ!」
今まで無反応だった、ナオがむせ込む反応を見せたのだ。
「先生! ナオ先生!」
大声で呼びかける。まるで三途の川を渡るのを呼び留めるように。
「りく、せり……あ?」
倒れていたナオが呼びかけに反応した。
つまりは蘇生に成功したということだ。
「なんで……ないて、るんだ……? からだが、いたむ…の、か?」
「え?」
ナオに言われて初めて自分が涙を流していることに気づいた。
温かいものが頬を伝っている。手で触れると間違いなくそれは自身の涙であった。
「べ、別に泣いてなんかいませんわ! ほら、何もない」
後ろを向いて、涙を拭き去って、何事もなかったかのように、怒り顔を作る。
「そうか……無事だったのなら……よかった……」
力のない顔。心配かけまいと笑顔を作っているつもりなのだろうが、全然に笑えていない。
いつのまにかリクセリアはナオの手を取っていた。
力なく弱々しい彼の手を、白い両掌で包み込んで。
そんな様子に一瞬目を見開いたナオだったが、力尽きて首を横に向けてしまう。
「せ、先生、どうしたの!? 痛いの?」
先生の意識を確認するために、顔を覗き込む。
「血が! やはり内臓を痛めていたのね」
目を閉じているナオ。その鼻からは血が流れ出ていたのだ。
「ち……ちが、う。ふく……すけて……」
ナオが弱々しく喉からひねり出した言葉。彼の傷の状態の内容かもしれないと、リクセリアはそれをしっかりと受け止めて咀嚼して脳内で再生すると……ハッと気づいた様子で自らの制服に視線を向けた。
濡れた制服はうっすらと肌が見えるほど透けており、胸を納めるために着用している赤色の下着が自らの存在を主張していたのだ。
「ば、ば、バカァ!」
リクセリアが思いっきり振り下ろした右手がナオの頬に吸い込まれ、激しい音を放った。
「変態、エッチ、ケダモノ! ゴブリン! オーク!」
(やっぱり勘違いだったわ! 男なんてみんなそう!)
羞恥と怒りに任せてバチンバチンとナオの頬を殴り続けるリクセリア。
左手はこれ以上彼に見られないようにと胸の所に置かれて赤い下着を隠しているため、利き腕である右腕がその凶器となっている。
「はあっ! はあっ! はあっ……」
さすがに息が上がったようだ。
そこでリクセリアは我に返った。
「ああっ!」
眼下にはぐったりとして再び意識を失ったナオの姿。
頬は腫れあがり、鼻以外の箇所からも出血している。
やりすぎてしまった。
「せ、先生! せんせい、せんせーい!」
再び意識を取り戻させるために必死で呼びかけるリクセリア。
その声を聞きつけてメルと一緒に救急の教員がやってきて……二人は無事に救助されたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
水攻めを起点とした壮大なラブコメはいかがだったでしょうか!
クランク先生との距離が縮まった(?)リクセリア。そしてリクセリア編はクライマックスへと加速していきます。
次回をお楽しみに!




