012 学園見学会 その2 待ちに待った昼食(有料)
「それでは昼食にしましょう」
今回の学園見学会の案内人であるリクセリアがそう告げる。
「ではカルツ。ラインバート家特別室に移動しますわよ」
「姉上、今日は高等部の見学に来たんだよ。特別室じゃなくて普段の、みんなが使っている食堂が見たいです」
「さすがカルツね。お連れの皆さまの事まで考えられるようになったなんて」
「そ、そう? えへへ、ダニルちゃん褒められちゃったよ」
「当然です。ラインバート君がすごいのは知っています。いつもすごいですから」
などという生徒達のやり取りを俺は無言で見ている。
俺の役目は授業で終わりだ。
あとは口を出さずに監督するだけ。
むしろ、授業で怒りを買ったため、なるべくリクセリアと関わりたくないのが本音だ。
授業中は教壇から机まで距離があるために【貢ぐ者】は発動しにくいが、この後にお怒りを頂戴するとしたら間違いなく距離を詰められる。
そうならないように最後尾で見守るとしよう。
「クランク先生、こちらへ」
えっ!? なんで!?
蚊帳の外だと思っていたので、突然の呼びかけに心臓がドキリと跳ねた。
正直なところ行きたくないが、ここはこれ以上機嫌を損ねないようにしなくてはならないため、最後尾から先頭へと赴いた。
「ラインバート君、なぜ俺を先頭へ? 引率は君がやるんじゃ……」
「もちろんやりますわよ。先頭はカルツ。その横にわたくし、そしてその横にクランク先生」
なんだその並び方は……。
「食堂までの移動ルートは窓際を歩くことになります。固い壁と違って窓は危険ですわ。ですから先生には最も窓際を歩いていただき、我々ラインバート侯爵家の命を狙う刺客から体を張って守ってもらうことになりますわ」
なるほど。窓から一番離れた場所に弟君を、その弟君を守るために自身がその横を。そして資格に襲われて真っ先に死ぬ位置に俺を、か。
「心配いりませんわ。クランク先生が襲われることで稼ぐことのできた僅かな時間があれば、わたくしが賊を返り討ちにしますので」
なんという扱い。ただの弾避けじゃないか。
このひどい仕打ちは、リクセリアが俺に怒っているからかと思ったが……そうではないようで。
単純に弟君の安全を最優先にした布陣。姉弟愛から来たものだ。
「いいことカルツ、まずは自分の身を一番に優先するのよ。この場合はうんたらかんたら、そうしたらこうこうこれこれ」と心配を焼き続けている。弟君も「はい、姉上!」とニコニコ顔で返事をしているので、普段からこんな感じなのだろう。
まあ、強固なセキュリティを誇る学園内に刺客が入り込んでいるわけはないから、過保護ここに極まれり、という感じだ。
そんな様子なので、リクセリアはずっとカルツ君の方を見ている。俺のポジションはリクセリアの横だが、「すぐに窓側の危機を察知するため」という理由で彼女とある程度の距離をかせぐことに成功したので、現れるはずのない暗殺者よりもよっぽど危険な【貢ぐ者】の対策を講じられたのは大きい。
クラスメイトのメルも引率に駆り出されており、俺の代わりに最後尾へと配置されていて、彼女とも距離が取れるのは安心だ。
そうして一行は進みだす。
ずっと弟君にべったりなリクセリアを後ろ目に見て、やれやれ、と思いながら皆で廊下を進む。
もちろん何も起こるはずも無く……目的地の食堂へと到達した。
「わぁ、姉上、活気がありますね!」
活気があるとはものは言いようだ。つまり混んでいる。
男子生徒の一団、女子生徒の一団、男女混合の一団。席だけではなく、空いた席を待つ生徒達もいて歩く場所も無い状態だ。時間帯が昼休み時なのでこれは仕方がないことなのだが、引率の人数を全員座らせるのは無理だろう。
「そうね。中にいる全員ご退場願いましょうか」
とんでもないことを言いだしたぞこの姉。
「だめですよ姉上。僕たちは食堂を見学に来たのです。人がいなければ普段の様子がわかりません」
「仕方ありませんわね。その一角だけにしましょう」
リクセリアはテーブルの一つにツカツカと歩いていくと――
「ごきげんよう。お食事中のところ申し訳ございませんが、席を譲ってくださる?」
これが身分からくる有無を言わさない交渉術か。
すでに交渉ですらないけど。
「もちろん埋め合わせはしますわ。ラインバート家特別室で続きをお楽しみください。何を注文してもいいですし、どれだけ召し上がりになってもかまいませんことよ」
えっ、本当? 王宮のシェフ並みの料理人がいるんでしょ? 良いのかな? などと言う答えが返ってきている。
学園の食堂も貴族用であり、なかなか豪華な食事が提供されている。とはいえ、ラインバート家特別室で出てくる(という噂)の料理と比べるのは可哀想である。
俺も一度行きたいと思っていたので「彼らを引率してくる」と言ったら、無言で手の甲を指でつねられた。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。あとで食堂無料券1か月分をお渡ししますわ。お気になさらずに普段通りになさってくださいまし」
うぉぉぉぉ、と高らかに食堂中に響く声。
少しうらやましくもある。
食堂ではデザートも用意されているので、休み時間ごとに果物やアイスクリームが食べられるじゃないか。
これが貴族カースト上位家の力か……。
そうして、座る場所を得た中等部の子はめいめいで好きなものを注文することになった。
残念ながら俺はその中に入れてもらえず自費で食べることになるし……可哀そうにクラスメイトであるはずのメルも入れてもらえず、彼女も有料となったが……メルはお金を持っていないと言いだし……俺が財布を開くことになった……。
そんなこんなで料理がそろって昼食が始まったのだが――
「ほら、カルツ。口元が汚れていますわよ。立派な紳士の行いではありませんわ」
「わぷっ、あ、姉上、自分で拭けますから。皆が見ています、恥ずかしいですよぉ」
「そう思うなら、作法には気を付けなさい」
突如始まったイチャイチャ。
確かに中等部の子たちに見られているが、男子も女子も皆、顔を赤らめている。
たぶん、あんな美人の姉に拭かれたいと思っている男子と、美少年のカルツ君の顔を私も拭きたい、と思っている女子なんだろう。
カルツ君の推定彼女のダニルちゃんも同様に顔が赤いが、思いはいかほどか。
「あれ? ハンカチ戻しましたね?」
ほほえましい姉弟の様子を見ていたメルがポツリとつぶやく。
「どういうことだ?」
「いえ、リクセリア様っていつも教室で席に座る前に、席が汚れてるからってハンカチで拭くんですよ。そこまではまあ綺麗好きなのかなって思うんですが、拭いた後のハンカチは捨ててしまうんですよね。懐から次のハンカチが出てくるんです」
「へぇ。ハンカチが汚れたら捨てる子が、ハンカチをしまい込む、か」
「ちょっと残念です」
「どうしてだ?」
「それはですね。私は初日からずっとハンカチを捨てる係なんですよ」
「なんだそれは……」
「実はですね、ハンカチを綺麗に洗って清潔にしてから下取りしてもらうと良い稼ぎになるんですよ。あ、もちろんリクセリア様のハンカチだというのは伏せていますよ。後々足がついて刺客に命を狙われるのは嫌ですからね。というわけで、あのハンカチもいただけたらよいのですが……あれは駄目そうですね」
きわどいグレーゾーンな事をしている気がするが、聞かなかったことにしよう。
お読みいただきありがとうございます。
弟君大好きのリクセリアちゃん回。今までもそうだったし、これからもそうに違いありません(続く




